「ああ!! いっそ一思いに、俺を殺してくれ!!」

 気狂いのように喚いた奴は、真顔の副官に殴られた。冷静なように見えて、すぐに手が出る上官なのだ。俺はそれが分かっているから、決して馬鹿な真似はしない。

「ぎゃあぎゃあ喚くな。やかましい」

 副官は周りに指示を出し、狂った兵士を下がらせた。見張りのくせに騒ぎやがってと、思っているに違いない。

「副官殿、どうされますか。代わりの兵を、呼んできましょうか」

「いや、結構。私が代わりをするとしよう」

 何だか、妙なことになったぞ。心の中で、俺は思った。羽虫の多い夜空の下で、副官と二人っきりで、見張りの番をするなんて。

 とてつもなく、気が重い。現に、副官と見張りをしてから一時間は経つが、互いに全く口をきかない。仲間内での当番なら、小声で話したりもするものだが。


 ――そう思った矢先、副官が静かに口を開いた。


「貴様、故郷はどこだ」

「……自分は、神奈川であります」

 副官は「そうか」と言って、近くの枝を焚き火に放った。炎は一瞬、大きくなって、すぐに元の形に戻る。

「副官殿の故郷は……?」

 気まずくなって尋ねると、副官はちらりとこちらを向いた。軍隊式の髪型でなければ、かなり格好が良いのだろう。少なくとも、俺はそう思う。

「ない」

 ぱち、と炎が弾けた。いやに乾いた空気だった。

「いや、あったと言う方が正しいな。随分と、昔の話だ」

「……一体、どういうことでありますか?」

 足首が痒い。蚊に食われた。よく見ると、副官の腕にも止まっている。

「どうもこうも、そのままの意味だ。昔はあった。今はない。私が遠くに行きすぎたのだ」

 貴様はすぐに死にそうだから、私の昔話を吹き込んでやる。副官はそう言って、意地の悪い笑みを浮かべた。

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