第19話『ルール違反』



「俺のヘイストなしでクロネさんがどこまでやれるか正直不安だったけど……なんだ。結構やるじゃんか」


 クロネさんと金髪兄貴君の闘いは今も続いていた。



 技術的には金髪兄貴君の方が圧倒的に上だ。

 力も、スピードも、金髪兄貴君はクロネさんの上をいっているだろう。


 だけどクロネさんには補助魔法のプロテスがある。

 プロテスは対象の硬度を上げる魔法だ。

 その魔法を駆使して、彼女は防御を捨てた戦い方をしていた。



 結果、実力差があるはずの二人の戦いはこうして長引いている。


 クロネさんの動きを見る限り、あの戦い方は本来の彼女のスタイルじゃないんだろう。


 だけど、理にはかなっている。


 ついでに、そんなクロネさんと付き合いの長い金髪兄貴君だからこそだろう。彼女の新しい戦闘スタイルに戸惑っているようだ。 



 だが――



「とはいえ、このままだとまずいな」



 二人の戦いは続いている。

 しかし、拮抗しているとはとても言い難かった。


 最初はクロネさんが優勢だと思った。

 金髪兄貴君の剣に対して防御を捨てて放った一撃。


 防御力という点で見れば金髪兄貴君より遥かにまさっているクロネさんだからこそ出来る芸当だろう。


 アレを続ければクロネさんが勝つ。

 そう思っていたし、実際にそうなればきっとクロネさんは勝っていたと思う。


 だが、そこまで金髪兄貴君は馬鹿じゃなかった。

 クロネさんの戦闘スタイルが変わったと見るや、鬱陶うっとうしそうにしながらもきちんと対応の仕方を変えていた。


 新しいクロネさんの戦闘スタイルに合わせ、奴は戦闘スタイルを防御一辺倒のカウンタースタイルへと切り替えたのだ。

 相手の攻撃を受け流すことに専念し、隙を突いて一撃を入れるという戦い方。


 それは時がたつほど洗練されていき、クロネさんの振るう木剣は金髪兄貴君に掠りもしなくなっていた。

 いくらクロネさんの防御力が高いとはいえ、攻撃が当たらないんじゃ話にもならない。


 それに、攻勢に回っているクロネさんは金髪兄貴君の数倍は激しく動いている。

 このままではスタミナの方も心配だ。



「とはいえ、手を出すなと言われている訳でして。いや、でもこのまま金髪兄貴君に軍配が上がるとか嫌すぎるのも事実で……うーむ……」



 クロネさんを勝たせる事は簡単だ。

 たった一つの魔法。俺のお得意のヘイストを彼女にかければいい。

 それだけで簡単に決着は着くだろう。


 しかし、それはクロネさんの望むところではない。

 彼女は自分自身の力だけで金髪兄貴君を……過去を乗り越えようとしている。それに手を貸すほど俺は無粋ではない。


 それは分かっている。

 分かっているのだが……このままでは何かない限り金髪兄貴君が勝ってしまう訳でして。


 そう俺が頭を悩ませていた時――




 バキッ――



「んなっ――」



 クロネさんの木剣を金髪兄貴君が木剣でいなす。


 しかし、何度もそんな事を続けていたからだろうか。


 クロネさんの一撃をいなした金髪兄貴君の木剣は折れてしまっていた。




「(キタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!)」




 俺は心の中で喝采を上げる。

 まさに奇跡。

 ご都合主義の神様が今まさにこの場に降臨していた。



「これで――――――おわりですっ!!」



「まっ――」



 みっともなく手を前に出して後ずさる金髪兄貴君。

 しかし、この機を逃すほどクロネさんは甘くない。


 クロネさんは木剣を失った金髪兄貴君に向けて構えていた木剣を振り上げて――


 木剣を金髪兄貴君めがけて振り下ろした。


 これにて決着。


















 そうなると誰もが思ったはずだ。

 しかし――












「――ライトニングピアスッ!」



「――なっ!?」



 絶対に避けられないと思われていたクロネさんの攻撃。

 その攻撃を金髪兄貴君は避けなかった。


 避けずに……反撃して見せたのだ。


 金髪兄貴君の指先へと出現する魔法陣。

 そこから紫電の一撃が放たれた。



「きゃっ――」

 



