第四話



 さらに三年後。十五歳。


 竜虎りゅうこ無明むみょうはふたり並んで丘の上の老木を見上げていた。


 今年も真白い花びらが丘を彩り、晴天の空に雪のように舞い上がった。


「もしかすると、来年は来られないかもしれないから、少しだけ霊力を分けておいたよ。何年かは咲き続けられると思う」


 毎年捧げている舞と、仮面の制御がなくなった状態での霊力を吹き込んだ笛の音で、老木はなんだか生き生きとしているようにさえ思える。


 また無明むみょうに先を越されたが、竜虎りゅうこはそれ以上に喜ばしく思えていた。


 覆っていた仮面は割れてなくなり、本来の姿で横に立っている無明むみょうは、以前と何ら変わらずへらへらと笑っている。


 違うとすればそこに翡翠の瞳があり、ちゃんと表情が解るということ。


「じゃあ、行ってくるね、桜花おうか


 老木を見上げて無明むみょうは名を呼ぶ。


 竜虎りゅうこには何年経ってもその姿は見えなかった。

 

 やはり妄想なのかと思えてならないが、確かに無明むみょうの眼には見えていて、そこに存在している桜の化身に別れの挨拶をしていた。


「桜の化身はなんて?」


「四神のご加護がありますように、だって。なんでこの地の聖獣である黄竜おうりゅうじゃなくて四神の加護なんだろ?」


「俺が知るわけ無いだろう」


 首を傾げる無明むみょうに対して竜虎りゅうこを肩を竦めた。歩きながらふたりはもう一度老木を振り返る。


「お前の見ている景色は、俺たちとはどこか違うのかもな」


「わかんない。でも、共有できないのはつまんないよ」


 霊や妖は見えるのに、桜の化身の姿はまったく見えない。たぶんそれは無明むみょうにだけ見えるセカイで、特別なものなのだろう。


「白髪だけど、十歳くらいの可愛らしい女の子の姿で、頭に桜の花飾りをしてるんだ。でも何百年も生きてるからおばあちゃんなんだよ」


 と、昔話してくれたことを思い出す。その時はあまり信じていなかったが、今は理解できる。


「急ごう。白群びゃくぐんの人たちが待ちくたびれてるかも」


「なんだかわくわくしてきたよ」


「馬鹿。遊びに行くわけじゃないんだからな?」


 わかってるよ、と弾んだ声で駆け出した無明むみょうが笑う。はあと嘆息して、竜虎りゅうこは同じように走って横に並んだ。


 ふたりを送り出すように、桜の花びらたちがふわりと透き通るような青い空に舞い上がる。



 奉納祭の件の後、ふたりは紅鏡こうきょうを出て、碧水へきすいへ。新たな地で新たな物語を紡いでいく。


 その志は変わらず、ふたりの道は続いて行くのだった。

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