第9話 俺の末路


【比良坂暦side】



 たっちゃんがウサギのキグルミを足止めしている間に、私達は地下を目指す。


『相棒ニ頼マレタ。私ガ、殿ダ』


 追ってくる二体の悪霊を、美奈鳥月代の霊が迎え撃つ。

 私を引きずり込もうとしたのに、たっちゃんを気に入ったのか今ではすっかり護衛役だ。

 エレベーターは使えない。階段を降り、突き当りの扉をマスターキーで開ける。

 鍵を締め直すとたっちゃんが追ってこられない。開けたまま、近くの部屋に逃げ込む。 


「……外はどう?」

『ドコカヘ行ッタ』


 しばらくして月夜に偵察してもらったが、諦めたのか姿を消したようだ。

 なら警戒して地下の探索を進めるべきだろう。


「部長。逝きましょう」

「は、はい。そう、ですね」


 疲労の色が濃い。

 走ったことより精神的な負担が大きいせいだ。それに比べると会田さんはまだ元気が残っているように見える。


「あたしならまだ動けるよ。そりゃ、怖いけど。いざって時は寺島が駆けつけてくれると思うから」


 少し顔色は悪いが会田さんは笑顔を作って見せた。


「てかさ、寺島って昔からあんなトンデモだったの?」

「別にトンデモじゃないよ。毎日毎日鍛錬をして、一歩ずつ強くなってきたの。基本はできることしかやらない人だからね」


 でも、いざという時には命を捨てる無茶をしてしまう人でもある。

 その「いざ」が大抵私のためというのは、嬉しいやら恥ずかしいやら、もう少し自分を大切にしてほしいやら複雑な気分だ。


「ふぅん、そっか。……あー、ごめん比良坂。なんか、見る目ないとか言って。それ、あたしの方だったわ」

「謝るならたっちゃんにお願いね」

「そっちは、まあ、ちゃんと謝るつもり。食事の二回三回は奢るよ」

「好物は鶏肉料理だよ。じゃあ、そのためにもここを脱出しよう」

「おー、怖いけど頑張んよ。……手作りとか、喜んでくれるかな」


 ちょっと最後にこぼした一言が引っかかるけど、今は言い争っている暇はない。

 たっちゃんは必ず追ってくる。私達は脱出のための道筋を見つけないと。


「お、お前らだけで行けよっ。こんなとこ、俺は……」

「先輩。き、気持ちはわかります。でも、ここで別行動は危ないです」

「寺島が、勝手になんかすんだろ。俺はあんな化物じゃねんだよ!」


 だけど文城先輩の心は既に折れ切っていた。部長が説得しても動こうとしない。

 おそらく、この先にあるのは心霊ホテルの根幹だ。さらに怖い目に合うかもしれない。

 偉そうにしていたくせに、とは思わない。私だってたっちゃんがいなければ恐怖で動けなくなっていたかもしれない。

 ただ擁護する気もなかった。私の大切な人をヘタレ呼ばわりしたことは許しません。


「……いいんじゃない。勝手にすれば? だけどさぁ、あたしたち先輩のために戻ってくる気ないよ? 脱出手段見つけても普通に置いていくから」


 会田さんは先輩を冷たく見下している。

 説得というより脅迫に近い。でも、そこまで言われてようやく先輩は動き出した。


「くそっ。なんでこんな……」

「あたしたちが、悪ノリしたからでしょ。その責任くらいとって、ちょっとはあいつの役に立たないと」


 こうして私達は地下の探索を始めた。

 人数の利を活かして周囲を警戒し、注意に注意を重ねて廊下を歩く。

 ボイラー室や倉庫など普通の設備もあったが、一部屋だけプレートの書かれていない、見るからに怪しい場所があった。


「や、やっぱり寺島君を待つべき、かな?」


 びくびくと怯えながら部長が言う。

 それを拒否したのは美奈鳥月夜だった。


『開ケテ。ココニ、アル』

「あるって……なにが?」


 そう私が聞いても答えてくれなかった。ただもう一度『開ケテ』と。

 彼女も悪霊ではある。信じてもいいのか分からない。

 だけど声は真剣で、無碍には出来なかった。


「鍵、開けるよ」

 

 マスターキーを使用する。

 ぎぃ、と錆びついた音を響かせて扉が開く。

 謎の部屋の中には……なにもなかった。

 棚も机も電気設備もない、ただの空き部屋だ。


「暦さん、あれを見てください」 


 違った。奥に、小さな人形が置かれている。

 朱塗りの、子供……男の子を模した木の人形だ。


『アッタ、コレガ…始マリノ……』


 月代は心ここにあらずと言った様子で何事かを呟き続けている。

 あの人形を調べた方がいいのだろうか?

