番外編 勘

「ヒカル起きて」

「……うん……」

ヒカルはものすごく寝起きが悪い……。

もう何度この言葉を掛けたか分からない。

うつ伏せになってる身体を揺すっても起きてくれない……。

「ねぇ!!ヒカルってば!!」

私はヒカルの身体を包み込んでる白いシーツを剥ぎ取った。

「……さむっ……」

クーラーの効きすぎた部屋。

ヒカルはクーラーをガンガンに効かせてシーツに包まれてじゃないと眠れないらしい……。

根っからのお坊ちゃまだから万年贅沢病なんだ。

『さむっ』って言ったくせに瞳が開くことはない。

お母さんにそっくりで綺麗な顔のヒカル。

そんなヒカルの寝顔もすごく綺麗……。

憎たらしいくらいに……。

そんなヒカルの顔に『起きろ!!起きろ!!』と念じてみる。

……でも、なんの力も持たない私がどんなに念じたところでヒカルが起きる筈もなくて……。

私は大きな溜息を吐いた。

なにげなく動かした私の視界に入ってきたヒカルのTATTOO。

左肩から二の腕と右足の膝下から足首にかけて巻きつくように彫られているトライバルの模様。

このTATTOOはヒカルの決意の証……。

右足のTATTOOは、ヒカルが蓮さんのチームに入る事を決意した時に彫った。

ヒカルはチームに入ってすぐ蓮さんに偵察を担当するチームに所属するように言われた。

その時に蓮さんやチームの為に動き廻る事を誓ったんだ。

そして、左腕のTATTOOは私と付き合いだした時に彫った。

『俺、頭悪ぃーからアユと付き合ってる事を忘れねぇように』って言ってた……。

学校で学年トップクラスの成績のヒカル。

同じクラスだからヒカルが頭が良い事は知ってるのに……。

『なんでそんな事言うんだろう?』って不思議だった。

本当の理由を教えてくれたのは蓮さんだった。

『ヒカルは忙しくて一緒に過ごす時間がない……』って私が落ち込んでいた時『ヒカルはいつもアユの事を想ってる』って言ってくれた。


その言葉が信じられなかった私。

『ヒカルの左腕のTATTOOの意味知ってるか?』

『私と付き合ってる事を忘れない為って言ってました』

それを聞いた蓮さんは『アイツらしい言い訳だな』って笑った。

『言い訳?』

『ヒカルは口下手だから照れくさくて本当の理由を言えなかったんだろーな』

『本当の理由?』

『あぁ。ヒカルがTATTOOを彫る時は何かを決意した時だろ?』

『はい』

『あのTATTOOにヒカルは何を誓ったと思う?』

『……?』

首を傾げる私に蓮さんは教えてくれた。

『アユの事を想い続ける事と守り続ける事だ』

『……え?』

『ヒカルはいつもアユの事を想ってる』

『……はい』

私はその理由を聞いたからヒカルと今まで付き合ってこれたんだと思う。

正直、蓮さんから本当の理由を聞くまでは、私がヒカルの傍にいていいのか不安だった。

私の存在がヒカルにとって邪魔なんじゃないかっていつも思っていた。

そんな、私に気付いて声を掛けてくれた蓮さん。

私が考えている事が分かっていたんだ。



蓮さんは、勘が鋭い。

その勘のお陰で何度もチームのメンバーが救われている。

私もその中の一人。

……蓮さんの勘に救われた……。

壁に掛かってる時計を見て私は焦った。

「ヒカル!!待ち合わせの時間に遅れちゃうよ!!」

すやすやと眠るヒカルの身体を力いっぱい揺する。

「……ん?……」

「起きて!!ヒカル!!」

瞳を閉じてるヒカルの眉間に皺が寄った。

チャンス!!

このチャンスを逃したらヒカルは絶対起きてくれない!!

「お願い!ヒカル!起きて!!」

耳元で叫ばれたヒカルの瞳が少し開いた。

もうちょっとだ!!

「ヒカル!!」

「……アユ?……」

やっと起きてくれた……。

……っていうか疲れた……。

なんで朝からこんなに疲れないといけないんだろう?

でも、起きてくれてよかった……。

チームのイベントなのにNO.2が待ち合わせの時間に遅刻したんじゃ……ねぇ?

ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間だった。

また、ヒカルの瞳が閉じている……。

……ウソでしょ?

なんで起きないのよ。

私はベッドの端に膝をついてヒカルの身体を揺すった。

「ヒカル!!遅刻だってば!!」

眠っていた筈のヒカルの手が伸びてきた。

その手は私の手首を掴むと勢いよく引っ張った。

ベッドの端に膝をついて不安定な体勢だった私はバランスを崩してヒカルの背中にダイブした……筈だった。

次の瞬間、寝起きとは思えない速さで半回転したヒカルの胸の中に私はいた……。

「ヒ……ヒカル?」

「おはよう、アユ」

「おはよう……ってどこ触ってんの!?」

「あ?胸だよ。触られてるくせに分かんねぇのか?」

「そうそう、胸だよね。分かってるって!!……ヒカル」

「なんだよ?」

「……遅れるよ?」

ヒカルは私の胸の上に手を置いたままチラっと時計を見た。

「……」

「ね?遅れそうでしょ?」

「大丈夫だろ?」

「……」

全然大丈夫じゃないじゃん!!

待ち合わせの時間まで一時間半しかないんだよ?

ただでさえ準備に時間が掛かるのに……。

まず、タバコ吸って完全に目覚めるまでに10分でしょ?

シャワー浴びるのに20分。

髪の毛セットするのに15分。

今日着ていく服選んで着替えるのに15分。

その間に最低3回はタバコ吸うから10分。

しかも、チームの子からも連絡が入り続けるからその対応もしないといけないし……。

あと待ち合わせ場所までの移動に10分。

……。

どう考えてもギリギリなんですけど……。

「アユ」

近付いてくるヒカルの顔。

私は横を向いてそれを拒否した。

「間に合わないんだってば!!」

「大丈夫だって」

「大丈夫じゃないし!!」

なんでそんなに余裕なの?

遅れたらケンさんに叱られるんだよ?

しかも今日は蓮さんも参加してくれるのに……。

やっぱり遅刻するわけにはいかない!!

「ヒカル!!」

「ん?」

キスを拒否られたのにめげることなく服の上から胸を触り首筋に舌を這わせているヒカルが視線だけ私の瞳に向けた。

「お……お願い……」

「分かってるって」

キャミの裾から入ってきたヒカルの手は効きすぎたクーラーの所為かひんやりと冷たかった

「……なんで?」

「なにが?」

「なんで、手を入れるの?」

私はキャミの中に侵入中のヒカル手を指差した。

「『お願い』って言ったじゃん」

「……」

……はぁ?

違うし……。

そういう意味じゃないし……。

「もう!!ヒカル!!」

身体を捩ってヒカルから逃れようと試みるけど……。

全然抵抗になってない……。

キャミの中に侵入している手は器用にブラのホックを外し、反対の手もショートパンツのボタンを外そうとしている。

寝起き悪いくせに!!

いつもはボーとしてるくせに!!

なんで今日に限ってこんなに動けるのよ?

「アユ」

いつもより低い寝起きのヒカルの声に胸が高鳴った。

ダメ!!

負ける訳にはいかない!!

