第20話『手は出さない』
「――クロネさん」
俺はクロネさんの名を呼ぶ。
すると――
「まだ……まだです。手を出さないでくださいビストロ君。クロネはまだ……まだっ!」
「そうだぞ化け物野郎。お前が介入した瞬間、俺はクロネの勝ちを認めねえ。これは俺達兄妹の問題だ」
二人とも俺が見るにみかねて戦いに水を差すとでも思ったのだろう。
だが、それは大きな間違いだ。
俺は手を出そうとしてるんじゃない。
俺が出そうとしているのは――口だ。
「クロネさん。とりあえず、自分にプロテスかけながら肉弾戦してみましょうか」
「――へ?」
「諦めるにはまだ早いって話ですよ。他に考えがあるならそれでもいいですけど、俺はプロテス使っての肉弾戦を推します」
「おいおい、気が狂ったか化け物野郎よぉ。剣を持った相手に素手で挑ませるとかあり得ねえだろ。格闘戦を学んでたやつにそう言うならまだ理解できるが、クロネが学んでいたのは剣術だぜ? 勝負にもならねぇよ」
口を挟んでくる金髪兄貴君。
「ビストロ君。兄さまの言う通りです。クロネは――」
意気消沈し、肩を落としながら言い訳しようとするクロネさん。
――ああ、もう。じれったい。
俺は煮え切らないクロネさんに対し、渇を飛ばした。
「――うるっせぇ!! うだうだいじいじとする前にさっさとやれぇいっ!! 諦めたら試合終了なんだよぉっ。他に案があるならそれでもいいけどなぁっ。ないなら自分の武器を最大限に使わんかマヌケェッ!!」
「――!? は、はいっ!!」
ビクリと体を震わせ、クロネさんが拳を構える。
その構えを見るに、金髪兄貴君の言う通り格闘戦の経験はないみたいだ。
クロネさんは拳をどう構えるべきか自分で試行錯誤していた。
「くくく。何を考えているのかは分からねえが、まだ諦めないとは馬鹿な奴。ここで降参しておけば痛い目に遭わず済んだかもしれないのに。なぁクロネェ!?」
金髪兄貴君が木剣をクロネさんめがけ振り下ろす。
「くっ――」
武器を失い、格闘戦をどうすればいいかも分からないクロネさんは咄嗟に左腕で木剣を受けるようガードを固めた。
無論、金髪兄貴君の振り下ろしは止まらない。
木剣はクロネさんの腕へとぶち当たり、そして――
「――やぁっ!」
「ぐへっ!?」
カウンター気味にクロネさんの右拳が金髪兄貴君の腹部へと直撃した。
効果は抜群なようで、金髪兄貴君はたまらず木剣を取り落とし数歩下がった。
「な――クロネ。お前……お前ぇぇぇっ!!」
「えぇっと……あれ? え? あれ?」
クロネさんに憎悪の眼差しを向ける金髪兄貴君と、自分の腕の調子を確かめるようにぶんぶん振っているクロネさん。
二人ともどうしてこうなったのか、不思議でならないようだ。
俺は、深く深く深いため息を吐きながら二人に告げた。
「いや、あんなに木剣でボッコボコにされて未だに無事でいるクロネさんに武器とか。そもそも無くてもいいだろ……」
「なん……だと?」
「え?」
いや、どうしてそこで揃って『何言ってるんだこいつ』みたいな顔をするんだよ二人とも。兄妹かよ……あっ、そういえば兄妹だったわ。
俺は意外と似た所もある二人にため息交じりに自身の見解を告げる。
「いや……だからね? プロテスで硬度を増したクロネさんの身体は全身武器みたいなもんでしょうが。武器を失ったなら普通に肉弾戦すりゃいい話でしょうよ。俺、何かおかしい事言ってます?」
「なっ――」
「え。えぇ?」
そんな発想すらなかったのか。揃って驚いている金髪兄貴君とクロネさん。
硬いという事は、それだけ当たったら痛いという事だ。
プロテスがかけられて硬度が増したクロネさんの拳。
金髪兄貴君にはさぞ効いたことだろう。
――それと、これは言わなかったが、クロネさんはむしろ武器なしの方が強いと思う。
学んだ剣術とやらも剣に振り回されて姿勢を崩したりと安定していなかったしな。
俺の勝手な推測だが、彼女に剣術を教えた師というのもスタンホープ家の意向に従ったりなんかの理由でクロネさんにまともな剣術修業をつけなかったんじゃないだろうか?
