第6話 見込みはあるの?

さっきから笑いっぱなしの橘。


舞はもう引っ込みが付かなくて、でも、やっぱり冷静になったら恥ずかしくって


「さっきのアレ忘れてください!」


と必死にお願いしたというのに。


「・・・それは無理」


返って来たのはあっさりした拒絶だった。


彼の社内の女の子たちには、興味津津な顔でまじまじと見つめられて、しかもその上。


「お邪魔しましたー!!」


なんて言って見送られる始末。


間違いなく自分で捲いた種とは言え、穴があったら入りたい。


だってホントに勢いだけだったのだ。


恋心は時々暴走して、制御不能になるから困る。


彼は職場も違うしお互いの仕事場の様子は分からない。


部署に、同性が多い舞とは違って彼の職場はきっと事務担当の女の子も沢山いるはずだしと思ったら居てもたってもいられなかったのだ。


・・って言うか、それ以前に、私、こんなに積極的だったっけ?


これまでの人生を振り返っても、男の人と腕組んでデート宣言したことなんて・・・ない!!!


まさにあるまじき展開である。


さっきから一向に納まってくれない頬の赤み。


ちょっと冷めたと思ったらまたすぐ思い出してぶり返す。


まるでいつまでも風邪のようだ。


馬鹿みたいって思うけど・・・からかわれてるんだから、サラって流せば良かったんだけど・・大人なんだし・・もっと余裕持ってって・・分かってるけど!!


それが出来たら苦労なんてしていないし、うじうじ片思いも続けていない。


焼酎を飲みつつ終始楽しそうな橘を睨みつけて舞は、これ見よがしにカクテルを飲み干した。


こうなったら、シラフでなんかいられない。


「・・・なんで笑うのっ」


思いきって訊いてみた。


赤くなって狼狽えて、恥ずかしくて黙り込む舞を楽しそうに見つめる橘には、随分と余裕がある。


「なんでって・・・嬉しいから?」


「・・・なにが・・ですか?」


まるで誘導尋問みたいだ。


このまま流されちゃマズイ気もするのに、自然と次の言葉が出てきてしまう。


一気飲みしたカクテルが回り始めたようだ。


「あんなに力いっぱい肯定して貰えると思わなかったから・・・ただの食事じゃなくて、デートって思っていいんだなぁと」


「だ・・だって・・・デートでしょ!?」


「うん。そうだよ」


至極楽しそうに眼を細めて笑って、橘が頷く。


「・・あ・・・あの・・さっきの人たちって後輩の・・・ひととか?」


「うちの会社の事務の女の子だよ。俺が舞ちゃんに連絡するのを偶然聞いてたらしいな」


「ぐ・・・偶然なワケ無いでしょ!!あの人たち橘さんのこと好きなんですよっ」


ニブイにもほどがある。


多かれ少なかれ興味があったから声をかけてきたのだ。


ただの興味だったとしても・・ヤキモチ妬くけど。


「そんなことないって。考え過ぎだし、あの場所にも偶然居合わせたんだって。本人たちも言ってただろ?」


「でも・・っ」


なおも食い下がる舞の方を見て、呆れ顔で彼が切りだした。


「それより・・・別のこと訊きたいなぁ。うちの会社の子のコトは、どうでもいいから」


「・・・・どうでも良くないけど・・・なんですか?」


何となく姿勢を正してみたり。


別に緊張したわけじゃないけど・・・


いつもの穏やかな口調で彼が問いかけてくる。


「ちょっとは、見込みあると思っていい?」


「・・・え?」


「見込みって・・・」


これまで何度かデート(言いきっちゃう)したけれど、それっぽい話になったことは一度も無かった。


好きだと思ったけど、なかなか切り出せなくて・・・


やっぱり振られるのは怖いと思ったら自分から動く勇気は無かったのだ。


「ここで押し切るのもなぁと思って・・・俺としては、そろそろお友達は終わりかなと思ってるんだけど。付き合おうって言ったらどーする?」


「・・・どーするとか・・・そんなの・・・決まってるし」


そうじゃなきゃ、あんな大胆なことできない。


生まれてこのかた、したことも無いくらいのベタなアプローチ。


これまでの自分なら絶対にあり得ない。


っていうか、たぶん、二度としないと思う・・・


「俺のことどう思ってる?」


視線を合わせて問いかけられて、舞は慌てて両手で握った空のグラスに視線を移す。


「私が・・・言うんですか?・・っていうか・・答え知ってるでしょ」


これで“分かんないよ”とか言われたら間違いなく泣いてやる。


必死に言い返したら、彼がこちらを覗き込むみたいにして決定打の一言を呟いた。


「知ってるけど、言わせたい」


「な・・なんでそんな・・急に強気ですか?」


「さっき、ドキッとさせられたからかな?舞ちゃんがあーいうこと人前で出来るタイプだと思わなかったから」


「初めてです!」


大慌てで訂正したら、彼が小さく笑う。


「・・・・だと思った・・・・最初に会った時から、好きだよ。付き合おう?」


グラスを握っていた手は、いつの間にか彼の指に絡め取られていた。


それすら気付かない位、頭が回って無かった。


「・・・絶対・・・私の方が最初っから好きでしたっ」


思いきり言い切ったら、橘が目を丸くして言う。


「・・・そうなの?」


「だって・・・結婚するって思ったもん」


トップシークレットを暴露してしまった舞を前に、彼が取った行動は・・・


「うん・・・俺もそうなればいいなと思ったよ」


そう言って、舞の手を握りしめた。

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