そう気合を入れたものの私の決意はその数秒後見事に崩れた……。

ヒカルのキスを受け入れた時点で私の負けは確定した。

繰り返される深くて優しいキスに頭の中が真っ白になっていく。

抵抗する事を止めた私に不敵な笑みを浮かべたヒカル。

その表情を最後に私の意識は朦朧となった……。



◇◇◇◇◇


「――……アユ」

「……」

「アユ」

「……」

「アユ!!」

「……ん」

「準備するぞ」

すっきりとした表情のヒカルとは対照的に私はグッタリとしていた。

「……はい」

時計を見た私はベッドから降りると下に散らばる服をかき集めた。

「先にシャワー浴びて来いよ」

ヒカルにそう言われて本日、二度目のシャワーを浴びにバスルームに向かおうとした。

「5分で出てこいよ」

タバコを銜えたままそう言ったヒカルに返事をせずにドアを閉めた。

……私は、もう準備出来てたのに!!

いつでも出発できるくらい完璧だったのに!!

そう考えながらシャワーを浴びてたら無性にムカついてきた。

イライラしながら手早くシャワーを浴びて、ちょっとヒカルに文句言ってやろうと気合を入れて部屋に戻った。

不機嫌な顔の私に気付いたヒカル。

その理由だって気付いてるはずなのに……。

私の頭を優しく撫でながら笑顔で言った。

「楽しみだな、海。いっぱい遊ぼうな」

「……うん」

ヒカルのそんな一言で嬉しくなる私。

さっきまでのイライラが嘘のように無くなっていく。

ヒカルの言動一つで私の感情は大きく変化する。

始めの頃はそんな自分に戸惑ってた……。

でも、恋愛は惚れた方の負け。

そんな言葉があるくらいだもん。

私とヒカルだったら当然私の負け……。

負けるのはものすごくイヤだけど!!

ものすごく悔しいけど!!

ヒカルには負けてもいいかなって思ったりもする……。

「アユ」

「うん?」

「俺、シャワー浴びてくるから準備しとけよ。待ち合わせに遅れたらケンさんに叱られるぞ」

「……それ……」

「うん?」

「私のセリフなんだけど!!」

思わず叫んでしまった……。

「あぁ、そうか」

ヒカルはやっと時間が無いって事に気付いてくれたようで……。

指に挟んでいたタバコを灰皿に押し付けると私のおでこにキスをしてバスルームに消えていった。

それからのヒカルは素晴らしかった。

シャワーは私の予想通り20分だったけど、鳴り続けるケイタイを肩に挟み、口にはタバコを銜えてテキパキと身支度を整えていた。

さすがに、肩にケイタイを挟みながら、髪にドライヤーを当てて、電話の相手に『なに言ってんのか聞こえねぇよ』と言っていたのには『自分の所為でしょ』ってツッコみたくなったけど……。

それでも待ち合わせの15分前には完璧に準備を終えていた。

学校に行く時もそのくらい頑張ってくれたらいいのに……。

そう思ったけど口には出さなかった。

「アユ、行くぞ」

「うん!!」


◆◆◆◆◆


先月免許を取ったヒカル。

ここだけの話なんだけど……実は、免許を取る前から車の運転をしていた……。

でも、私を助手席に乗せてくれるようになったのはちゃんと免許を取ってからだった。

だから、ヒカルが運転する車の助手席に座るのはまだちょっとだけ緊張してしまう……。

ヒカルが好きな曲。

ヒカルが好きな香り。

ヒカルが好きなアクセサリー。

ヒカルの好きなものが詰まった車内。

その空間に私がいられる事が嬉しい。

待ち合わせの場所に向かう途中、車が急にスピードを上げた。

「どうしたの?ヒカル?」

異変に気付いた私は運転席のヒカルに視線を向けた。

「煽られてる」

ルームミラーを見ながら答えるヒカル。

「あ……煽られてる?」

「あぁ」

……この車を煽ろうと思う人がいるの?

私は、煽られているという事実よりもそっちに驚いてしまった。

蓮さんから免許を取ったお祝いに買って貰った白いセルシオ。

ヒカルの親が黒いセルシオを買ってくれるって言ってた。

ヒカルはそれを断って蓮さんの白いセルシオを貰った。

親と仲が悪いヒカルがそうすることは分かっていた。

フルスモークの白いセルシオ。

覚えやすいナンバープレートの番号。

知っている人が見ればすぐにヒカルの車だと分かるはず……。

そんな車を煽る人がいるの!?

「アユ」

「ん?」

「ベルト締めとけよ」

右手でハンドルを操りながら左手で助手席のシートベルトを指差すヒカル。

「え?うん」

シートベルトを着けたことを確認したヒカルが左手で私の右手を握った。

「ヒカル?」

ヒカルの掌に力が入った瞬間、車のスピードが加速した。

「きゃっ!!」

スピードを上げた車が、前の車の間をすり抜けるように走る。

「……!!」

セルシオの車体が他の車に当たりそう。

「ちょっ!!ヒカル!!」

「うん?どうした?」

「『どうした?』じゃないわよ!!」

「なんでそんなに興奮してんだ?」

「はぁ?」

「あ?」

「……っていうかぶつかる!!ちゃんと前見ててよ。!!」

「大丈夫だよ」

「……全然大丈夫じゃないし……」

「心配すんな」

「なにを!?」

もう!!全然意味分かんないし!!

「事故ったら、一緒に死のうな。アユ」

「へ?」

……。

一緒に?

死ぬ?

「……無理……」

「あ?」

「私、死にたくない……。まだウエディングドレス着てないし。それに、子供も産んでないし!!ヒカルも私の夢知ってるでしょ?だから、まだ死ねないの!!悪いけど私を道連れにしないで!!」

「……アユ」

「えっ?」

「お前の夢って俺にそっくりな双子の男の子を産む事だったよな?」

「うん、そう!!だから私はヒカルとは一緒には死ねないの!!夢が叶ったらちゃんと追いかけるから!!」

「……無理だろ?」

「へ?」

「俺が死んだら、俺にそっくりな子供なんて産めねぇだろ?」

「そ……そうか」

ヒカルは呆れたような笑みを浮かべた。

「じゃあ、スピード落としてよ。別に死ぬ事で悩まなくても、ヒカルがスピードを落としてくれれば悩む必要なんてないんだよ」

「そうだな。でも、無理だ」

「なんで?」

「あの人の後ろを走る訳にはいかない」

運転しながらルームミラーを見るヒカル。

そう言えばさっきから気になってたんだよね。

『煽られてる』って言ったくせになんか楽しそう。

いつもならすぐに車停めて降りていくはずなのに……。

私は後ろを振り返った。

私の視界に入ったのは白いアストロ。

……もしかして……。

「ケンさん?」

「な?あの人より遅く着けないだろ?」

瞳を細めて焦点を合わせる。

楽しそうに車を運転してるケンさんとその隣で無邪気に笑ってる葵。

……。

ケンさん……。

本当に勘弁してください!!

