第三話



 それから時は流れ・・・。あの森での出来事の後、竜虎りゅうこは真面目に修練に励むようになる。


 兄の虎宇こうよりも一年早く、十二歳にして霊剣を生み出し、その才能を開花させた。


 一族の直系だけが持つ特殊な能力が備わっていることも解り、努力が実を結んだのだった。


 その頃の竜虎りゅうこは反抗期で、母や兄の無明むみょうに対する扱いに納得がいかなかった。


 あの件の無明むみょうへの疑いは晴れたが、それに関して謝ることもなく、自業自得だと言った。日頃の行いが悪いからだと。


 けれども無明むみょうが日頃やっていることなど、歌を歌ったり踊ったり笛を吹いていることくらいで、誰も傷付けていないし悪いことをしているわけでもない。


 ある日、どちらの親にも内緒でこっそり邸を抜けた竜虎りゅうこ無明むみょうは、秘密基地にしている小屋でいつものように他愛のない話をしていた。


 そんな中、無明むみょうがくいくいと竜虎りゅうこの袖を引いた。


竜虎りゅうこ、俺と一緒に妖退治しない?」

「腕試しってことか?」


 竜虎りゅうこは修練は毎日欠かさずやっているが、実践はまだ積んでいなかった。


 なにかあってはいけないと、十五歳になるまではだめだと言われている。


「というか、人助けかな。術士たちが請け負わないような簡単な怪異や、逆に厄介事を俺たちが片付ける感じかな」


「けど、どうやって情報を集めるんだ?俺たちは邸の敷地内以外は父上に許可を取らないと行けないだろう?まさか抜け出すのか?」


「抜け出すのは正解!情報集めは、・・・そうだな噂を流す」


 無明むみょうはへへっと口元を緩め、仮面の奥で笑みを浮かべている。


 こういう時の無明むみょうは悪知恵が働くので、ある意味頼もしい限りだ。


 黒い衣の袖を捲って、そこらへんに落ちている適当な大きさの木の板を手に取った。


「なにをしている?」


 その木の板に小屋に置いてあった小刀でなにやら文字を掘り出した。


 そうやって文字を掘っている中、竜虎りゅうこはじっとその文字たちを見つめる。


「下手くそだな」

「うるさいぞ、竜虎りゅうこ


 乱雑な文字は小刀で掘られているため、ものすごく下手だった。


「なになに・・・どんな些細な怪異でも無償で解決します。お困りの方は文にて依頼されるべし?」


「これを都の近くの森の入り口にある祠の裏に置いておく。で、都で噂を流すんだ。祠に頼みの文を置いておくと怪異を解決してくれるらしいって」


 完成した手製の看板を突き出し、無明むみょうは得意げに掲げた。


「けど、俺たちでは解決できないような強い妖者や怪異はどうする?放っておくのか?そんなわけないよな、」


「もちろん。それは正規の依頼として先輩術士たちに譲るのが道理だろ。竜虎りゅうこが届ければいい」


 俺は本家には入れないからな、と笑って無明むみょうは言うが、そもそも同じ公子なのにどうして入れないのか。


 白い衣ではなく従者の衣を纏わせるのか。全部母である姜燈きょうひが命じたことらしい。


 修練を受けさせないのも、他の一族の集まりに参加させないのも。


「なあ、無明むみょう。お前は、このままでいいのか?母上や兄上はどんどん嫌がらせに拍車がかかってきているようだし、父上に言って解決してもらうのは?」


「ん?別にいいよ。面白いから」


「はあ!?どこが面白いんだ!藍歌らんか夫人だって気が滅入るだろう?」


 あんな小さな邸にふたりで閉じこもり、ほとんど外に出ることも許されず、なにかある事に嫌がらせをされる。


 時間を間違って知らせたり、祭事の際に纏う夫人の分の衣を相応しくない色を用意したり、膳がひとつ足りなかったり。


「母上はああいう性格だから、俺の心配はしても自分の事には無頓着だし。俺は虎宇こうが真っ赤な顔して怒る顔を見るのが楽しみで仕方がないし、姜燈きょうひ夫人がイライラしながら俺のれ者っぷりを褒めてくれるのが嬉しい」


「お前ってやつは・・・」


 なんて奴だと言いかけて止める。強がりとか出まかせではなく、本気で言っているのだ。だからこそ、竜虎りゅうこは思う。


 自分だけは無明むみょうの味方であろう。義兄であり友であろう、と。


「とにかく、お前は俺が守るから、なにかあったら言うんだぞ」


「なんだよ、ふた月しか生まれた日が違わないのに、兄さん気取りか。竜虎りゅうこは俺が守るから安心していいよ」


「話を聞いていたか?俺が守るんだ」

「いや、俺の方が強いから俺が守るよ」


 にっと笑って無明むみょうが言う。物理的には俺の方が強い、と竜虎りゅうこは頬を膨らませた。


 埒が明かない。


「じゃあこうしよう。俺が危ない時はお前が、お前が危ない時は俺が守る。これでいいだろう?」


「俺が危なくなる時はないけどなっ」

「俺もだ」


 ふたりは顔を見合わせて笑った。


 それから、妖退治の依頼をこなすようになり、ますます無明むみょうとの仲が深まった。


 そして実践を積み、少しずつ実力を付けていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る