第2話 現場



 アリサは途方に暮れていた。目の前に勇者の死体。手にはミルクポットとカップが乗ったトレー。よく落とさなかったもんだと自分を誉めてみたり、この後の予定はどうだったかしらと現実逃避してみても目の前の状況は変わることが無かった。


 アリサがミルクを届けに来た時入口のドアは開けっ放しだった。入口から呼んでもココも勇者も姿を現さないどころか返事さえ無かった。

 入口を閉め忘れて出かけてしまったのかしらと思ったものの、念の為一歩中に入ってもう一度呼んでみた。

 相変わらず返事は無かったが、勇者の寝室のドアが開いているのが見えた。普通はベッドメーキングの時間以外勝手に入る事は無いのだけど、何故か確かめなければいけないと思い部屋に踏み込んだのだった。


 不思議と死体がそこにあるという感覚が無かった。ベッドに人形が転がっている。その人形は壊れている。そんな感じだった。端正な顔立ちと何の感情も表していない表情がそう思わせたのかも知れない。


 アリサが途方に暮れていたのは、死体を見て動揺したからでは無かった。死体など見慣れている。彼女が呆けてしまったのは、ある事件の真相に繋がる糸が途切れてしまったからだった。

 アリサは真実を知る為に勇者と接点を持とうとこのホテルで仕事をしていた。なんせ勇者がこの国に来た時に必ず泊まる勇者専用のスイートルームがあるのだから。

 それなのに、目的を達する前に勇者は亡くなってしまった


 いつまでもこうして居られない。気を取り直したアリサは勇者をじっくり見つめた。そのアリサの眼は不思議な光を放っていた。

「そういう事か。」

 独り言を呟いた後、彼女は大きく息を吸い込んで叫んだのだった。


「きゃーーー。勇者様が死んでるーーー。誰か誰か来てーーー。」







 ゴローが現場に駆けつけたのは現場保全の部隊が到着するのとほとんど同時だった。手慣れた現場主任が部下達に指示を飛ばしている中、ゴローは問題の勇者の寝室に入った。

 部屋の中は生活感も感じさせないくらいキチンとしていた。死体と血が無ければ事件現場とは思えない。

 普通なら病死か自殺だろうと見当をつける所だが他殺の可能性を考えてしまうのは、心臓のあるべき所が空洞になっていたからだった。


 勇者を殺せる者が果たして居るのだろうか。物理耐性、魔術耐性、毒耐性etcあらゆる耐性を持つ勇者。多人数で飽和攻撃をかけるくらいしか方法が思い浮かばない。でもそんな跡は見当たらないし、ホテルの誰にも気づかれず大規模攻撃を加えることなんて無理だ。優秀なアサシンならどうだ。気づかれない程度の毒を長期間に渡り与え続けて弱った所をぶすりと刺す。もしくは魔道具だったらどうだ。などと考えていると、部屋の外が騒がしくなってきた。


 何事かと思って部屋の外に出ると、見上げるような巨体の神官服の男が立っていた。


「わたくしは、シャイナー教団渉外担当を務めております、ガリウスと申します。本日は教皇の命により、勇者を引き取りに参りました。」


 厳つい見た目とは程遠い丁寧な物言いだった。しかしその目には柔和さのかけらも見出せなかった。


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