スピードを緩める事無く車の間を抜けるように走らせるヒカル。

待ち合わせ場所に近付くに連れて車外から聞こえてくるクラクションの音が頻繁になってきた。

そのクラクションはチームの子が鳴らす挨拶みたいなもの。

「今日、何人ぐらい参加するの?」

「ん?80ぐらいかな」

「……またモメ事多発だね」

「だな。なんかあったら頼むな、アユ」

ヒカルに頼られる事が嬉しい私。

「うん!任せて!!」

待ち合わせの駅の駐車場に滑り込むように停まった車。

そこには、すでにチームの子達が集まり始めていた。

夜の繁華街で見慣れてる男の子達。

その子達がここにいるだけで朝の駅の雰囲気が完全に変わっている。

「待ち合わせの場所決めたの誰?」

運転席でタバコに火を点けたヒカルに聞いた。

「ん?ケンさん」

「やっぱり……」

「なにが?」

「ここ目立ち過ぎじゃない?」

「そうか?『チームの奴が誰でも分かる場所にしよう』ってなってここに決まったんだけど」

「……」

私は驚きの余り口を開く事が出来なくなった。

「どうした?アユ?」

急に黙り込んだ私の顔を不思議そうに見つめるヒカル。

「……ここの繁華街を仕切ってるのってどこのチームだっけ?」

「あ?今更なに言ってんだ?うちのチームに決まってんだろ」

「じゃあ、自分達が仕切ってる繁華街で知らない場所があるの?」

「ある訳ねぇだろ」

自信満々で言い放ったヒカルに私は大きな溜め息を吐いた。

「それなら、もっと目立たない場所でもよかったんじゃない?」

少しの間の後、ヒカルは「それも、そうだな」と呑気に答えた……。

そんなヒカルの表情が変わった。

駅の入り口に向けられた視線。

ヒカルは視線を動かさずに手に持っていたタバコを灰皿に押し付けて火を消した。

眉間に寄った皺と細められた眼でなにか良くない事が起きたのが分かる。

ヒカルの視線の先。

駅の駐車場の出入り口。

ゆっくりと入ってくる白のアストロ。


間違いなくさっきヒカルの車を煽っていたケンさんの車。

その後ろを付いてくる二台のパトカーと一台の覆面。


まだ赤灯は回ってないけど……。


ケンさん、早速マークされてんじゃん……。

それを見たヒカルは小さく舌打ちをするとケイタイを取り出した。

多分、チームの幹部に発信されるはず……。

ヒカルがケイタイのボタンを押して耳に当ててすぐに漏れてくる男の子の声。

「ケンさんの為に真ん中を開けろ。それから警察が出張ってる。違法改造している車の持ち主は駅じゃなくて直接海に行かせろ」

そう言ってヒカルはケイタイを閉じた。

その数秒後、ヒカルの指示通り、ズラリと並んだ中央辺りに停車していた数台の車が移動した。

「アユ」

「なに?」

「悪ぃーけど、ここにいる女を全員集めて警察から顔が見えないように車の陰にいてくれるか?」

そう言ったヒカルはもう私の彼氏の顔からチームのNo.2の顔に変わっていた。

『悪ぃーけど』

今までヒカルは何度私にそう言ったんだろう?

私は、ヒカルの傍にいれるだけでいいのに……。

前は、ヒカルと私だけの時間が欲しかった。

……でも、今は違う。

ヒカルが大事にしているこのチームが私も大好き。

蓮さんが創って、ケンさんが守っているチーム。

ヒカルや現役メンバーの唯一の居場所。

そのチームの為に必死で動いているヒカル。

そんなヒカルも大好きなのに……。

「分かった!任せて!!」

「ありがとう。アユ」

そう言ったヒカルの笑顔は少し曇っていた。

ヒカルは、また自分を責めている。

蓮さんが言った通りヒカルは口下手で感情を表に出すのが苦手。

だから、知らない人はヒカルの事を冷たい人間だと思ってる。

現に敵対しているチームがヒカルに張っているレッテルは……

『二代目BーBLANDのNo.2は“冷酷非道な男”』

確かにヒカルはチームの為なら手段を選ばない。

常に繁華街を仕切ってるのはBーBLANDだって知らしめる為に縄張りを犯そうとする奴らに容赦はしない。

でも、その全てがヒカルじゃない。

本当のヒカルは誰よりもチームが大好きで仲間を大切に想ってる。

それをチームのみんなも知ってるから、蓮さんが引退する時、ヒカルをNo.2に指名しても誰も反対しなかったんだ。

今だってチームにはヒカルより年上の人がたくさんいる。

その人達がヒカルを認めてくれるのは、ヒカルが頑張った証拠。

そんなヒカルの彼女でいれることが私の誇り。

だから、ヒカルが責任を感じる必要なんて無いのに……。

ただ私が望む事は、ヒカルがいつも楽しそうに笑ってくれる事……。

「ヒカル……」

私はヒカルの手をギュッと握った。

「アユ。どうした?」

「ヒカル」

「うん?」

「今日の海、楽しみだね!!」

「そうだな」

ヒカルが笑顔で答えてくれた。

曇りのない笑顔で……。

「私、女の子達集めて来るね!!」

私は車のドアに手を掛けた。

「アユ」

ヒカルの声に私は振り返った。

「なに?」

「お前も警察に顔を見られるなよ」

そう言って自分が被っていたキャップを私に被せてくれた。

ふんわり鼻を掠めるヒカル愛用の香水とシャンプーの香り。

その香りに私の胸は高鳴る。

そんな自分を隠すように言葉を紡いだ。

「私、ヒカルと何年付き合ってると思ってるの?とっくに顔なんてバレてるよ」

私の言葉にヒカルは一瞬目を丸くしたけど、すぐに「そうだな」と言って笑った。

「私は大丈夫だよ」

「ん?」

「相手が警察でも敵対しているチームでも、私に何かあったら、みんなが助けてくれるんでしょ?」

「……」

「え?違うの!?」

動揺する私の腕を引っ張ったヒカル。

ヒカルの胸の中で聞いた言葉に私の顔は綻んだ。


『アユに何かあったら俺が一番に助けに行く』

それから私はヒカルの車を降りた。

それに気付いたチームの男の子が2人駆け寄ってきた。

「アユさん、おはようございます」

「おはよう!今日楽しみだね!!」

「はい」

男の子達がにっこりと笑った。

「女の子何人くらい来てる?」

「今15人くらいです」

「そっか。みんな集めてくれる?」

「分かりました」

そう言った男の子達の視線がヒカルの車に向けられた。

その視線の先にはケイタイを耳に当てたまま車を降りたヒカルがいた。

男の子達がヒカルに頭を下げその場を離れた。

ヒカルはパトカーが停まっている方に向かって歩いて行く。

……多分、顔見知りの刑事さんがいるんだ。

私は、ヒカルの背中から視線を逸らして白いアストロに近寄った。

大音量の音楽が車外に漏れているアストロの助手席側の窓を叩くとすぐに葵が顔を覗かせた。

「おはよう!!アユちゃん!!」

葵の無邪気な笑顔を見るとなんか安心する。

初めて葵と会った時、こんなに無邪気に笑う子だなんて想像も出来なかった。

辛い恋愛をしていた葵。

好きとか愛とかを全く信じていなかった。

きっと、葵はケンさんと付き合ってから変わったんだ。

ケンさんといい恋愛をしてるんだね。

そう思うと嬉しくなった。

「おはよう!!」

窓から車内を覗き込むと、運転席でケイタイを耳に当てて話しているケンさんがいた。

「ヒカルは?」

そう言いながら葵は車を降り辺りを見回した。

「あっち」

そう言ってパトカーの方を指差した。

「うわ!!なんか増えてる!!」

葵が驚いたように呟いた。

「アユ、おはよー!!」

その声に振り返ると車を降りてきたケンさんが子供みたいに瞳を輝かせて立っていた。

「おはようございます」

ここにいる誰よりも今日のイベントを楽しみにしているケンさんに思わず苦笑してしまった。

……そうだ!!

