第8話 決着


 ウサギのキグルミと正対し、俺は呼吸を整える。

 最初は遭遇戦。お互いに全力とは程遠かったはずだ。

 だからこれが本当の勝負。初手から全力で行く。


「ふぅぅぅぅぅ……」


 溜気勁。

 丹田に力を溜めてまずは一撃、懐へ深く踏み込み掌打。

 少しは揺らいだが、反撃の鉈がすぐに飛んでくる。 

 このキグルミは膂力こそとんでもないが体術に優れている訳ではなく、動きも決して速くない。 

 だが体格が良く毛皮も厚く、そもそも人間でないせいかダメージが通りにくい。

 であれば決め手になるのは極めて威力の高い一手、つまり流氣発勁に勝負をかけるしかない。


『アハァ、ハハハハァ☆』


 脳天目掛けて振り下ろされる鉈。

 右斜め前に進みそれを躱し、体を回すとともに上段の薙ぎ蹴り。一応きれいに入ったが、倒すまではいかない。

 張り付く蝿を鬱陶しく思ったのか、ウサギは鉈を水平に振るう。

 俺は蹴り足をすぐにおろし、鉈を足場にして、ぐっと高く跳んだ。


「だらぁ!」


 顔面目掛けて踏み蹴りを放つ。さすがに効いたようで、一歩二歩と退いた。

 が、飛びあがったのがまずかった。

 すぐに態勢を整えたキグルミが、俺が地面に降りるより早く鉈が襲い掛かってくる。 


『ッシャオラァ!』


 しかし俺の体に絡み付いた長い髪の毛が、無理矢理後方へ俺を移動させる。

 まんまと鉈の間合いから逃げた俺は、悠々と地面に戻って構え直した。


「ないす、月代」

『アタボウヨ、相棒』


 相棒とかチームプレイが気に入ったようで、イイ感じに俺をアシストしてくれた。


「ちなみに、生首蜘蛛みたいに拘束は出来ない?」

『ヤッタラ多分、相棒ガヤッタミタイニ、ブン回サレル。アッチノ方ガ、強イ』

「そっか」


 そこまでうまくはいかないか。

 残念だが、それなら奴の打倒に専心する。

 鉈をやり過ごし掌底、からの胴回し蹴り。人間が相手なら五回か六回は死ぬレベルで決まっているのに相手は動じない。


 キグルミもやられるままではない。鉈が何度も空気を裂く。

 あのパワーは防げない。たとえ白刃取りをしても押し切られるだろう。ひたすらその軌道から外れるよう動き回るしかなかった。

 しかしこれでは発勁を打つ隙が得られない。

 おそらく体力では俺の方が不利。疲れで動きが鈍る前に、なにか打開策を講じなければ。


「はっ」


 短い呼気と共に、振り下ろされる鉈の柄頭を溜気勁からの掌底で迎え撃つ。

 1.弾いて、2.懐に潜り、3.腰を落とし。

 その時にはもうウサギのキグルミの反撃が来る。


(あと、二手が足りない……!)


4.腕を引きながら気を巡らせ、5.打ち込むと同時に気を開放。

 何度やってもそこまで辿り着けない。

 しかしカウンターを狙おうにも、見てから対応するにはキグルミの鉈が早すぎる。

  

「きゃあああああああ?!」

「ヨミっ?!」


 最悪だ。

 ウサギのキグルミに時間をかけすぎた。

 距離を取っていたヨミたちの方にも、得体のしれない悪霊どもが二体も現れてしまった。

 ……悪霊の容姿はどこかで見たような気がする。たぶん勘違いだと思い込むことにした。


「……たっちゃん。私達、先に地下へ向かう。この化物たちが追いかけられる程度の速度で」

 

 それは逃げる以上に、俺に弱みを作らないための選択だ。

 ヨミは一自分たちの悲鳴が俺の集中を乱すと、それよりは危険でも前に進むべきだと判断した。

 部長たちもそれに倣い、殿には月代が付いた。


『私ガ、付イテク』

「ああ。頼んだぞ、相棒。……みんな守ってやってくれ」

『ウヒヒ、モチロン。誰カニ、頼ラレルッテ、トッテモ嬉シイネ』


 結局、月代は寂しかっただけなのだろう。

 俺達と話す彼女は死霊なのに生き生きしている。

 ヨミたちが地下を目指し、二体の悪霊がそれを追う。心配だが俺も余裕がある訳じゃない。


『アハ…ァアハア……アア☆』

「っ?! くそっ!」


 他に意識が逸れた隙を狙い、キグルミが一気に間合いを侵す。

 肩の始動で鉈の軌道を予測し、避けるというよりも床を転がる。無様な逃げ方でやり過ごしたが攻め手は止まらない。

 キグルミは叩きつけるように鉈を振り下ろした。


 だが、それも予測済みだ。


片手を地面に付き力を籠める。

逆立ちのような形で、下から真っ直ぐ突き上げるように奴の顔面を蹴る。

“簾打ち”と呼ばれる、桧木流の蹴り技だ。

 そのまま立ち上がり、反撃が来るより先に相手の横へ回り込み、側頭部に掌底を打ち込む。

 ダメージは蓄積していると信じたいが、キグルミの動きは一切鈍らなかった。


(このままじゃ勝てない。あれを倒すには、ちょっとヤバい橋を渡らないといけないな)