 でも動かすのは少し怖い。あれがホラー現象の原因なら、近付くのも危ないのかもしれない。

 少し迷っていると、背後の扉が乱暴に開けられた。


「っ?! ……た、たっちゃん? よ、よかった無事だったんだね」


 警戒して振り返ると、たっちゃんが戻ってきていた。

 かなり疲労しているのか、俯いたまま。しかもなぜかあのウサギのキグルミが使っていた鉈を持っている。

 大きくて重そうなのに、片手で。


『ア……アァ……ハァ』


 声がくぐもっている。

 たっちゃんが、一歩ずつ、近付いてくる。

 鉈を構えて。


「ね、ねえ。寺島の様子、おかしくない?」

「うん。あれは……」


 不意に、彼が顔を上げた。

 瞳は赤黒く染まっている。

 ああ、そうか。

 私は静かに理解した。

 彼は、このホテルに取り込まれたのだ。


「い、いやああああああああああああああ?!」


 そこで部長が耐えられなくなった。

 部員の中で唯一このホテルに抗えていたたっちゃんが、向こう側に渡ってしまった。

 もう駄目だと、悟ってしまったのだろう。


「嘘でしょ、寺島……」


 その事実に会田さんが気力を失い膝をつき、先輩は恐怖に叫び声を上げながら逃げまどう。

 全員が絶望する中、たっちゃんが歩みを進める。

 鈍い鉈を掲げ、いつでも振るえるように構えている。

 これが、彼は強いからと頼った末路。

 私達は、きっと間違っていた。


「ごめんね……」


 私は、無防備に彼の前に立った。

 こうなった以上、私にできることは一つしかない。


「比良坂、なにやってんの?!」

「暦ちゃん、に、逃げろよ?!」


 心配してくれているみたいだけどもうどうでもいい。

 私はただ、まっすぐにたっちゃんを見る。


「ねえ、たっちゃん。初めは私にしてね」


 このホテルで殺された者は、亡者として留まることになる。

 なら初めは私を殺してほしい、他ならぬ貴方の手で。

 そうすればこれからも一緒にいられる。

 共に生き、共に死ぬ。どちらも敵わないなら、化物としてでも寄り添いたい。

 

「大好きだよ。これからも、いっしょにいよう?」


 ちょっと伝えるのが遅くなってしまった。

 でもいいや。私は、あなたといたい。どんな形であっても、あなたの隣でなら笑顔でいられる。


『ハァ……アア、アハァ』


 だから、私は穏やかな心で待つ。

 そして彼は───


『だっしゃおらぁああああ!」


 ───普通に私の横を通り過ぎ、赤い人形のもとに辿り着くと、全力で鉈を振り下ろした。


 ぱきん、と木製の人形が簡単に壊れる。

 いったいなにが起こったのか、頭がついていかない。

 たっちゃんは満足そうに一度伸びをすると、勢いよく振り返った。


「待たせたな、ヨミ。これで、全部終わりだ」

 

 瞳が普通の色に戻っている。

 いつも通りのたっちゃんが、清々しい笑顔を浮かべていた。




 ◆




 座敷童の話である。

 座敷童は幸福を呼ぶ存在とされるが、実は柳田國男の遠野物語において、座敷童が発見された説話の殆どでは不幸になった家の話しか出てこない。

 論説としては、「座敷童が出ていった家は没落する」ではある。

 が、実際のところ座敷童は見えてしまった時点で不幸になるのが確定する、口裂け女など遭遇すると逃れられない災いが起こる類の怪異に近いのだ。


 また、民俗学者の南方熊楠は座敷童の由来を「人柱として家の土台に男女を埋め、その霊を家の主とする風習」に求めている。

 幸福をもたらすという話とは裏腹に、座敷童は家に縛られた悪霊、地縛霊に非常に近しい性質を持っていると言えるだろう。


「だから、まあ。ホテル『バークレイ』の当時の経営者は、座敷童が作りたかったんだ。売れないホテルをどうにかしようと、幸運を呼ぶ悪霊を自分の手で生み出そうと考えた。その起点があの赤い男の子の人形。そして埋められた人柱こそが、美奈鳥月代ってわけだ」