ケンさんに一言、言わないと!!

「ケンさん!!」

「うん?」

「朝からヒカルの車を煽るの止めてください!!」

「あぁ、悪ぃ。でも、そのお陰でヒカルも目が覚めただろ?」

「……」

「ヒカル、寝起き悪ぃーからな」

そう言ってケンさんは楽しそうに笑った。

それを言われると何も言えない……。

「アユちゃんも楽しかった?」

私の顔を覗き込む葵。

「……あんまり。死ぬかと思ったし……」

「そっか~、残念!!」

大きく肩を落とす葵。

どうやら葵は私やヒカルが楽しかったと思っているらしい……。

「……でも、ヒカルは楽しそうだったよ」

「本当?」

葵の表情がパッと輝いた。

私より、一才年下の葵。

その葵が私は可愛くて仕方がない。

「うん。『煽られてる』って言いながら楽しそうにしてたよ」

「ヒカルが楽しんでくれてよかった。ねぇ、ケン」

葵が嬉しそうな笑みを浮かべてケンさんの顔を見た。

「そうだな」

そんな葵を見つめ返すケンさん。

その瞳はとても優しかった。

「次はもっとスピード上げて本気で煽ってみるか」

「うん!!そしたらヒカルももっと楽しんでくれるね」

……。

……あの……。

本当に勘弁してください!!

「……出来れば私が乗ってない時にお願いします」

私の言葉にケンさんが瞳を丸くした。

「アユが乗ってないとアイツ滅茶苦茶スピード出すからなぁ」

「……は?」

「煽る前に逃げられるんだよ」

……いや……さっき私が乗ってるときもヒカルは十分スピード出してたんですけど……。

……本当に死ぬかと思ったんだから!!

もう少しで、私の夢が一生叶わないところだったんだよ!!

私の将来の夢。

ヒカルにそっくりな双子の男の子を産んでヒカルと子供達に囲まれて逆ハーレム!!

なんか想像したらテンション上がってきた!!

「なにニヤけてんだ?」

その声に我に返った。

怪訝そうな表情で私を見つめるヒカル。

いつからそこにいたの!?

動揺する私を他所にヒカルはケンさんと葵さんに視線を向けた。

「おはようございます」

「おはよう!ヒカル!!」

ヒカルは元気いっぱいの葵に優しい笑みを浮かべた。

でも、ケンさんに視線を移したその表情がすぐに険しくなった。

「ケンさん」

「どのくらい大丈夫だ?」

「30分ですね。その間でもなにかあればすぐに検挙するそうです」

ケンさんが腕時計に視線を落とした。

「そうか、悪ぃーんだけどヒカル蓮と美桜ちんを迎えに行ってくれるか?」

「はい、分かりました」

ヒカルは頷いて、私に視線を向けた。

「アユ、女の事、頼むな」

ヒカルはそう言って私の頭を撫でた。

「うん!!」


車に乗って駅の駐車場を出て行くヒカルを見送った私は、ヒカルの指示通り女の子達と集まって車の陰で話していた。

ガラの悪い男達の中にいる私達が明らかに目立っているのが分かる。

向けられるたくさんの視線。

あまり気持ちのいいものではない。

「今日、蓮さんの彼女も来るんだよね」

女の子ばかりで話す時はネタが尽きる事がない。

「どんな子なんだろう?楽しみ!!仲良くなれるかな?」

「なんか、私、緊張してきた!!超怖い子だったらどうしよう……。ってか“桜ちゃん”の本当の名前なんだっけ?」

「美桜ちゃんだよ」

葵が笑顔で答えた。

チーム内には“命令”と“伝達”が出ていた“桜ちゃん”。

初めて会える蓮さんの彼女にみんな興味津々だった。

「みおちゃん?どう書くの?」

「美しい桜だよ」

「……それってすごくない?」

「ん?なにが?」

「“桜ちゃん”は本当に桜って漢字が名前に入ってるじゃん!!」

「そうだね」

葵の言葉に女の子達の歓声が上がった。

興奮気味の女の子達を誰も止める事は出来ない。

葵が苦笑気味に私の顔を見た。

「アユちゃん」

興奮気味の女の子達から少し離れた所に移動した葵が私に手招きした。

「なに?」

私は葵の隣に並んで腰を下ろした。

バッグからタバコの箱を取り出した葵。

そこから一本取り出すとその箱を私に差し出した。

「吸おう!!」

ニッコリと微笑む葵。

ヒカルは蓮さん達を迎えに行ってるから大丈夫だけど……。

「ケンさんに見つからない?」

私と葵はそれぞれの彼氏から“タバコ禁止令”が出ている。

「今なら大丈夫!!」

葵が指差した。

立ち上がってその先を見る。

ここから結構、離れている白いアストロの前。

ケンさんを中心にチームの子達が集まっている。

珍しく真剣な表情のケンさん。

あの表情はチームのトップモードに入っている証拠。

他の子達も真剣な表情だから最終の打ち合わせ中だ。

「ね?今がチャンスでしょ?」

いつもは無邪気な笑顔の葵が今日は小悪魔に見えた。

……でも、葵がタバコを吸いたがるのは楽しくて嬉しい時だけ。

葵も“桜ちゃん”に会えるのが嬉しいんだ。

私は葵が差し出した箱からタバコを一本貰った。

そのタバコに火を点けゆっくりと煙を吐き出した。

「アユちゃん」

「うん?」

「蓮くんの刺青見たことあるよね?」

「うん。龍でしょ?ヒカルの家で飲み会した時、ケンさんとビールの掛け合いになってみんなでびしょ濡れになった時に見たよ」

「あの時、大変だったよね~」

「本当。髪がビール臭くなって匂いが取れなかった」

「あははは!!そうそう!!」

「それがどうかしたの?」

「あっ!!忘れるとこだった!!蓮くんの刺青が増えたんだって」

「……え?」

「何を彫ったか分かる?」

「……?」

首を傾げる私と意味有り気に笑う葵。

「さ・く・ら 」

……さ・く・ら……

……さくら……

……桜……。

「桜!?」

「うん」

「もしかして……」

「私もつい最近ケンから聞いたんだけど、去年の春くらいに彫ったらしいよ」

「……去年の春って……ちょうど“命令”が出た時期じゃない?」

「“桜ちゃん”は、桜の花みたいな女の子なんだって!!」

「あっ!!そう言えばヒカルもそんな事を言ってた!!ってことは……なんか……運命みたいだね」

「でしょ?だから私もTATTOO彫ったの」

「そっかー!!……はっ?今なんて言った?」

「うん?『私もTATTOO彫った』って言ったんだよ」

「なんか、ものすごくスルーしそうになったんだけど!!蓮さんの話となんの繋がりがあるの?」

「あんまりないんだけど」

そう言いながら楽しそうに笑う葵。

「なにを彫ったの?」

「ケンとお揃いの牡丹!!」

「どこに?」

「ここ」

Tシャツの上から自分の左胸を指差す葵。

「見せて!!」

私は、葵のTシャツの襟元を引っ張って覗き込んだ。

「きゃっ!!ちょっと、アユちゃん!!」

葵の左胸には濃い青の牡丹が咲いていた。

「綺麗……」

「でしょ?」

頬を赤く染めた葵が得意げに言った。

「ケンさんも青の牡丹?」

「うん。お揃い!!」

葵が余りにも嬉しそうに言うから私まで笑顔になってしまう。

ピアスの数もネックレスもお揃いの葵とケンさん。

TATTOOもお揃いなんだ。

なんか羨ましい……。

私もTATTOO彫ってみようかな。

ヒカルは許してくれるかな?

