貸し

 

 スマホにある連絡先から、ソイツの名前をタップし、コール音を鳴らす。

 二、三回ほど鳴ったところで、電話口から声が聞こえた。


 『なに?』

 「もしもし、美友。実は、お願いがあるんだが」

 『お願い? あんたが』

 「あぁ、その……女ものの服を、上下とも二着ほど貸してほしいんだが」

 『……なにに使うつもりよ』

 「それは、着るため、だけど」

 『はぁ?』

 「……」


 まぁ、だよな。不機嫌になるのも無理はない。なんとも思ってないやつに服を貸すとか、俺でもさすがに断るだろう。

 ため息を吐き、通話を終えようとして、なおも電話口から声が届いてきてるのに気づいた。


 「悪い、聞いてなかった。もう一回言ってもらえるか?」

 『だから、いらないのあげるから、取りに来なさいっつったの』

 「え? ほんとか」

 『三度目は言わないわよ』

 「分かった、とにかくありがとな」

 

 震える指を動かし、電話を切る。

 アイツが素直なんて……明日は雪でも降るんじゃないだろうか?


 スマホを戻しつつ、そんな失礼なことを考えていると、黙って事の成り行きを見守っていた二人が訊ねてくる。

 

 「あの、いまの電話って、前にかかってきた幼馴染みの方ですか……?」

 「そうだよ。服を貸してほしいって頼んだら、取りに来いって」

 「……それって、私たちの分ってこと?」

 「もしかして、嫌だったか?」

 「そんなことない。結城くんに嫌われることより、嫌なことなんてない」

 「わたしも、公平くんには魅力的だなって感じてほしいですから」

 「そっか」


 勝手な善意の押し売りのはずなのに、二人はなんでもないことのように言ってのけた。

 それはきっと、変わりたいって気持ちが根っこの方にあるからだろう。嫌われたくない、好かれたい、って思うのは一歩を踏み出してる証拠。

 だったら俺も、真剣に応えてあげなきゃな。


 ひとまず二人を連れて、俺は美友の家へと向かうことにした。

 アイツの家は公園から比較的近い。ちなみに俺の家も二件ほど挟んだ先にある。


 「ここが幼馴染みさんの家ですか?」

 「そうだ。あ、二人はここで待っててくれ」

 「……わかった」

 「わかりました」


 二人を家の近くに立たせ、俺は玄関先へと歩み寄り、インターホンを鳴らす。

 しばらくして、玄関ドアが開いた。隙間から、美友が顔を覗かせてくる。


 「……来たわね」

 「お前が来いって言ったからな。で、お願いの件なんだが」

 「分かってる。もう用意できてるから」

 「そうか、助かる――っ!?」


 ホッと安堵の息をついた瞬間、中から伸びてきた手に引っ張られ、家へと引きずり込まれた。

 突然のことに驚く俺をよそに、美友が舌打ちをしてくる。


 「な、なんだよ。ずいぶんと不機嫌そうだな」

 「……誰かさんが見せつけてくるせいでね。てか、なによあいつらの格好、頭おかしいんじゃないの」

 「……か、感性が独特なんだよ」


 苦し紛れにぼやきながら、視線を美友に向ける。

 クラス内のカースト上位にふさわしく、家の中でもオシャレをしているらしかった。

 ニット素材でできたトップスに、高そうなジーパン。長い髪を緩く巻いていて、爪の先まで綺麗に整えられている。

 正直言って、雲泥の差だ。カースト内での開きが、そのまま表れてるようにすら感じられてしまう。


 「なによ、人のことじろじろ見て」

 「あ、いや、なんでもない」

 「ふん……で、服を貸してほしいってのは、あいつらの着替えに使うってことなのよね」

 「そうだ」

 「…………」

 「美友?」

 「服、そこに用意しといたから。それいらないやつだし、返さなくていい」

 

 そういって指をさした先には、段ボールがあり、中には良さそうな洋服が何着も収められている。


 「いいのか、こんなに」

 「処分する手間が省けたって感じよ」

 「そうか。とりあえず、ありがとな」

 

 俺はお礼を言い、段ボールを持ち上げる。

 くるりと背を向け、持って帰ろうとした背中越しに、声が届いた。


 「――これで、ひとつ貸しだから」

 「え、」


 振り返った俺の視界に映ったのは、眩しいぐらいの笑顔を見せる美友の姿。それは不覚にも見惚れてしまうほど、きれいなもので。

 惚けた顔をする俺をその場に残して、美友は用が済んだとばかりに奥へと引っ込んでいってしまった。

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スクールカースト最底辺の彼女たちは、実は光り輝く原石だったらしい みゃあ @m-zhu

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