第5話 理由ならあるよ

時間が合えば、待ち合わせして御夕飯。


月に2回のデートもどき・・?


これって・・・いわゆる友達以上恋人未満・・?


胸の中のもやもやは、”これから”を訊けない舞の心の憂鬱だ。


踏みだすのは怖い。


このままは不安。


だけど・・・確かめるのはもっと・・・




☆★☆★




やっと電話することにも慣れて(ただしくは、電話で相手の声を聞くことに慣れて)携帯握り締めて眠るのが日課になりつつあるそんなある夜のこと。


「来週・・・?」


携帯越しに問い返した舞に、橘はオウム返しに答えた。


「そうだよ。こないだ話した手作りピザのイタリアンの店。気になるって言ってただろ?」


「えっ予約取れたんですか?」


かなりの人気店で、予約はいつもいっぱいって聞いたとこだったのに・・・


それを聞いたのはつい3日前のこと。


いくらなんでも早過ぎないだろうか。


どんな裏ワザを使ったのかと不思議に思ってしまう。


「タイミングよく、席空いてたんだよ。19時半からの予約にしてるから、仕事急いで終わらせなくていいから」


彼の先回りの優しさに、素直に胸がキュンと鳴った。


まだまだ駆け出し広報部員の舞は、慣れないことばかりで、失敗もしがち。


元々”ひとつのものをじっくり作り上げる”のが好きな性格なので急かされる事に慣れてないのだ。


企画書の山を前に溜息を吐くのはしょっちゅうだ。


幸い、洋菓子メーカーとの中継ぎ役という役割は、舞の性格には合っていた。


これまでもアシスタントとして、スケジュール調整を行っていたし、普通の会社員よりは製菓に関する知識もある。


それを買われて転職させて貰ったのだから、役に立てなければ意味が無いのだが。


とにかく、少しでも早く独り立ちしなくては、と焦るばかりの舞に、”急がないでいいよ”は思いっきり効いた。


例え無意識でも・・・・


例えば、が言おうとすることを、先に読みとって綺麗にフォローしてしまうところ。


言葉に迷って黙り込む舞の話を、ちゃんと最後まで聞いてくれるところ。


電話に出た時の、ちょっと掠れ気味の低い声。


その全部が舞の心を揺さぶって、満たしてくる。


考えれば考えるほど無限スパイラル。


綺麗に落ちて、這い上がれない。


寝ても覚めてもって歌の中だけじゃなかったんだ。


今さらながら、恋の偉大さを知る。




★★★★★★





待ち合わせは駅前の広場。


舞の仕事が終わる時間に、橘に電話かメールで連絡を入れるのが恒例となっていた。


彼が本社に顔を出すことも多く。会社が近いってこういうとき嬉しい。


”じゃあ、あとでね”


と言って15分後には会えるのだから。



それを励みにしている舞には最高のエネルギーチャージになる。


有名店の石焼ピザだって聞いていたから、おやつも今日は我慢した。


だってせっかくなら、お腹すかせていきたい。


いつもより明るめのグロス塗って、


スカートの皺チェックして、髪を直して、保湿スプレーを振ってから軽くおしろいを叩いたらタイミングよく電話が鳴った。


トイレがひとりで良かった・・・


そう思いながら、通話ボタンを押す。



「もしもーし」


「ごめん、舞ちゃん、まだ会社?」


「あ・・はい、今から出るトコです」


「ちょっと電話に捕まってもーちょっとかかりそうなんだよ。駅前暗いから、上の本屋で待ってられる?」


「大丈夫ですよー。時間つぶしてますから」


しきりに謝る橘に、そう答えて会社を出たのが19時前のこと。




待ち合わせのたびにそわそわする。


まるで今日のフレアスカートみたいだ。


風が舞うたび不規則に揺れては翻って、ちっとも落ち着いてくれない。


レンガ並木を抜けて、駅前通りへ。


そして、すっかり馴染んだ駅の改札の前を通り過ぎて、駅ビルの中に入る。


最近規模が大きくなった、このあたりじゃ有名な大型書店の自動ドアを抜けた。


雑誌はー・・・こないだ買ったけど・・・


平積みのファッション誌のコーナーに向かう。


あ・・・保湿と美白・・・惹かれるなぁ・・


定番コーディネート、差し色小物。


新作サンダル、ミュール。


マリンスタイルに白パンツ。


どれもこれも、興味をそそられるものばかり。


オフ用のカジュアル雑誌なら欲しいかも・・あ・・・でも、デート服はやっぱり綺麗めワンピ・・・・?


だったら、家にあるので十分か・・・って・・無意識に誰とデートしてた!?私!


アタマの中に浮かんだ楽しそうな風景を消し去るべく、必死に雑誌の見出しを目で追っていたら、斜め後ろから声がした。


いつもだったら、聞き流していたと思う。


知らない声だったし。


けれど、今日は違った。


聞き覚えのある単語が出てきたからだ。


「・・・って言ってたのよ、橘」


「ほんとに待ち合わせ?」


「だと思うー・・・どんな子だろー・・・訊いても笑ってはぐらかされるしいー・・」


いま一番舞の胸を打つ名前が飛び出して、同姓の別人だと思いながらも耳がダンボになってしまった。


背中で聞こえる声は、舞とそう年の変わらない女子のもので、余計気になってしまう。


こんな名前一つで心臓が跳ねるなんて、もう重症すぎる。


ぎゅうっと胸を押さえると今度こそ彼の声がした。


「ごめん、待たせたなぁ」


「あれ、橘」


慌てて笑顔で振り向くと同時に、後ろにいた彼女たちも一斉に彼の方を見る。


「・・やーっぱり橘!!」


「あれ!富田に山本!」


「やーっぱりデートだったんですね!!」


彼女たちから嫉妬交じりの視線が向けられて、舞は、思わずたじろぐ彼に腕を絡めた。


「デートです!!」


「・・・・」


無言でこちらを見下ろす彼を必死で見つめ返す。


お願いだから、否定しないで!!!!


10秒位の沈黙の後、彼が笑って


「そーだよ」


と言った。



嫉妬した、訳ならあるよ?


恋人未満は・・・・嫌だから。

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