「あっ!!ヒカルだ!!」

葵の言葉に私の身体がビクっと反応した。

駅の駐車場の出入り口をゆっくりと入ってくる白のセルシオ。

フルスモークだから中は全然見えないけど確かにヒカルの車だ。

「超可愛くない!?」

停車した車から降りてきた“桜ちゃん”を見て女の子が言った。

その子の言葉にその場にいた女の子全員が頷いた。

栗色の綺麗な長い髪。

透けるような白い肌。

大きな瞳。

ピンク色の唇。

女の私から見ても思わず抱きしめたくなるような小さな身体。

蓮さんが惚れるのも分かる気がする。

「なんか怯えてない?」

隣にいる葵が心配そうに呟いた。

葵が言うとおり車を降りた“桜ちゃん”はチームの男の子達を見て固まっている。

私達は見慣れてるから大丈夫だけど、初めての“桜ちゃん”が驚くのは無理もない。

今日ここにいるのはB-BLANDのメンバーだ。

チームの中でも選び抜かれた男の子達ばかり。

常に注目されるから外見の気合の入りかたも半端じゃない。

しかもパトカーも警官もいるし、野次馬達も結構集まって来てるし……。

だから“桜ちゃん”が怯えるのも当たり前の事。

「私、行ってくる!!」

葵が立ち上がった。

確かに、女の子が傍にいた方が“桜ちゃん”も安心するかもしれない。

『どうした?』

車から降りてきた蓮さんが固まっている“桜ちゃん”に声を掛けた。

蓮さんが“桜ちゃん”の肩に腕をまわすとその表情が変わった。

怯えた表情から安心した表情に……。

「蓮さんもあんな表情するんだ……」

私は呟いた。

初めて見る蓮さんの表情。

優しく穏やかな瞳で“桜ちゃん”を見つめる蓮さん。

「……本当……」

葵も蓮さんを見て驚いている。

蓮さんはチームの男の子にもその彼女達にもすごく優しいし面倒見もいい。

……でも、あんな顔を見た事はない。

しかも、女の子に対して優しく笑うなんて。

今までだって蓮さんが女の子を連れているのを見た事はあるけど……。

どっちかと言えば、連れてるって言うより付き纏われてる様な感じだった。

女の子の肩を抱くのも初めて見たし……。

「ねぇ、これってかなり貴重じゃない!?写メ撮った方が良くない?」

今まで呆然と蓮さんと“桜ちゃん”を見ていた女の子が、ハッと気付いたように慌ててケイタイを取り出した。

「貴重だけど、止めといたほうがいいよ」

そんな女の子に苦笑してしまった。

女の子の気持ちはものすごく分かる!!

確かに写メ撮りたいくらい貴重だもん。

私も欲しいくらいだもん!!

でも、そんなことしたらヒカルに怒られる。

「葵」

「うん?」

「美桜ちゃんの傍にいてあげてくれる?」

「うん!!」

葵がニッコリと微笑んだ。

「蓮さんと美桜ちゃんは、ケンさんの車で行くんだよね?」

「そうだよ!!」

「じゃあ、私達は海に着いてから挨拶しに行くから」

「……?今、行かないの?」

「うん。美桜ちゃん緊張してるみたいだから少し慣れてからにする」

「そっかー、分かった!!」

「海に着くまでに緊張を解いてあげてね」

「はい!!頑張ります!!」

そう言って葵は“桜ちゃん”達の元に走って行った。

美桜ちゃんに優しい笑顔で話し掛ける葵を見て私は胸を撫で下ろした。

あの蓮さんが好きになった女の子だから時間は掛かっても仲良くなりたい。

美桜ちゃんにもこのチームを好きになってもらいたい。

……蓮さんが創ったチームを……。


◆◆◆◆◆


「アユ」

「おかえり、ヒカル」

「あぁ、なんも無かったか?」

「うん。大丈夫だったよ」

「そうか、ありがとうな」

ヒカルが私の頭を撫でてくれる。

そんなヒカルの肩越しに異変に気付いた。

「ねぇ、ヒカル……」

「どうした?」

不思議そうに私の顔を見つめるヒカル。

「……動きだした」

ヒカルの整った眉が動いて眉間に皺が寄ったのが分かる。

私の視線を辿るようにヒカルが振り返った。

今まで見守るように立っていた警官が慌しく動き始めている。

「そろそろ時間だな。アユ、もうすぐ出発するからみんなを車に乗せといてくれ」

「うん、分かった」

「お前は俺の車な」

差し出される車の鍵。

「うん!!」

ヒカルが報告の為に蓮さん達の元に行った後、女の子達をそれぞれの車に乗せて私もヒカルの車の助手席に乗った。

テキパキと男の子達に指示を出すヒカル。

それに従ってみんなが車に乗り込んだ。

みんなが乗り込んだのを確認したヒカルがこっちに向かって歩いてくる。

みんなの安全を守るのもNO.2の役目。

運転席に座ったヒカルの表情がやっと緩んだ。

「何もなくて良かったね」

「本当だな」

「お疲れさま」

「アユもお疲れさん」

「えっ!?私は何もしてないよ!!」

「そうか?俺はアユがいてくれるからかなり助かってるけど?」

……ズルイ……。

そんな事、言われたら嬉しくて泣いちゃいそうじゃん……。

涙が溢れそうになった私は急いでヒカルに背を向けた。

後ろから小さな声で笑ってるヒカルに気付いたけど……。

『何笑ってんのよ!!』ってツッコみたいのに。

今、口を開くと涙が零れそうだから。

今回だけ我慢しよう……。


◆◆◆◆◆


かなりスピードは出てるけど恐怖は感じないくらいの速さで海へと向かうヒカルの車。

前も後ろもチームの男の子達が運転する車が連なっている。

車道の殆どを占領しちゃってるし……。

ところどころにいる一般の車の運転手さんに同情してしまう。

もし、私がその運転手さんだったら絶対に怖いと思う。

前も横も後ろも厳つい改造車。

しかも、その車を運転しているのはガラの悪い男の子達。

目も合わせたく無いはずだ。

そんな事を気にする様子も無いヒカルはご機嫌な顔でハンドルを操っている。

ヒカルがご機嫌な証拠に車内に掛かるお気に入りの曲を口ずさんでる。

ご機嫌なヒカルを見て今がチャンスと思った私は口を開いた。

「TATTOO彫ろうかな」

よし!!

かなり自然に言えた!!

でも。

返事が返ってこない……。

もしかして、自然すぎてスルーされちゃったとか!?

チラっと隣にいるヒカルの方を見た。

「……」

見てる!!

運転中にも関わらず前じゃなくて私を見てる!!

しかも、さっきまでのご機嫌な顔なんかじゃなくて超不機嫌な顔になってるんですけど!?

