番外編 責任

「すみません!俺の責任です」

俺は勢いよく蓮さんに頭を下げた。

場の雰囲気が張り詰めたのが分かった。

「……ヒカル?」

怪訝そうな声を出した蓮さんの顔を俺は見ることが出来なかった。


◆◆◆◆◆


祭りの後、俺達はチームの溜まり場にいた。

今日は美桜さんも一緒だからチームの奴らのテンションも高かった。

俺も蓮さんと一緒に美桜さんがここに来てくれた事が嬉しかった。

……でも……。

俺の心の中に小さな不安があった。

神社で蓮さんとケンさんがテキーラ対決をしている時、響さんと綾さんが顔を出してくれた。

和やかな雰囲気のなか、俺は美桜さんの異変に気付いた。

みんなが響さんと綾さんに視線を向けるなか一人だけ人混みを見つめていた。

美桜さんの視線の先を見て俺は焦った。

鋭い眼つきで美桜さんを睨みつける女。

その女の顔に俺は見覚えがあった。

必死で記憶を辿る。

『蓮さんと寝た事がある』

自慢気に至る所で話していた女。

確か俺より一歳上だったと思う。

俺には、蓮さんとこの女の間に何があったのかは分からない。

でも、一つだけ分かるのは、蓮さんがこの女に特別な感情なんて持っていないという事。

その証拠にメイについては何も伝達が出ていない。

とりあえず美桜さんの視線を変えさせようと思った俺は、

「美桜さん」

振り返った彼女の顔を見て言葉を失った……。

その表情には不安と悲しみが溢れていた。

次の瞬間、俺は無意識のうちにメイを睨んでいた。

それに気付いたメイは慌てた様に人混みの中に消えていった。

メイを追うように立ち上がろうとした俺の腕を蓮さんがテーブルの下で掴んだ。

「美桜、どうした?」

俺の動きを制するように腕を掴んだまま、美桜さんの顔を覗き込む蓮さん。

それを見て俺はメイを追いかけようとする身体の力を抜いた。

その瞬間、蓮さんが掴んでいた俺の腕を静かに放した。

「なんでもない」

そう言って微笑んだ美桜さんは無理をしているのが一目瞭然だった。

俺でもそれが分かるんだ。

蓮さんが気付かない訳がない。

「美桜」

蓮さんに見つめられた美桜さんの表情が強張っている。

そんな表情の美桜さんを見ていられないと思った俺は口を開こうとした。

一言、断ってこの場を離れメイを探し出そうと思った。

メイを捕まえればこの先、美桜さんの前に姿を見せないようにさせる事は簡単な事だ。

……だけど……。

「楽しいね、蓮さん!!」

……出来なかった……。

美桜さんがそれを望んでいない。


クラブに戻った俺はケンさんにさっきの出来事を話してチームの幹部を動かす許可を貰った。

クラブは今日、一般の客を入れて営業している。

今からチームの関係者以外を出すのは簡単だがそんな事をしたら美桜さんに余計な不安を与えてしまう。

メイがここに来る確率は高い。

そう考えた俺はクラブの至る所にチームの幹部を配置した。

そして、『メイと美桜さんが接触しないように』と指示を出した。

それから蓮さん達が来る前にVIP専用の部屋に行きアユに『美桜さんから離れるな』と言った。

なにも知らないアユは一瞬不思議そうな顔をしたがすぐに『分かった』と微笑んだ。

そんなアユの頭を撫でると嬉しそうに笑った。

アユの笑顔を見て俺は胸が痛くなった。

いつもチームのことが優先でアユの事が後回しになってしまっている。

それなのに、アユは俺を責める事もなくいつも隣で笑っていてくれる……。

何度も別れた方がアユの為なんじゃねぇかって思った。

でも、それが出来ないのは俺の弱さのせいだ……。

ガキの頃から傍にいてくれたアユがいなくなる事が怖ぇんだ。

アユの幸せより自分の事を考える俺は最低な男だ。

「ヒカル?」

不思議そうな顔で覗き込むアユ。

そんなアユの腕を引き、耳元で囁いた。

「今夜、泊まりに来いよ」

「……うん」

アユは俯いて答えた。

VIP専用の部屋に蓮さんと美桜さんが来て再び始まった“テキーラ対決”。

相変わらず酒に強ぇ蓮さんとケンさん。