 距離をとった俺は、極限まで気を練る。

 体が熱い。だが俺の溜気勁では視力や反射神経までは高めてくれない。できるのはせいぜい筋力の向上、瞬発力の強化、後は硬気功の真似事くらいか。

それでもあの鉈をカラダで受けられるほど硬くはならない。


「無理無茶無謀は承知の上。だけどこのままじゃヨミたちが危ない」


 肉の性能はあちらが上。

 俺の強みは技術と読み。

 どうせこのままなら、いずれは劣勢に陥り殺される。

 なら、確実にここで仕留める。

 

『オ前ノ、人トシテノ時ハ、ココデ、終ワル』


 俺の決意を感じ取ったのか、初めてウサギのキグルミが喋った。

 しかし死の宣告を受け取るつもりはない。


「いいや、終わるのはお前だ」


 それで会話はなくなった。

 ウサギのキグルミが突進してくる。

 やはり、遅い。だけど鉈だけが嫌になるくらいの速さで繰り出される。

 見るのは肩。肩の始動と腕のしなりから、鉈の軌道を予測する。

 俺がこれまでやってきたのは回避ではなく、“初めから当たらない位置に逃げておく”こと。

 だがここからは違う。


 まずは選別。

 暴れ狂うキグルミの攻撃を、間合いを維持しながらやり過ごす。

 鉄の鉈が近くを通り過ぎるたびに肝が冷える。ただ、一撃一撃が必殺なだけに連撃はない。

 なら、付け入る隙はある。


 狙うのは継ぎ目だ。

 鉈による袈裟懸け、腕が伸び切る。戻す……それに合わせて一気に踏み込み、水月に掌打を決める。

 

 これで弾く動作と腰を落とす、二つの動作を簡略した。

 あとは気を練り、次の一撃が来る前に。


 けれど目論見が外れた。


 ここで初めてキグルミが別の行動パターンを見せたのだ。

 鉈を持っていない左腕でのパンチ。腰が入っていないのに、防いでなお俺の体が吹き飛ぶ。

 

「うがあ?!」


受けた右腕が軋む。

 俺は空中で無理矢理体を回し、壁に足で着地することで激突を避けた。


『ア、ハァハハッ☆』

 

 迫りくるウサギのキグルミ。

 ヤツもまた、ここで俺を確実に仕留める気だ。

 この体勢では避けるも防ぐも不可能。死の宣告が、現実になろうとしている。


「足は、地面をしっかり噛んでいる……」


 だが、まだ詰んではいない。

 壁とは言え足の踏ん張りがきく。気は練り終えて、体をかがめて腕も引かれている。

 ほとんどが偶然の産物だとしても。



 ───足りなかった二手がここで追いついた。




「あああああああ!」


 俺は咆哮とともに壁を蹴る。

 もう軌道を読むだの駆け引きだのしている暇はない。

 勝負は単純。ヤツが鉈を振るうより早くぶち当てるだけだ。


 一瞬、ウサギのキグルミの目に光が宿った気がした。


 それが何を意味するのかは分からない。

 確認する術も失われた。

 突き出した俺の一撃は、懐深く、人間でいう心臓にあたる場所に突き刺さった。


「俺の、勝ちだ」


 桧木流古武術奥伝・流氣発勁。

 放たれた気が化物の内側を破壊する。

 心霊ホテルを徘徊する殺戮の怪人が大の字になって倒れた。

 そこでようやく、ヤツは鉈を手放した。


『ア…ハァ……』


 全力で発勁を打ち込んだのに、まだ生きている。

 俺は鉈を拾い上げた。

 メチャクチャ重い。こんなの片手で扱ってたのかよ。

 

「悪い。武術に携わる者としてはどうかと思うが…トドメを、刺させてもらう」


 俺は鉈を両手で──ザザ……──高々と掲げ、ウサギの頭部目掛けて全力で振り下ろす。

 ざしゅぅ、と肉を裂く音。

 ああ、心地よい手応えじゃないか。

 やはりキグルミなどではなかったようだ。

 ザザ……毛皮が破れるとそこから血が噴き出し、頭部をザザ潰されたウサギは少しの間もがいた後、動かなくなった。

 決着。

 綱渡りのような攻防だったが、どうにか勝ちを拾えたようだった。



 静かな廊下で俺は一人立ち尽くす。

 もう、ヨミたちや他の悪霊の姿も見えない。

 空気が変わったのだろうか。今まで感じておどろおどろしい感覚が、きれいさっぱり無くなっていた。


「声、が……」


 気付くと廊下に聞こえていた亡者の声が無くなっていた。

 キグルミを殺したことで何か変化があったのかもしれない。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「早く、ヨミ達を、追いカけないと……」


 俺は疲れた体を引きずり、鉈を持ったまま地下へ行った皆を追う。


「安心、しろ。すグに、追いツク』


 ヨミが待ってるから。

 早く、行かなければ………。


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