……やっぱりダメだよね……。

私は目を伏せた。

ヒカルが反対する事はなんとなく分かっていた。

TATTOOを彫りたいって気持ちはあるけどヒカルを怒らせてまで彫りたいとは思わない……。

「本当に彫りてぇのか?」

「え?」

私は慌てて視線を上げた。

「TATTOOは一度彫ると一生消えねぇぞ。それでも後悔しねぇのか?」

ヒカルはまっすぐ前を見ていた。

でも、その表情は真剣だった。

「うん、後悔しない」

そう言った私に視線を向けたヒカル。

私の顔を見たヒカルの真剣だった表情が和らいだ。

「どこに彫るんだ?」

「えっと……太腿の内側」

「太腿の内側?」

一度は和らいだヒカルの表情が今度は険しくなった。

……?

「ふ……太腿はダメなの?」

「絶対に太腿がいいのか?」

「え?……絶対って訳じゃないけど……胸も可愛いけど葵とカブっちゃうし」

「……胸?」

さっきより一層低さを増したヒカルの声。

「……胸もダメなの?」

「腕とか足首とかにしろよ」

「ダメだよ!!そんな所に彫ったら親にすぐバレちゃうじゃん!!」

私が叫ぶとヒカルが大きな溜息を吐いた。

「だったら太腿でいい。その代わり条件がある」

「じょ……条件?」

「彫り師は俺が紹介する」

「う……うん。どんな人?」

「……女だ」

女の人?

……もしかして……。

「ヒカル」

「なんだ?」

「まさかとは思うんだけど……ヤキモチ?」

そんな訳ないよね……。

ヒカルがヤキモチとかありえないよね!!

『そんなことねぇよ』って笑われるに決まってる。

「悪ぃーかよ」

「はぁ?」

信じられない……。

ヒカルがヤキモチ!?

「自分の女の身体を他の男に見られる上に触られて黙ってられるかよ」

……なんか嬉しい……。

ヤキモチが嬉しいなんて知らなかった。

ヒカルが自分の髪を掴んだ。

これは、ヒカルの癖だ。

照れた時や恥ずかしい時にヒカルは自分の髪を触る。

「……可愛い……」

ヤキモチを妬いたうえに照れてるヒカルが可愛くて愛しくてたまらない。

「うるせぇよ」

そんな言葉を使っても今は全然怖くない。

私は無性に触れたくてヒカルの左手に自分の右手を絡めた。

私の手をぎゅっと握ってくれたヒカルの事がもっともっと大好きになる。

「ヒカル大好き」

そう伝えるとヒカルは優しく微笑んだ。

私がヒカルと手を繋いでから海に着くまで一時間近く。

ヒカルが私の手を離すことはなかった。

海の駐車場に着いて車を降りる時、繋がれた手が放されるのが少しだけ寂しかった。

……でも、仕方が無い……。

せっかく海に来たんだから手を繋いだまま車に乗ってる訳にはいかないもんね。

後ろの座席からバッグを取った私はそんな気持ちがバレないように車を降りた。

先に車を降りていたヒカルが待っていてくれた。

私がヒカルの傍に駆け寄ると手に持っているバッグを奪い取られた。

それから、差し出された左手。

「え?」

車の中みたいに2人きりじゃないのに……。

チームの子もたくさんいるのに……。

差し出された左手に自分の手を重ねる事が出来ない私。

素直になれない自分がもどかしい……。

いつまでも手を出す事が出来ない私の右手をヒカルの左手が掴んだ。

「ヒ……ヒカル!!……いいの?」

「うん?なにが?」

「チームのイベントなんだよ?蓮さんやケンさんもいるんだよ!?」

「いいんだよ、今日は幹部会でも話し合いでもねぇし、外部の人間が来るわけでもねぇしな」

「そうなの?」

「あぁ、今日の目標知ってるか?」

「目標?なに?それ?」

「ウチのトップ自ら昨日の打ち合わせで発表があったんだぜ」

「ケンさんが?どんな目標なの?」

なんかものすごくイヤな予感がする……。

あのケンさんが考えた事って……?

「『今日は、思う存分海を満喫しろ。女連れの奴は緊急事態発生まで2人の世界に浸ってろ』らしいぞ」

ヒカルが笑いを堪えながら教えてくれた。

ケンさんらしい目標に私も笑ってしまった。

ヒカルに連れられて砂浜へと向かう。

駐車場にも続々と到着したメンバーがたくさんいる。

一目でチームの男の子だと分かる。

ヒカルが傍を通るたびに頭を下げてくる。

そんな男の子達も今日は険しい表情じゃない。

とても楽しそうに笑ってる。

こんな笑顔の時はその辺にいる普通の男の子と変わらない。

みんなが笑顔だから私も自然と笑顔になる。

砂浜では朝早くから場所取りや準備をしてくれた男の子達がすでに水着で遊んでいた。

昨日の夜にクラブで話し合いがあったからそれに参加して、その後も家に帰って寝た子はいないはず。

その上、準備もあったから一睡もしていないはずなのに……。

「元気だね……」

波うち際を駆けまわる男の子達を見て呟いた。

「若ぇからな」

苦笑しながら答えたヒカル。

「……みんな、ヒカルとあんまり歳変わらないから……」

「それもそうだな」

ヒカルが楽しそうに笑った。

チームの子が取ってくれていた場所には蓮さんとケンさんの姿があった。

「お疲れ様です!!」

二人に向かって声を掛けた。

椅子に座ってビールを飲みながら話していた二人が一斉にこっちを見た。

「おはよう、アユ」

蓮さんが笑みを浮かべて答えてくれる。

「おはようございます!!蓮さん!!」

私は辺りを見渡した。

「あれ?葵と美桜ちゃんは?」

「今、着替えに行ってる」

そう教えてくれたのはケンさん。

「そっか、残念。挨拶したかったのに……」

「後でゆっくりすればいいじゃねぇか」

ヒカルにそう宥められて私は渋々頷いた。

しばらく蓮さんやケンさんと話したヒカルが「着替えに行くぞ」と言って私の手を握った。

スタスタと歩いて行くヒカルに引っ張られてる私。

引っ張られながら何気なく振り返った。

楽しそうに話し込んでいる蓮さんとケンさん。

明らかに周りと違うオーラを放出している二人。

ただでさえ目立つ集団の中で一際視線を集める二人。

少し離れた所から女の子達が二人に熱い視線を送っている……。

葵や美桜ちゃんには悪いけど心の底から思った……。

あの二人の彼女じゃなくて良かった!!

……でも、そう思った私が甘かった……。

視線を感じて前を向くとそこにもいた。

熱い視線を向ける女の子達。

その子達の視線の先には……。

……。

……。

ヒカル!?

ちょっと待って!!

あんた達、誰の許可貰ってヒカルのこと見てんの!?

すっかり忘れてたけど……。

ヒカルもモテるんだった。

その子達を鋭い眼で睨んだ私。

ヒカルに熱い視線を送っていた女の子達が一斉に目を逸らした。

ちょっと大人げないけど……。

このくらい出来ないとヒカルの彼女なんて務まらない。

ヒカルと付き合い始めて結構長いから繁華街で私と一緒にいるヒカルに熱い視線を送る女の子なんていない。

そうなるまでかなり時間が掛かったけど……。

何回もケンカしたけど……。

お陰でケンカは強くなっちゃったけど……。

でも、ここは繁華街じゃなくて海だった……。

油断しちゃいけない!!