 あの後、俺達映研はどうにかホテルから脱出できた。

 河野副部長と二人の部員は行方不明ということになっている。ホテルの呪いが解かれたのに戻ってこないところを見るに、つまりそう言うことなのだろう。 

 で、俺とヨミは学校の中庭でのんびりお昼ご飯。

 語るのは、あのホテルの真実の一端だ。


「あの人形があった空き部屋は、座敷童を閉じ込めるための牢だった。本当はそこに月代の死体を放り込んで、幸せを呼ぶ悪霊にするつもりだったんだろう。そうすれば、ホテルの経営が上手くいくなんて馬鹿なことを考えた」

「じゃあ、あのウサギのキグルミは」

「もともとは経営者の扮装だよ。姿を隠して月代をぶっ殺すためのね」


 スケッチブックの件は単なる騙りだったのか、悪霊に何らかの影響を与えたのかは分からない。

 でも重要なのは、経営者は自分の意思で実の娘を殺したという一点だ。


「でも失敗した。月代を殺したまではいいが、あの赤い人形。人柱という形を演出するためだけに置かれた古い人形には、本当に家にとりつく地縛霊が宿っていた」


 だから人形を起点に、美奈鳥月代という生贄を得た結果、ホテル自体が怖い場所になってしまった。

 経営者も悪霊の祟りか、命を落とした。

 殺した父親も、殺された娘も、どちらも逃げ出せず。

 長い長い年月の果てに、呪われた牢を形作った。

 当初の目的通り、「お客さんを呼び、そこに留める」ことだけを繰り返す、人食いホテルとして。


「うぅん、まさにホテル『ジ・バークレイ』……」

「じゃああの時、たっちゃんが変だったのは?」

「あぁ、鉈を握ったらさ、ウサギのキグルミの……月代の父親の残留思念、なのかな。そういうのが何となく察せちゃって。ぶっちゃけ経営者には思うところもあるけどさ、終わらせなきゃいけないだろ」


 別に憑依とかじゃない。強いて言うなら同情だろうか。

 父親は、徘徊する殺人鬼になったことを後悔していた。

 こんなはずじゃなかった。ただ、このホテルが素晴らしいことを多くの人に知ってもらいたかっただけ。

 けれど自分が半生をかけたホテルは単なる心霊スポットに成り下がった

 ずっと、終わらせたいと願っていたのだ。


「だけど、嘆いたのは最後までホテルの失敗だけ。月代を殺したことは、一切気にしていなかった。本当は、あの経営者は生きてるうちから妄執に囚われた亡者ではあったんだろうな」

「そっか。悲しいね……」


 一番の被害者は、そんなもんに付き合わされた月代だ。

 彼女は引きこもりだったが、命を奪われるほど悪い子ではなかった。

 なのに実の父親に殺され、悪霊となってホテルに縛られていた。

 

「ま、これが結末。河野副部長のこともあるし、めでたしめでたしでは終われないよな」

「そう、だね。はい、卵焼き、あーん」

「あーん。やっぱ、ヨミの甘い卵最高」


 結局三人もの人間が行方知れずとなった。

 久地部長は「私がこんな企画却下していれば……」と後悔している。

 動画配信も文化祭の映画も現状は中止となった。映研は、活動停止状態である。

 

文城先輩は退部した。

 やっぱり怖い思いをし過ぎたんだろう。あのホテルでの惨劇を思い出すのか、俺を見ると「許してくださいぃィぃ?!」と逃げてしまう。

 代わりにヨミを狙うこともなくなったみたいだから、そういう意味では有難いが。

 

 会田は部に来たり来なかったり。表面上はもう平気みたいだが、ホラー関係の単語には過敏になってしまった。

 そして、あの心霊ホテルから生還した俺はというと。


『ネエネエ。私ニモ卵焼キ、オ供エシテ』


 今現在も悪霊に取り憑かれておりまする。


「…………なんでだよ。俺頑張ったじゃん。ヨミのために皆のためにすっごい頑張ったのに、なんで俺だけ悪霊に取り憑かれるんだよ。というかあの流れ、人形が壊れたことで縛るものが無くなった月代も成仏する流れじゃないの?」

「まあ、頑張ったからむしろ、という気はしないでもないけどね」

『相棒、ツレナイネ。私達ノ、コンビプレイ、スゴカッタデショ?』


 ふふん、と勝ち誇る幽霊系女子。

 確かに結構ハマってたのが嬉し悔しい。


「なあ、月代。成仏する予定ないの?」

『今マデ、ズット一人ダッタ。コレカラハ、色々楽シイコトシタイネ』

「なにこの幽霊前向きぃ……」

『代ワリニ、マタ何カアッタ時ハ、協力スルヨ?』

「こんなヤバイことそうそうあってたまるか」


 なんか懐かれた。

 まあ引きこもりで、父親に殺されて。ずっと一人ぼっちだったんだ。

 俺らくらいしか友達いなかったんだろうなぁ。……やばい、俺普通に友達カウントしてしまっている。


「それよりたっちゃん、もしかして今、月代さんと同棲?」

『マアネ。相棒ノ部屋ガ私ノ住処ダ』

「俺さ、幽霊のいる部屋を同棲と見做すのはムリがありすぎると思うんだ」


 なんで、ぐぬぬしてるのヨミちゃん?

