ハプニング


 昼休みに入ると同時に、俺は一階にある購買へと向かった。

 目的はもちろん、音無さんへのお礼をするためだ。好みを知らないから、ここは無難にあんぱんにしておく。

 

 急いで向かったこともあり人気はそこまででもなかった。無事に目的のものをゲットし、教室へと戻る。

 席を確認してみれば……まぁ、いないよな。


 「どーしたんだ、そんなとこに突っ立って」

 「なんだ土井か……。いや、音無さんを探してるんだが」

 「あからさまに残念そうにすんなよ。そーいやいつもどっか行ってるよな」


 土井のいう通り、音無さんは昼休みになるとふらっとどこかへ行ってしまう。今まで追いかけようとしたりしなかったから、いざこうなると困ってしまうな。

 

 「ん、そのパンもしやオレに買ってきてくれたのか?」

 「お前じゃない。音無さんへお礼の品だこれは」

 「なるほど。だから探してるのか。別に渡すのなんか昼休みじゃなくてもいんじゃねーの」

 「あの人は俺の直感的に、人目につくところで行動を起こしてほしくないタイプに思えるんだよ」

 「まぁ幽霊だしな――いでぇ! グーパンはやめろ!」

 

 土井をしばきながら、音無さんの行きそうなところを考えてみる。人気のありそうなとこはいかなさそうだよな。あと、トイレとかだとお手上げだ。

 とりあえず、歩き回ってみるか。じっとしてても始まらない。


 「お前先に食べてていいぞ。待たせるのも悪い」

 「ん、了解。気長に待ってるわ」


 俺は教室を出て、手当たり次第に探し回ることにした。近くの空き教室とか、つき辺りにある階段とか。

 しばらくそうしてると、階段の隅に見知ったようなシルエットが。

 

 「いた……ずいぶん教室から離れたとこにいたんだな」

 

 猫背になりながら弁当をパクついている。やっぱり一人きりだ。

 ファーストインプレッションが大事だよな、なんて考えながら近づいていく。

 すると足音が迫ってくるのに気づいたのか、驚いたように彼女が顔を上げた。


 「――――っ!」


 結論から言うと、俺の方が驚いた。

 本日二度目の衝撃が、俺の全身を電流となって走り抜けたのだから。


 音無さんもまた、支倉さんと同じぐらいの、美少女だった。

 可愛らしい印象を覚えた支倉さんとは違い、音無さんは清楚でとても綺麗なお人形のような顔立ちをしていた。


 「やっ、見ないで……!」

 「え、」

  

 俺の視線を受けて、彼女は前髪を留めていたピンを外し、すぐにいつもの外見へと戻ってしまった。

 それでも恥ずかしそうに、俯いてしまっている。

 いやそれよりも、気になることが。


 「音無さん、声出せるんだな」

 「……っ」

 

 てっきり声が出ないものだと思い込んでいたけど、病気とかではなかったらしい。

 俺の発言に返事はなかったものの、俺としては言いたいことがあった。


 「それに、すごく綺麗な声してた」

 「……っ!」

 「あっ、と気にしてたのならごめん。でも、俺はほんとにそう思ったんだ」

 「……ありがとう」


 突っぱねられるかと思ったけど、意外にも好意的な印象にみえた。

 もっと話をしたい、そう思うのは彼女が美人、だったからだけじゃなくて、普段から思っていることだ。

 隣の席だから仲良くしたかったし、もっと知りたかった。

 

 「あのさ、これ、パン。今日のお礼に」

 「……私、たいしたことしてない。そんなの、受け取れない」

 「でも俺はすごく、すっごく助かったんだ。だから、受け取ってほしい」

 「…………」


 しばらく逡巡する様子がみられたけれど、俺が引き下がらないように感じたからなのか。

 おそるおそる手を伸ばして、パンを受け取ってくれた。


 「ありがとな」

 「……私の、セリフ。ありがとう」

 「じゃあ、俺はこれで」

 「…………」

 「教室に戻って、弁当取ってくる」

 

 俺の言葉を聞いて、小首をかしげる彼女。

 心臓がさっきからうるさいけど、どうしても言いたかった。


 「一緒に弁当、食べてもいいか?」

 「…………っ!」

 「ひとりで食べるより、二人で食べた方がきっと何倍も美味いと思うからさ」

 「…………」

 「無理にとは言わないけど、どうだ?」

 「……私で、よければ」


 嬉しさで飛び上がらなかった自分の足を褒めてやりたい。

 彼女の気が変わらないうちに、俺は急いで教室へ戻り、弁当を取ってくることにした。

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