そう自分に言い聞かせて気合を入れた。

ヒカルから“ケンカ禁止令”が出てるけどいざとなったら仕方ない……。

私のそんな気合にも女の子の視線にも全く気付いていないヒカル。

お母さんにそっくりなキレイな顔には楽しそうな笑みを浮かべている。

そんなヒカルが足を止めた。

「5分後にここに集合な」

ヒカルが繋いでいた手を放した。

目の前にある建物の入り口のプレートには“更衣室”の文字。

「5分後ね。分かった!!」

そう答えたのに……。

一向に中に入ろうとしないヒカル。

「……?」

「……」

「ヒカル、入らないの?」

「先に入れ」

「……?私はいい」

「あ?」

「だって着て来たもん」

「着て来た?」

「うん!!」

私は着ていたキャミを捲って下に着ていた水着を見せようとした。

「おい!!」

急に大きな声を出したヒカルが慌てたように私の手を掴んで捲ったキャミを引っ張り下ろした。

「ヒカル?」

私が顔を覗き込むと大きな溜息を吐いたヒカル。

「中で脱いで来い」

そう言って顎で更衣室を指した。

「分かった」

「絶対に5分経ってから出てこいよ」

「う……うん」

なんで5分経たないと出ちゃダメなんだろう?

聞こうとしたけどヒカルに背中を押されて更衣室に入れられた……。

閉まったドアの向こう側から聞こえてきたヒカルの声。

「5分後だからな!!」

「はい、はい……」

なんで5分後にこだわってるのかは全然分かんないけど……。

今はヒカルに逆らわない方が良いような気がする。

私は開いていた個室に入り着ていたキャミとショートパンツを脱いだ。

ただ脱ぐだけだから5分も掛からない。

……でも。

ヒカルがあんなに何度も言っていたから、今更衣室を出て行く訳にはいかない……。

バッグの中からケイタイを取り出し時間を確認してポーチを引っ張り出して日焼け止めクリームを身体中に塗りまくった。

そろそろいいかな……。

個室を出た私は恐る恐る更衣室のドアを開けた。

外にはすでにヒカルが立っていた。

水着姿で壁に寄り掛かりタバコを銜えているヒカル。

ヒカルの身体なんて見慣れているはずなのに、私の胸は高鳴った。

ドアの隙間から顔だけを覗かせている私に気付いたヒカルが手招きした。

私がヒカルの傍に駆け寄ると足元から頭まで視線を向けられた。

「ヒカル?」

なんか表情が険しくない?

更衣室の中でケンカとかしてないでしょうね!?

「アユ」

「うん?」

「今日は絶対に俺から離れるなよ」

「へ?」

「いいな」

「う……うん」

余りにヒカルが真剣な表情だったから私は頷いた。

頷いた私の肩にヒカルは大きなバスタオルを掛けた。

「……?」

「行くぞ」

ヒカルの行動を不思議に思う私を他所に、ヒカルは私の手を掴んで歩き出した。

……変なの……。

なんでヒカルは機嫌が悪いんだろう?

……あ!!

もしかして……。

このビキニが私に似合ってないとか?

やっぱりピンクじゃなくて水色にした方がよかったのかも……。

結構、悩んだんだよね。

ピンクを選んだのが失敗だったのかも……。

ピンクの水着を買った事を後悔し始めた時、私の耳に舌打ちの音が飛び込んできた。

それは、明らかに私の隣を歩くヒカルが発した音だった。

そ……そんなに似合ってないの!?

私は慌ててヒカルの顔を見上げた。

ヒカルの視線の先にいたのは私……じゃなかった……。

私に向けられてると思ったヒカルの視線は斜め前に向けられてる。

ヒカルの険しく鋭い視線の先には、私達より少し年上に見える軽そうな感じの男がいる。

明らかにナンパしに海に来ました!!みたいな感じの雰囲気を出している。

足を止めようとしないヒカルは鋭い睨みを利かせたままその男に近付いていく。

ヤバッ!!

このままだとヒカルは間違いなくあの男を殴ると悟った私は足を止めて繋いでいたヒカルの手を引っ張った。

「ヒカル!!」

私の声にヒカルが足を止めた。

でも、その男に向けた視線を逸らそうとはしない。

原因は分からないけど……。

多分、目が合ったとかそんなことだと思うけど……。

お願い!!

早くヒカルの前から消えて!!

そんな私の願いも空しく男は顔を強張らせたままその場を動こうとしない。

一瞬だけ足を止めたヒカルもまた男に向かって歩き出した。

ヒカルの腕を引っ張って止めようとする私の身体はヒカルに引き摺られてしまう。

「ちょっと!ヒカル!!」

もう私の声もヒカルの耳には届いていないようだ。

男の目の前で立ち止まったヒカルが口を開いた。

「おい!なに見てんだ?」

低く威圧的な声。

「いや……あの……」

男は顔を真っ青にして狼狽している。

「聞こえねぇな。はっきり喋れや、コラァ!!」

ドスの効いたヒカルの声に男の身体がビクっと反応した。

「す……すいません……」

「謝るくらいなら最初から見てんじゃねぇよ」

「は……はい」

「ヒカル、行こう!!」

今にも手を出してしまいそうなヒカルの腕を強く引いてその場を離れた。

男から少し離れた所で、私はヒカルの顔を覗きこんだ。

さっきに比べて和らいだ表情のヒカル。

そんなヒカルを見て私は胸を撫で下ろした。

「目が合ったの?」

「いや、アイツが見てた」

「……?だからあの男がヒカルを見てて目が合ったんでしょ?」

「俺を見てたんじゃねぇよ」

「は?じゃあ、誰を見てたの?」

「……アユ」

「わ……私!?」

驚いた私にヒカルが大きな溜息を吐いた。

「な……なんで?」

「分かんねぇなら気にすんな」

呆れた表情のヒカルは私の質問に答える様子も無く歩き出した。

なんで!?

あの男は私なんかを見てたんだろう?

それになんでヒカルがキレるの!?

分かんないんだけど!!

「ちょっと!ヒカル待ってよ!!」

私が悩んでる間にヒカルは一人で歩いてて……。

私は慌ててヒカルの後を追った。

私の声にヒカル足を止めてくれた。

前を向いたまま後ろに向かって差し出された左手。

私はその手に右手を重ねた。

優しく包んでくれる大きな手。

子供の時から一緒にいるヒカル。

昔は同じくらいだった手。

いつの間にヒカルの手はこんなに大きくなったんだろう……。

私は繋いだヒカルの手を見つめていた。


◆◆◆◆◆


みんながいる場所に戻った私達。

楽しそうに遊ぶチームのメンバー達。

賑やかな笑い声が響いていた。

それを見たヒカルの顔には不機嫌さなんて無くなってた。

「行くぞ、アユ!!」

瞳を輝かせて私の手を引っ張るヒカルに苦笑してしまった。

海の水はひんやりと冷たくて眩しい日差しで火照った身体にはとても気持ち良かった。

いつもはクールなヒカルが海の中で楽しそうにはしゃいでいる。

私はそれが嬉しかった。

ヒカルが楽しいと私も楽しい。

ヒカルが嬉しいと私も嬉しい。

だから私もヒカルと一緒になってはしゃいだ。

少し離れた所では、蓮さんと美桜ちゃんが話していた。

砂浜に近い浅い所で蓮さんの膝の上に座ってる美桜ちゃん。

なんかものすごく微笑ましい光景だった。

お昼を知らせるサイレンの音とともにケンさんの「始めるぞー!!」という声で恒例のバーベキュー大会が始まった。

普通は私達女が動かないといけないところだけど、チームのイベントの時の食事はケンさんをはじめ男の子達が準備から全てやってくれる。

だから私達は、女の子ばかり集まって話をしていた。

お肉が焼けた頃、葵と美桜ちゃんがこっちにやってきた。

念願の話し掛けるチャンス!!

