支倉さんの自宅にて


 「あのっ」


 無事に自宅へとたどり着き、くるりと回れ右をしたところで、支倉さんから呼び止められた。

 振り返れば、スカートの端を両手で握り、なにかを言いたそうにしてる彼女の姿が。

 

 「どうかした? 困ってることとかあるんなら言ってくれていいけど」

 「その、……ませんか?」

 「ん? ごめん、もう一回お願い出来るか?」

 「えっと、結城くんっ……うちに、上がっていきませんか?」

 「え、」


 突然の提案に、俺は開いた口が塞がらなくなってしまった。そりゃそうだろう。

 だってここは女子の家なのだ。野郎の家にお邪魔するのとは、勝手が違う。

 これまでの人生で女子の家に上がったことなんか、一組しかない。もちろん、幼馴染みである美友のことだ。

 アイツをカウントから外したら、初めてで。それも、曲がりなりにもこんな美少女の家に。


 「今日、うちに誰もいなくて」

 「……そ、そうなのか」

 「友達、付き合いしたいなって」

 「……っ」


 誘われたのなら、断る理由もない、よな?


 俺は大きく頷き、彼女の後に続いて、家の中へと入っていく。

 さっきから心臓がうるさい。


 「お、お邪魔します」

 「は、はいどうぞ……わたしの部屋、階段を上がった先にあるので」

 「あっ、とリビングとかじゃなくて、いいのか?」

 「見られて困るようなものも、ないですから」

 

 そういうものなんだろうか。部屋に男が入ってくるのって、抵抗が有りそうなもんだけど。

 とはいえ、ここでうだうだやってるわけにもいかない。

 すでに階段を上り始めている支倉さんの後を追うように、俺も歩を進めた。


 「この部屋が、わたしの部屋なので、ラクにしててください」

 「支倉さんは?」

 「わたしは、キッチンからお菓子とか取ってきますね」

 

 そんな気を遣わなくてもいいのに。

 俺はそう口にしたかったけれど、例の手帳とかに書いてある事柄だったりするかもしれない。

 ここはあえて誘いに乗る形を取った方がいいのかもしれないな。


 頭の中で考えをまとめ、俺はひとまず、目の前にあるドアを開けることにした。

 ゆっくり引いていくと、茜色に染まる部屋が、視界いっぱいに広がっていく。


 「こんな感じなのか……」


 支倉さんの部屋は、いっちゃなんだがけっこう女の子らしかった。

 ベッドにはよく分からないぬいぐるみが置いてあったり、棚にはぎっしりと入った本とか、カーテンやクッションはフリルの付いた感じだったりとかだ。

 勝手にシンプルだとばかり思ってたから、心構えができていない。深く深呼吸をしてみるとなにやら甘い香りがして、心が乱される。


 「ラクにしててって言われたけど、どうすりゃいいんだ……」

 「結城くん……?」

 「……っ!」


 急に背後から声をかけられたので、心臓が止まるかと思った。

 慌てながら振り返った俺は、そこでまた、心臓が握りつぶされるような衝撃を受けることになった。


 トレーにお菓子などを運んできた支倉さんは、なぜかメガネをかけてなかったのだから。

 外から差し込む夕日なんかよりもはるかに眩しい原石が、そこにはいた。

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