10-1 村娘の休日

 休日の王都の街は賑やかだ。


 整然とした表通りの綺麗な街並みもいいけれど、少し裏通りを行けば、雑々としながらも活気のある下町が広がっている。

 今日は、宿舎の庭で切った薪を売りにきたのだが、一緒に来たメンツが少々おかしい。


「このメンバーだと、私だけチビで悪目立ちしない?」

「いや、ひとりだけ地味顔の俺が浮く心配の方が強いぞ」

「ボクが下僕を二人連れているように見えるだけだから大丈夫だよ」


 仲がいいんだか悪いんだか、自分たちでさえよく分かってない三人組……私とオリバーとパトリックで、ダウンタウン・ストリートを歩く。


「パトリック、あなた、私の薪売りにケチつけてたこと忘れたの?」

「だからこそさ。キミには、用心棒をやるとか、フェンシング大会に出るとか、もっと騎士らしいお金の稼ぎ方を教えなくちゃいけないと思って」


 当然のようについて来たパトリックの隣で、オリバーが私に「コイツも街で遊びたかっただけだよ。付き合ってやってくれ」と笑った。オリバーは、半年経っても未だに王都に慣れない私のため、道案内役を買って出てくれた。


「パトリックの奴、騎士学校の時から友だちいなかったし、鍛錬バカだから遊びに出かけることもなかったみたいでさ」

「パトリック、ずいぶんな言われようだけどいいの」

「別に間違ってはいない。ボクに成績でも剣術でも勝てないくせに、嫉妬だけは一人前にする雑魚どもばかりだったからね。それで、気が付いたらなんか周りに誰もいなかったし……」


 パトリックの声がだんだんトーンダウンしていく。オリバーが慌てて励まそうとして、「ほらあそこ! ホットドッグ売ってるから買ってくるな!」と走って行った。

 私は彼が行くのを見届けて、「今はいい友だちがいて良かったじゃん」と言った。パトリックは「まあね」と答えた。


「オリバーとは騎士学校時代から、自主鍛錬でも出くわすことが多かったんだ。少し卑屈なところが気になるけど、努力家なのは知っていた。だから、毎夜寮を抜け出して遊び歩いているような、権能を持っているだけの小物に彼が負けるのは、見ているボクだって悔しかったよ」


 ふーん、と返した私は少し考えて、


「でも、だったら、オリバーはパトリックの権能に守られることをどう思ってるのかな。自分にはない力で助けられるのって悔しくない?」


 本格化する戦闘訓練で、権能を使ってもオッケーな場合だと、必然的に超人たちの大乱闘が始まる。権能を持たない私とオリバーにはハンデがあり過ぎるので、パトリックの「ポルックスの剛健」を盾にさせてもらうことが多い。私はありがたいし便利だと思っているけれど、オリバーはどうなんだろう。


「気にするかな? ボクは別に、キミたちが権能を持たないから盾になってる訳じゃないし。ただボクの気が向いたからって、それだけ。本当に守りたい人は他にいるけど」

「……お兄さん?」


 パトリックはこくりとうなずいた。


「ローレンス兄上は、何かしらの権能を待っているはずだ。兄上はその内容をあまり他人に教えないから、ボクも知らない。兄上の中でボクのことは他人扱いなんだろうね」


 それは違う、と言ってやりたかったが、師匠の秘密を守って私は黙っていた。


「それでも関係ない。今は冷たくされても、かつての優しさと、受けた恩のために、ボクはボクにできる方法で兄上を助けたい。ボクに限らず、騎士になる者には、そういった特別に守りたい相手がいるパターンが多いよ。キミもそうなんじゃないの?」


 そう聞かれた途端、私の頭にクラリス様の顔が浮かんだ。

 クラリス様には、そんな相手がいるのかな。そういえば、今更だけど、クラリス様はなぜ騎士になったんだろう?


