浦島太郎少佐は、確かに素晴らしい軍人だった。だが、たった一つだけ、読み間違えていたことがあった。それは、脳なしと呼ばれたあの俺が、幸運にも生き延びたことだった。


『本日は、終戦から四十三年であります』

 カラーテレビに映るのは、黙祷をささげる人の列。俺も彼らの動きに合わせて、両目を閉じて頭を下げた。

 今日は日差しが照って暑い。四十年前も、この様だったか。どうにも歳を取ってくると、記憶が曖昧になってしまう。

「おじいちゃーん、そろそろ行こうよー」

「おお、分かった。ちょっと待っていろ」

 だが、それでいいかもしれない。ここには妻がいる。息子がいる。可愛い孫もいる。過去は血塗られたものだ。思い出すより、忘れてしまった方がいい。

「ええと、帽子はどこにやったかな」

「オヤジ、まさかボケてるのか? 頭の上にのってるぞ」

 息子に手伝ってもらいながら、台所の戸締りをして、最後にテレビを消そうとした。画面は終戦の様子から、外国の話題へと移り変わっている。

『局地的な介入により、戦況は泥沼と化しており――』

 今日も日本の外側では、異国の兵士が戦っている。無機質な戦車の音とともに、何人もの歩兵が駆けていく。それは全て、見知らぬ誰か。そのはずだった。


 ――浦島副官!!


 それは、一瞬のことだった。若い青年が、黒い瞳を見開いていた。

 映像が悪くて、よく見えなかった。だが、見間違えるはずがない。あれは確かに、副官だった。あのときと同じ姿のまま、あの頃と同じことをしていた。

 一九四五年。もう、四十年も前のことだ。それなのに、彼の時間は止まったままだ。

 浦島太郎は未だに、冷静なふりを装って、戦場に立ち続けている。帰る故郷を失って、生き甲斐すらも失って。成仏されぬ亡霊のように、冷たい銃を手放せずにいる。

 生きる意味もない。死ぬ術もない。だから、戦争に向かうのだ。故郷がないから、彷徨うのだ。玉手箱の蓋が開くときまで、永遠に。

 なんて、哀しい響きだろう。それは、今も昔も変わらない。


 ――ああ、神さま、仏さま。どうか彼に、生きる理由を与えてやってください。


 気がつけば、俺はそんなことを祈っていた。

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