支倉さんの部屋にて


 「は、支倉さん、メガネはどうしたんだ……?」


 おそるおそるといった感じで訊ねると、彼女はハッとしたような顔で言った。


 「実はあのメガネ、お父さんのなんです」

 「え、そうだったのか?」

 「はい、なので家に帰ったらお父さんの部屋に戻して、わたしは裸眼で過ごしてるんです」

 「……度数とかは大丈夫なのか?」

 「平気ですよ。だいたい同じぐらいなので」


 恥ずかしそうにしながら支倉さんが笑う。

 裸眼で笑った顔を初めてみたが、やっぱり泣き顔なんかよりもはるかに魅力的で。

 目を逸らしていないと、どうにかなってしまいそうだ。


 「あ、ここ座ってください」

 

 手近にあったクッションを指さされ、俺は腰を下ろす。対面側に支倉さんが座り、にこにこと笑みを浮かべている。

 触れると顔が熱く感じるのは、緊張しているせいだろう。乾いてきたのどを潤すため、テーブルに置かれた飲み物に口をつける。

 

 「あの、ありがとうございました」

 「き、急にどうしたんだ?」

 「友達を部屋に呼ぶの、憧れだったんです……」

 「いや、別にそのぐらい普通のことだけどな」

 「初めてが結城くんで、ほんとによかった」


 改まって言われると恥ずかしいな。

 頬をぽりぽり掻きながら明後日の方角へ視線をやる。すると、俺の視線を辿るように、支倉さんがにじり寄ってきていた。


 「ど、どうかしたか?」

 「……あの、もうひとつお願いがあって」

 「俺にできることだったらいいんだけど」

 「名前、呼んでもらえませんか?」

 「ええっと……彩華って呼べばいいのか?」

 「はいっ、あと、わたしも公平くん、って呼びたいです」

 「じゃあ、これからはそうするか。彩華」

 「公平くん……ふふっ」


 照れくさそうにしているはせ……彩華を見て、内心で悶えてしまいそうになる。直視し続けるのほんと心臓に悪い。けど、これからそういう場面は何度もあるだろうから、慣れていかないといけないよな。

 

 「公平くんっ」

 「…………っ」


 いや、ムリ。可愛すぎて、慣れる気がしない。

 肩ぐらいで切りそろえられた髪も、くりっとした瞳も、やたらと色っぽく感じる口元も、俺をおかしくする要素でしかない。

 おちつけ、彼女はただの友達だぞ。変な気を起こして傷つけるようなことだけは、絶対にしちゃいけない。

 覚悟を新たにしていると、ふいに着信が入った。

 ポケットに手を入れ、相手を確認してみる。美友だった。


 「…………」


 なんの用かは知らないが、いま忙しいので、通知を切る。

 スマホをポケットに戻し、顔を上げると……あれ、さっきより近い?


 「……誰からですか?」

 「あ、えっと、幼馴染みからだな」

 「女の人ですか?」

 「あぁ、まぁ」


 なんだろう、さっきと雰囲気が違う。やたらとドロドロしてるような、重く暗いような感じが。

 気になったので訊ねようとして――けれど、先にアクションを起こしたのは彩華の方だった。

 俺の肩を押し退けて、床に押し倒してきたのだ。


 「な、彩華……!?」

 

 驚くこっちをよそに、彼女は無言で、床に転がった俺の上へと馬乗りになってくる。

 おなかの辺りに肉感的な感触が広がり、どかそうと慌てて手を伸ばす。

 けれど、伸ばした先にあったのは運悪く胸元だったらしく、ぽよんという感触が手のひら全体に伝わった。


 「柔らか……あ、悪いっ! そんなつもりじゃ、」

 「わたしのこと、捨てないでください!」

 「は……?」

 「わたしっ、あなたしか……公平くんしか友達がいないんです」

 「そ、それは、知ってるけど」

 「ほ、ほら、こうみえてわたし、けっこうおっぱいあるんですよ……!」


 言うが早いか、彩華は俺の手を掴むと、無理やり自分の胸元へといざなってくる。

 制服越しにはよく分からなかったけれど、彼女は着やせするタイプらしく。触れた手のひらが沈み込むぐらい、ふかふかで、重量感があった。


 「ちょっ、やめ――!」

 「したいことなんでもしていいですから、いなくならないで! 嫌いに、ならないで……うぅっ」

 「彩華……」

 

 ひとしきり叫ぶと、途端に泣き出してしまう彼女を見て、俺はなんとなく察しがついた。

 きっと彼女は、怖かったんだろう。

 初めてできた友達が、誰かに盗られてしまうんじゃないか、見捨てられてしまうんじゃないかって。 

 そんなこと、あるはずないってのに。

 

 「ぐす……っ、公平、くん……?」

 

 気が付くと、俺は彼女の頭を撫でていた。

 とにかく安心してほしかったから。俺は声をかけた。


 「こんなことしなくても、俺はいなくならないし、嫌いにもならない」

 「……っ」

 「だから、もっと自分を大事にしてくれ」

 「公平くん……ううぅぅっ」

 

 俺の言葉は一応、彼女の心に届いたらしい。

 泣きじゃくる彩華の背中をさすりながら、ひとまず安堵の息を吐いた。

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