今までこの人たちより強いヤツを見たことがない。

審判をしている俺のほうが酔いそうな気がする……。

何度かチームの幹部のヤツが報告にやってきた。

俺の予想通りメイはクラブに来ている。

でも、今のところ美桜さんがこの部屋を出ない限りメイとの接点はない。

このまま時間が経てばメイは帰るだろう。

そう、思っていた俺が甘かった。

クラブに俺達がいるって情報を掴んだ他のチームの奴らが暴れ出した。

勢い良く開かれた部屋のドア。

「すみません、ケンさんちょっといいですか?」

そこに自然に集まる視線。

焦った表情で何かが起きた事は一目瞭然だった。

ケンさんが部屋を出た後すぐに俺も後を追った。

クラブの従業員専用の控え室。

床に倒れている7人の男達。

「なんだ?もう終わってるじゃねぇか」

ケンさんがつまらなさそうに言った。

「……はい。こいつらは大したことがないんですが、バックについているのが……」

幹部のアキラが言いにくそうに言葉を濁した。

「こいつらどこのチームだ?」

ケンさんが倒れている男の髪を掴み顔を上げさせた。

血塗れのそいつは憎しみの篭った眼でケンさんを睨みつけた。

俺の身体が反射的に動いた。

ケンさんがそいつの髪を放したのと同時に腹を蹴り上げた。

激しく咳き込みながら血を吐く男。

「……“ANGEL”です」

言いにくそうにアキラが答えた。

「確かに面倒くせぇな」

ケンさんはそう言って鼻で笑った。

“ANGEL"はメンバーが30人弱のチーム。

最近バックにヤクザをつけて縄張りを広げようとしている。

ここで倒れているのが幹部だろう。

その程度の奴らが幹部をやってるくらいだから“ANGEL”自体は大したことがない。

ただ、バックについているヤクザってのが……。

「ヤクザの事はヤクザに任せようぜ」

ケンさんはそう言って控え室を出て行った。

しばらくして蓮さんと一緒に控え室に戻ってきたケンさんは『蓮、頼んだぞ』と言って奥にあるパイプイスに腰を下ろした。

蓮さんは、『面倒くせぇな』って言いながらケイタイを取り出しどこかに連絡した。

電話の相手としばらく言葉を交わしていた蓮さんがケイタイを閉じて『川口組がワビを入れるそうだ』と告げた。

ケンさんが『助かった』って言うと蓮さんが『酒、奢れよ?』と笑った。

倒れている男達を他所に控え室の中に和やかな空気が流れる。

……でも、それは一瞬だった……。

激しく開けられたドア。

……またかよ……。

多分、ケンさんと蓮さんも俺と同じ事を思っていたはずだ。

二人が面倒くさそうに溜息を吐いた。

「蓮さん!!美桜さんが……!!」

ハヤトのその言葉で蓮さんの表情が変わった。

俺はバカみたいにその場に立ち尽くしていた。

何が起きたのかを悟ったケンさんの声が響いた。

「ヒカル!!」

その声でやっと俺の頭と身体が動き出した。

自分でも驚くほどの速さでアユがいる部屋に向かった。

蹴り開けたドアが派手な音を響かせる。

そこには美桜さんの姿はなかった。

俺は、驚いた表情のアユの肩を掴んだ。

「アユ、美桜さんはどこだ?」

「……?」

動揺を隠せない俺を見つめていたアユが何かを思いついたように部屋を飛び出した。

後を追いかけようとした俺を葵さんが引き止めた。

「ヒカル?何があったの?」

その瞳が不安げに揺れていた。

「……美桜さんが……」

俺がそう言うと葵さんは顔を強張らせて部屋を飛び出した。

その後を追いかける。

葵さんが向かったのは女子トイレだった。

ドアを開けて目に飛び込んできた光景に思わず叫んだ。

「アユ!!」

トイレの中にいたのは、アユとメイだった。

泣きはらしたようなメイの襟元を掴み手を振り上げているアユ。

俺が叫んだのとアユの手がメイの頬に当たったのは同時だった。

乾いた音が響いた。

頬を平手打ちされてよろけるメイの髪をアユが掴んだ。

俺はアユに駆け寄り両手首を掴んだ。

俺は知っている。

こうなったアユを止められるのは俺だけだ。