そんなにわか剣術を扱うくらいなら、いっそステゴロで戦った方が良いに決まっている。少なくとも俺はそう思う。
元々センスがあるのか、今のカウンターも綺麗に決まっていたしな。
正直、最初から剣を放り投げて戦えばよかったやんと思ってしまったくらいだ。
「馬鹿な……この俺が……クロネなんぞに……こんな。認められるか。認められる訳が――」
木剣でその身を支え、立っているのがやっとの様子の金髪兄貴君。
そんな金髪兄貴君にクロネさんは――
「――えいッ」
軽い感じのチョップをその脳天へと落とした。
「ぐびゅぎゃぁっ!?」
クロネさんのチョップを脳天に受けた金髪兄貴君は酷い悲鳴を上げながら地面へとめり込む。
そして――
「……勝っちゃいました」
そこには勝者であるクロネさんだけが残った。
自分が勝った。そんな事実が信じられないのだろう。
彼女は呆然と起き上がる様子のない金髪兄貴君を見つめながら、そう呟いていた。
そんな彼女に俺は労いの言葉をかける。
「おめでとうございますクロネさん。これで晴れて自由の身ですね」
「じ……ゆう?」
「はい。だって、お兄さんを倒したら学校やめなくても良くなるんですよね?」
クロネさんが家族と交わしていた
それは彼女が金髪兄貴君よりもハッキリ劣っていると判断された瞬間、学校を辞めさせられるというものだったはずだ。
更に、その後の彼女は家の道具となり果てるというキツメの契約内容。
全く、こんな
反吐が出るね。
だが、彼女はお兄さんである金髪兄貴君を自分の力のみで倒した。
金髪兄貴君より自身が優れていると証明できたわけだ。
つまり、
彼女は大手を振って学校に通える。
まさに自由の身になったという訳である。
いやぁ、本当に良かった。
クロネさんの話を聞いていたせいもあって、彼女にはぜひ勝ってほしかったからな。
それに、彼女はプロテスの魔法の使い手だ。
プロテスは俺のヘイストと同じ補助魔法。
そして、補助魔法はとにかく人気がない。
そんな魔法を使うクロネさんに対し、俺はちょっとした仲間意識が芽生えさせていた。
同じ補助魔法に特化した者同士、これからも仲良くやっていきたい。
そう心から思えるくらい、俺はクロネさんの勝利を自分の事のように喜んでいた。
「――そっか。そう……ですね。クロネは……兄さまに勝ったんですね。勝ったから……自由に。ふぅっ――」
そう言ってその場に倒れこむクロネさん。
――って待てい!?
「クロネさん!?」
俺は倒れこむ彼女へと駆け寄り、その体を支えた。
すると彼女は――
「すぅ……すぅ……すぅ……」
ぐっすりと眠っていらっしゃった。
「あーー。まぁ……無理ないか」
体に溜まりに溜まった疲労。
金髪兄貴君から受けたダメージ。
それらが緊張の糸が切れた事により、一気に押し寄せてきたのだろう。
彼女はまさに電源が落ちたみたいに眠ってしまっていた。
「お疲れ様です。クロネさん」
俺は眠ってしまったクロネさんを背負った。
そうして……俺はそのまま迷宮攻略を続けるのだった。
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