 金髪兄貴君の紫電の一撃をもともに喰らってしまうクロネさん。

 幸いというべきか、そこまでの威力はなかったようで少なくとも黒焦げにはなっていない。


 しかし、それでもクロネさんの身体は一時的に硬直してしまっていた。



 人体は電気信号によって動いている。

 そんな人体が外部から電撃を受けた場合、本人の意図とは関係なく体の動きは乱されてしまう。



 それはプロテスによって防御力を固めていたクロネさんも例外ではなかったらしい。

 結果――



「おっと――」



 クロネさんの渾身の一撃はその威力をなくし、素手の金髪兄貴君でもいなせる程度のものになってしまっていた。

 だが、それで終わりではない。



「くっうっ――」



 クロネさんの身体から力が抜け、その手から木剣が滑り落ちる。

 金髪兄貴君の一撃を喰らったせいでまだ体が痺れているのだろう。

 


 つたない足取りで落とした木剣を拾おうとするクロネさん。

 だが――



「はーい。没収~♪」



「あっ――」



 金髪兄貴君がクロネさんの落とした木剣を先に拾ってしまう。

 そうして奴はクロネさんを見下しながら、


「どうだクロネぇぇぇ? 雷魔法、ライトニングピアスの味はよぉ?」


 そう言って勝ち誇る金髪兄貴君。

 そんな兄に対し、クロネさんは無手のまま、理解できないと言いたげな表情で金髪兄貴君を見つめていた。



「なん……で?」



「クク。不思議に思っているようだなぁ。俺が詠唱なしで魔法を放てるだなんて思っても見なかったんだろぉ?」



「くっ――」



 ――金髪兄貴君が無詠唱で魔法を放った。


 その事実は。金髪兄貴君の事を良く知る彼女にとって信じがたいものだったらしい。

 そんなクロネさんの態度に気をよくしたのか。金髪兄貴君は種明かしをし始めた。


「――その通りさ。確かに俺は無詠唱での魔法なんて使えねえ。そもそも、雷魔法なんて高度な魔法は使える訳もねえ。俺が使えるのはちょいとした氷の魔法だけだ」


「なら――」



「答えはこれだ」



 そう言って金髪兄貴君はクロネさんの目の前に自身の手をかざして見せた。

 その指には酷く黒ずんだ指輪がはめられている。


 俺達が見守る中、その指輪は更に黒へと染まっていき――消滅した。



「――今のは?」


「これは魔封じの指輪だ。威力の低い魔法を封じ込め、それを任意のタイミングで一回のみ発動できる貴重なアイテム。俺達スタンホープ家でも手に入れるのに苦労する貴重品でなぁ。まさか愚妹であるお前に使うとは思っていなかったよ」


「なっ……まさかそれで……卑怯です。ルール違反ですっ!」



 クロネさんの言う通りだ。

 俺の記憶が正しければ、この迷宮探索では学校から支給された武器・道具以外は持ち込めないようになっていたはず。


 あんなアイテムが学校側から支給されている訳がないし、アレは金髪兄貴君が持ち込んだものだろう。

 つまり――ルール違反だ。


 だが――



「ハハッ。なーにを寝ぼけたこと言ってんだクロネよぉ。今のはただの指輪だ。そして、俺は迷宮攻略中に指輪をなくしちまっただけ。ルール違反なわけないだろう」


「なっ!?」



 どうやら金髪兄貴君は詭弁きべんを弄して自分が犯したルール違反をうやむやにしようとしているらしい。


 汚い。あまりにも汚い。


 既に体の痺れはなくなっているようだが、武器を奪われたクロネさん。

 対するはクロネさんの武器である木剣を奪い、未だに殆どダメージを受けていない金髪兄貴君。



「――形勢逆転だなクロネ。さぁどうする? 素手で向かってくるか?」


「くぅっ――」



 悔しげに自身の兄である金髪兄貴君を睨むクロネさん。



 勝機はない。

 もはや勝ち目はない。

 試合終了。







 ――などと二人とも考えているのなら、それは大きな間違いだ。


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