俺の腕を振り払おうとするアユの身体を壁に押し付ける。

「今はこんな事をしてる暇がない」

アユの身体から力が抜けていく。

「……ごめんなさい」

そう呟くアユの頭を撫でた。

本当はアユを抱きしめたかった。

……でも、今は時間がない……。

……また、俺はアユよりもチームを優先させてしまった……。

「ヒカル」

トイレの入り口に立っている蓮さんとケンさん。

アユに叩かれた上に二人に鋭い眼で睨まれた、メイはトイレの隅に蹲り完全に怯えきっている。

「すみません!俺の責任です」

俺は勢い良く蓮さんに頭を下げた。

場の雰囲気が張り詰めたのが分かった。

「……ヒカル?」

怪訝そうな声を出した蓮さんの顔を見ることが出来なかった。

「お前の所為じゃねぇよ」

その言葉と一緒に頭に重みを感じた。

温かくて大きな手。

俺はその大きな手をまだ当分超えられないと思った……。

「大丈夫だ、蓮。チームの幹部が動こうとしてんだ。すぐに見つかる」

「イヤ、チームは動かさなくていい」

「あ?」

低くなるケンさんの声。

思わず俺は顔を上げた。

「組のヤツに探させる」

ケンさんの顔が引き攣った。

蓮さんがポケットからケイタイを取り出した。

「ま……待て!!……落ち着け、蓮!!」

「何やってんだ?てめぇ……」

「30分で見つける。……いや……20分だ」

「あ?そんなに待てると思ってんのか?」

ケンさんからケイタイを奪い返した蓮さんはすでにボタンを押している。

「10分だ!!10分で見つからなかったらお前が好きなようにしていい!!」

蓮さんが大きな溜息を吐いてケイタイを閉じた。

「10分だぞ」

それを見たケンさんが安心したように俺に視線を向けた。

「ヒカル!!」

「はい」

俺はクラブの階段を駆け上がった。

バイクのエンジン音が響いている。

階段を上りきった所に停まっている数十台の単車。

「10分以内に美桜さんを探し出せ!!まだ遠くには行ってないはずだ!路地裏は見落とすなよ!!見つけたらすぐに連絡しろ。絶対に美桜さんに気付かれんなよ!!以上!!」

一斉に四方八方に散って行くエンジン音。

俺はそのエンジン音を聞きながら美桜さんの無事を祈っていた……。



それから5分後俺のケイタイが鳴り響いた。

「見つかりました」

蓮さんにそう伝えると蓮さんはクラブを飛び出した。

単車に跨り美桜さんの元へと向かう蓮さんの背中を見送っていると背中を叩かれた。

「ケンさん?」

「アユが待ってるぞ。行ってやれよ」

「……はい!!」

アユがいる部屋に入ると後ろから入ってきたケンさんが『葵、踊り行こうぜ』と葵さんに声を掛け二人は部屋を出て行った。

俯いて座るアユの隣に腰を下ろす。

「“ケンカ禁止”って約束じゃ無かったか?」

「……ごめんなさい」

俯いたまま答えたアユの肩に腕を廻し身体を引き寄せる。

肩が小刻みに震えている。

「お前が叩いてなかったら、俺が殴ってた」

やっと顔を上げたアユの瞳は涙が溢れ真っ赤に充血していた。

何度こいつは一人で涙を流したんだろう……。

俺は知っているのに……。

本当はこいつが強がっていることも……。

本当はこいつが泣き虫なことも……。

本当は一人でいれないことも……。

アユが傍にいて欲しいと望む時、俺はいつも傍にいてやれない。

俺から別れを切り出す事がアユの幸せに繋がる。

「悪ぃーな、アユ」

「……?」

「傍にいてやれなくて……」

「……いいよ。その代わりヒカルがチームを引退したら今までの分も責任持って傍にいてね」

アユが真っ赤な瞳でにっこりと微笑んだ。

それは、弱い俺に対してのアユの優しい望みだった。

「……あぁ、そうする」

そう答える俺は弱いヤツだ。

でも、チームを引退するまではアユの優しさに甘えさせてもらおう。

チームを引退したらお前が『ウザイ!!』って言うくらい傍にいるから……。




番外編 責任 【完】

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