プロローグ(底辺組)


 「ん?」


 ふいにガタンと、椅子の動かす音が聞こえ、俺は隣を振り返った。

 するとそこにいたのは、たった今登校してきたばかりの、隣の席の女子だった。


 「音無おとなしさん、おはよ」

 「…………」


 俺が挨拶をするも、返事が返ってこない。まぁ、いつものことなんだが。

 でも彼女が小さく、ほんのわずかに頭を下げたのを俺は見逃さなかった。普段からやってる人間観察が、こんなとこで役に立つとは。

 なんてことを考えてる間に、彼女は自席に腰かけ、本を読み始めた。

 特に気にも留めることのない光景なんだが、俺は気になって仕方がない。

 

 というのも彼女、前髪が異常に長いのである。目元どころか鼻の上らへんまで隠れるほどの長さ。

 あれ、見えてるんだろうか? それより、どんな目元をしてるんだろうかと、俺は同じクラスになってからずっと考えていた。


 高校二年生になってから、約二週間が経つが、一度も彼女――音無紬季つむぎさんの素顔を見たことがない。というか、声も聞いたことがない。

 ちなみに一年のときもこんな感じだったそうで、よほどの事情があるんだろうと俺は勝手に思っている。

 隣の席のよしみだし、相談ぐらいしてくれてもいいんだけどな。


 「おっす公平! まーた幽霊との対話を試みてんのか?」

 「おい」


 俺は肩を叩いてきた友人――土井どいかけるの頭をひっつかむと、そのまま沈めていった。


 「いでででで! ギブギブ!」

 「ほら謝れ、音無さんに土下座しろ」

 「ごめんごめん! オレが悪かった!」


 まったく、失礼なやつめ。

 掴んでいた頭を離すと、痛んだ頭をさすりながら、土井のやつがヒソヒソ話しかけてくる。


 「悪かったとは思ってる。でもな……ソイツのこと幽霊って言ってるの、オレだけじゃないんだぞ」

 「んなこと知ってるよ」


 クラス内での周知の事実みたいなもの。そんな呼び名が彼女をクラスカーストの最底辺へと、勝手に位置付けているのが、俺は気に食わなかった。

 悪いことしたわけでもないってのに、見た目で判断するのはどうかと思う。


 「さすが、名前負けしてないな、お前は」

 「それ、褒めてるのか」

 「もちのろん、です。じゃ、オレはこれで」


 そう言い残して足早に去ってく土井を見送り、改めて音無さんを見た。


 「えっと、気に障ったのならごめんな。アイツ根は悪いやつじゃないんだ」

 「…………」

 「と、トイレ行ってくるな?」

 「…………」


 沈黙に耐えられず、俺は席を立った。朝のホームルームまではまだ時間があるし、読書の邪魔をするのも気が引けたのだ。ビビったとかそういうことはない。


 「…………」


 そそくさと教室を出ようとする俺の背中に、視線のようなものを感じる気がするが、きっと気のせいだろう。

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