私は美桜ちゃんに声を掛けた。

「こんにちは、美桜ちゃん」

「こんにちは」

少し戸惑いながらもニッコリと微笑んでくれた美桜ちゃん。

それを見ていた他の女の子たちも次々に美桜ちゃんに声を掛け始めた。

相手の目をまっすぐに見て答える美桜ちゃん。

最初は女の子達のテンションに驚いた様子だったけどしばらくすると慣れたようで楽しそうに笑っていた。

バーベキューでお腹がいっぱいになった頃、葵と美桜ちゃんが海の家に買い物に出掛けた。

葵と美桜ちゃんは気付いてないけどチームの男の子が付いて行った。

美桜ちゃんは『大丈夫!!』って行ってたけど蓮さんやケンさんが女の子二人だけで行かせるはずがなかった。

『なんかあったら手出す前に連絡入れろよ』

『はい』

『葵さんや美桜さんに絶対に気付かれるなよ』

『分かりました』

ヒカルに釘を刺された男の子が葵や美桜ちゃんが行って少ししてその場を離れた。


見張りが付いてるからなんかあっても大丈夫って思ってた。

でも、そんな私の考えが甘かった……。

それまで、チームの男の子達と楽しそうに談笑していた蓮さんの顔から笑顔が引いた。

それから、美桜ちゃん達が歩いて行った海の家の方を見つめていた。

「どうかしました?」

異変に気付いた男の子が蓮さんに声を掛けた。

「……いや」

蓮さんはそう答えたものの視線を動かそうとはしない。

そんな蓮さんをケンさんは見つめていた。

しばらくして蓮さんは立ち上がると海の家の方に向かって歩き出した。

そんな蓮さんの後を追うようにケンさんも立ち上がった。

「……?」

私は首を傾げた。

ヒカルが何かを言おうとした時、ケイタイの着信音が鳴り響いた。

それは、ヒカルのケイタイだった。

私は胸騒ぎを感じた。

素早くケイタイを開いたヒカルの表情が険しくなった。

「……はい」

ケイタイからは微かに男の子の声が漏れてくる。

黙って相手の話を聞いていたヒカルがケイタイを耳から離して叫んだ。

「蓮さん!ケンさん!美桜さんと葵さんが!!」

ヒカルの声に振り返った二人が一瞬顔を見合わせて、すぐに海の家の方に向かって駆け出した。

緊迫した雰囲気の中、ヒカルが立ち上がって指示を出す。

「女はここにいろ!リョウとハヤトはここに残って警護に付け!!俺が連絡を入れるまで絶対に動くな!!他の奴はすぐに蓮さんとケンさんを追え!!相手はこの辺の奴だ!気ぃ抜くなよ!!」

ヒカルの声にスイッチの入った男の子達が一斉に動き出した。

「アユ!!」

「はい!!」

「ここの事は頼んだ。すぐに連絡入れるから待っててくれ」

「うん!分かった!!」

私が頷くとヒカルが頭を優しく撫でた。

ヒカルは男の子達を引き連れて蓮さん達の後を追って行く。

その背中を不安な気持ちで見送った。

「……大丈夫かな……」

女の子が呟いた。

不安な気持ちなのは私だけじゃない……。

大切な彼氏が今からケンカに行くっていうのに平気な子なんていない……。

心配でたまらないのはここにいるみんなが同じ……。

私がしっかりしないと!!

「大丈夫だよ!!」

私は笑顔で言った。

「……アユちゃん……」

「なに弱気になってんの?みんなの彼氏はB-BLANDのメンバーなんだよ!!チームの中でも選ばれた人達なんだから相手がどんな人でも負けるはずないじゃん!!それに、蓮さんもケンさんもいるんだから!!」

私は、みんなにそう言いながら自分にも言い聞かせていた。

「……そうだね!!」

女の子達に笑顔が戻ってくる。

「すぐに連絡入るから待ってようね!!」

「うん!!」

それから私達は他愛もない話をして連絡が来るのを待っていた。

しばらくして私のケイタイが鳴った。

着信音でヒカルからだと分かる。

急いで通話ボタンを押して耳に当てる。

「ヒカル!?」

『あぁ、そっちは変わった事ねぇか?』

「うん!こっちは大丈夫!美桜ちゃん達は!?無事なの?」

『攫われそうになってたけどもう大丈夫だ』

「……良かった!!」

『……でも、まだ終わってねぇんだ』

「え?」

『美桜さん達を攫おうとした奴らが仲間を呼んでる。もしかしたらそこも危ないかもしれない。今すぐハヤト達と一緒に移動しろ』

「どこにいけばいいの?」

『ハヤト達が知ってる。そこに行く途中になんかあったらすぐに連絡してこいよ』

「うん、分かった」

ケイタイを閉じた私はハヤトとリョウに事情を話して事前に決められていた場所にみんなで移動した。

ヒカル達より先にその場所に着いた私達。

そこに入って来たみんなを見て胸を撫で下ろした。

ウチのチームが優勢なのは一目瞭然だった。

チームの男の子達に囲まれた男達は顔を引き攣らせて立ち尽くしている。

これからこいつらの仲間も来るらしいけど楽勝だと思った。

その予想は確信に変わって、事はまるく収まった。

蓮さんとケンさんに殴られた男二人は動けないくらいのダメージを受けてたけど、美桜ちゃんや葵に恐怖心を与えたんだから仕方ない。

他の男達も駆けつけた傘下のチームの人たちが連れて行った。

助けに来たはずの仲間にさえ見捨てられた男達に少しの同情が浮かんだけど、女の敵の男達にはちょうどいい“おしおき”だったのかもしれない。

砂浜に戻ると先に戻ってきてるはずの蓮さんと美桜ちゃんの姿がなかった。

「ねぇ、ヒカル」

「うん?」

「蓮さん達は?」

「さぁ?散歩でもしてんじゃねぇか?」

「散歩?」

「多分な」

まぁ、蓮さんも一緒だから心配はいらないか。


「なんで、蓮さんは分かったんだろうね?」

「なにが?」

缶ビールを美味しそうに飲んだヒカルが私の顔を見た。

「連絡が入る前に蓮さんは海の家に行こうとしてたでしょ?」

「あぁ」

「なんで分かったんだろ」

「勘じゃねぇか?」

「勘?」

「蓮さんは勘が鋭いから」

ヒカルの答えに私は納得してしまった。

……確かに。

蓮さんの勘の鋭さは私も認めている。

でも、ここまできたら……。

なんか人間離れしているような……。

「ヒカルも私が危険な目に合ってたら勘で分かる?」

「あ?」

「分からないの?」

「……なんとなく」

そう言葉を濁したヒカルに吹き出してしまった。

私になんかあったら一番に助けに来てくれるらしいヒカル。

私はヒカルのその言葉を信じる事にした。








番外編 勘 【完】

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深愛~美桜と蓮の物語~2 桜蓮 @ouren-ouren

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