放課後のお誘い


 昂った気持ちのまま、放課後を迎えた。

 今日はなんかいろんなことがありすぎて、心がふわふわしてるな。

 自席に座ったままぼーっとしてると、隣から影が伸びてくる。振り返ると、音無さんが見下ろしてきていた。


 「えっと、音無さん?」

 「……結城くん、さよなら」

 「え、あ、あぁ! また明日な」


 どもる俺をみても特に気にした様子もなく、音無さんはペコリと小さくお辞儀をして、教室を出て行った。


 誰も目に入れようともしない音無さんの姿。だけど、俺だけは知ってるのだ。

 長く艶のある黒髪も、華奢な身体も、彼女の美貌を構成するためのパーツであり、惹きつけてやまない代物なのだと。

 なんてことを考えながら、彼女の後ろ姿を見えなくなるまで目で追っていると、急に肩が重くなった。

 振り返り、ため息がもれる。

 

 「なんだ土井か」

 「また言いやがったなコイツ……つーか、お前もしかして憑かれたか?」

 「まぁ、疲れたな」

 

 そりゃ、疲弊もする。美少女と一緒にご飯を食べるってことが、どれだけ意識を裂く行為になるのかを、コイツは知らないだろうが。

 机にぐでーと身体を伸ばし、大きく息をつく。

 すると真横に寄ってきた土井が、耳打ちを仕掛けてきた。


 「……あんま深入りしようとすんなよ。戻ってこられなくなるぞ」

 「もう、戻れねーよ」

 「手遅れか。なら、いい寺を紹介するぞ? そこなら除霊もしてくれるらしいし」

 「除霊? なんの話をしてんだお前」

 「は、いやお前があの子に憑りつかれたって話を」

 「……お前とはもう口を利いてやらん。絶交だ」


 この人でなしめ。いいやつだと思ってた俺がバカだった。

 荷物を持ち、土井をほっといて教室を出る。すると、見知った姿を発見した。


 「支倉さん、今帰りなのか?」

 「あ、はいっ」


 小さく頷いたかと思うと、彼女はてててと駆け寄ってきた。今度はこけたりしなかったので一安心である。

 でも、今朝のあの一件が無かったら彼女の素顔を知ることも、内に秘めた思いも知ることはできなかったんだよな。

 喜びたいけど、喜びづらい、なんとも複雑な気持ちだ。


 「……結城くん、どうかしたんですか?」

 「え、あ、いや」


 けっこうな近距離に迫ってきてたせいで、少し後ずさりをしてしまった。

 まがりなりにも美少女だと認識してしまったせいで、前みたくグイグイ行くべきか考えてしまう。

 と、俺がそんなだからか、彼女の雰囲気が少し陰った。

 

 「やっぱり、嫌でしたよね。わたしなんかと、友達になったの」

 「は、そんなことはないぞ!」

 「いいんです。無理しないでください……さようなら」

 「一緒に! 帰ろう! って、誘おうと思ったんだ」


 俺の叫びは、廊下にいた生徒たちにも聞こえてしまった。すぐにヒソヒソと面白がる会話が聞こえるが、なりふり構ってられない。

 

 「ほ、ほら、書いてたろ? 誰かと一緒に帰りたいって」

 「う、うん……でも」

 「だから、誘うべきか、迷ってたんだよ!」

 「そう、だったんですね……わたしったら、勘違いを」

 「気にしなくて良い。だって俺たち、友達だろ?」


 少し明るい感じで言ってみると、すぐに支倉さんの雰囲気が和らいだ。ビン底メガネの奥にある表情も、ホッとしてるかもしれない。


 「……ありがとう、ございます。嬉しいです」

 「じゃあ、さっそく帰ろう、な?」

 「はいっ」


 早いとこ、この場を離脱しないと。収拾がつかなくなりそうだからな。

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