 と、そこで中庭にものすごい勢いで飛び込んでくる女の子。

 なんちゃってギャルの会田華夜が、息を切らして俺達の元まで走ってきた。


「助けてくださいっ!」


 そしてそのままスライディング土下座。

 おっかしーな、この子こんなにファンキーだったかな。


「いや、とりあえず初手土下座止めてもらえる?」

「うん、あの、あのね? 寺島に、お願いがあるの」


 顔を上げてもらえたけど、まだ正座はしたままなので見上げる形になっている。

 会田は普通にかわいい女の子だから、上目遣いにちょっとドキッとしてしまった。


「どうしたんだよ? 話くらいなら聞くけどさ」

「ありがとう! ほんと、寺島っていい奴だよね!」


 きゅっ、と両手を掴まれる。

 手も柔らかいし距離近いし、この子わざとなの? 無意識なの? 

 どっちにしても思春期少年の心を弄ばれてる。


「実はさ、私の友達にコンビニバイトしてる子がいるんだ。中学の友達だから、ちょっと大人しめの女の子。でね、そこのコンビニ辞める人が多くて、深夜シフトに入ることになったんだ」

「へえ、女の子でも深夜勤務ってあるんだ」

「まあ、今は人手が足りない時代だしね。でさ、私も深夜誘われたの……さ、誘われたっていうか、一緒にいて? みたいな? そんな感じで、あたしも一日入ったんだよね」


 仕事をしたというか、暇だから一晩いてよーみたいな感じだろうか。

 意外と付き合いいいな。もしや百合の花咲く例のアレみたいな関係?

 そんなことを考えていると、何故だが会田は顔を青くして震え出した。


「でさぁ、そのコンビニ。深夜働いてると、なんか勝手に自動ドアが開いたり、変な物音がしたり、誰もいないのに商品が棚から落ちたりするの。それでね、事務所の監視カメラ見てたら……く、黒い人影が」

「さて、昼飯も食べ終わったし教室に戻ろうか」


 俺は早々に逃げることにした。

 が、会田は俺の腰にしがみ付く。


「お願い寺島?! ゼッタイあそこなんかいるの! でもバイトってすぐ辞められるわけじゃないし、あの子が退職するまででいいから護衛的なサムシングを!」 

「やだよ! そもそも忘れられてるけど俺はホラー苦手だからね?!」

「あ、あたしも一緒にいるから! ほんと、辞めるまでの数回だけだから! コンビニの裏になんかお札メッチャ張られた場所あるけどそこには近付かなくていいから!」

「もう絶対なんか起こるやつですよねそれ?!」


 なんでわざわざ怖い目に遭いに行かなきゃならんのか。

 ここはなにがあっても拒否せねば。


「あ、あたしのカラダ好きにしても良いよ?! 大切な友達なの! お願いしますぅぅ!」

「そ、そーゆう頼み方ずるくない?!」


 友情とか見せて良心に訴えてくるのは反則だと思う。

 前半の方に心惹かれたわけじゃないよ、本当だよ。


「会田さん、ちょっと話があるんだけど」

『ヘイ、相棒。私ノ出番カ?』


 なぜか戦闘態勢なヨミと月代。意地でも俺から離れようとしない会田。

 もう滅茶苦茶だった。


「ほんとやだ、怖いのヤダ!」

「諦めないぃ、あの子とお別れなんて、絶対イヤァァァ!」

 

 会田は諦める気が一切ない。

 しかも自分の身の安全ではなく、友達を心配してだ。

 俺はそういうのには弱い。

 だから、ホラーな屋敷に閉じ込められたので化物に古流武術で対抗する俺の末路は。

 多分怖い怖いと言いながら、また首を突っ込む羽目になるのだろうな、ということは簡単に想像がついた。



<おしまい>



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ホラーな屋敷に閉じ込められたので古流武術で対抗する俺の末路 西基央 @hide0026

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