 そんなことを考えているうちに、オリバーがホットドッグやタコスを抱えて帰ってきたので、私たちは街巡りに向かった。

 薪を売ってお金を手にした私は、故郷へのお土産をいろいろと物色する。戦斧を作ってくれた鍛冶屋のおじいさんには、特殊レンズの老眼鏡。蛇の毒の対処を教えてくれた、頭頂部がちょっぴり不安な猟師のおじさんには、かみのけ座の守護(そんな星座あるの!)を授けられた育毛剤。


「若者のする買い物じゃないだろ……」


 私のお土産物ラインナップを見たオリバーが微妙な顔をした。パトリックが「ルイーゼの故郷って少子高齢化でも進んでんの?」と失礼なことを言ったので、私はムッとして言い返した。


「これから弟妹たちへのお土産も買うし! うちは健康優良児たちで溢れた未来のある村なんです!」

「きょうだいたちには何を買うんだ?」

「虹色の糸玉と自動運針機」

「やっぱり若者がする買い物じゃないだろ! ああもう、いい土産物の店を教えてやるから、ちょっと待ってろ」


 どこそこがいい、いや、あの店はぼったくりだ、などと悩んだ末に、オリバーは「すみません、この辺りでおすすめの土産物って何ですか」と井戸端会議中のおばさんたちに話しかけに行き、瞬く間に馴染んでいた。すごい。オリバー、コミュニケーショ力抜群じゃん。人見知りのパトリックが話に入って行けずに固まってるのが笑えるけど。


 その様子をぼんやり眺めていたら、「お嬢ちゃん! あいつら!」と通りすがりの人が私の肩を叩いてきた。


 振り返って、その人が指さす先を見ると、私より少し年下くらいの男の子たちが走って逃げていく姿があった。最後尾の子が、なぜか見覚えのある巾着袋を手にしている。

 あっ、あれ、私の財布! スリだ!


 私は彼らを追って走り出した。くそっ、曲がりなりにも私は騎士なのに、なんという不覚。あの子たちの身なりは悪くないし、切実にお金に困ってるようには見えない。おおかた、不慣れな王都の観光客だと思われて、小遣い稼ぎのカモにされたのだろう。


 私は「待てー!」と叫びながら追いかけたが、当然待ってくれるはずもない。足の速さは鍛えている私が上のはずだけど、この人ごみの中だと、地の利がある彼らの方がすばしっこく動きやすいようだ。

 すると突然、「うわあ!」という悲鳴とともに男の子たちがひっくり返った。


 どうしたんだろう? 近付くと、地面に尻もちをついた男の子たちの前に、ひとりの女性が立っている。結えた焦茶の髪にブラウンの瞳の彼女は、彼らを見下ろして言った。


「少年たち、そんなに急いだら危ないぞ。おや、その手にある巾着袋の柄は、ちょっと君たちの趣味とは違っているようだが、どうしたんだ?」


 黒や茶色など単色のシンプルな服装をした男の子たちに、たしかに私の花柄の巾着袋は違和感がある。私が追いついて「それ、私の財布です!」と言うと、後ろから「スられたんだ、うちらも見たから嘘じゃない」と、息も絶え絶えながらついてきてくれたらしい目撃者の人が言ってくれた。

 証言まで揃って、うっと悔しそうな顔をした男の子たちに、女性が仕方がないなというように笑って言う。


「君たち、ご家族も心配していたぞ。息子が悪い遊びを覚えてしまったようだとな。こんなこと、君たちのためにもならない。さ、その財布を持ち主に返して、次からは健全で有意義ないたずらでも考えることだ」

「なんだよ、偉そうに! そこ退けよ!」


 男の子のひとりが、女性に石を投げたが、それは見当違いな方向に飛んでいった。

 石は大工屋の壁に立て掛けてあった木材の束の端に当たり、ドミノ倒しのように並べられた木材は崩れて、男の子たちの上に倒れかかってきた。危ない!


 ガランガランと大きな音が響き、道行く人たちが驚いて視線をやった先には、


「少年たち、大丈夫か!」


 男の子たちに被さり、落ちてくる木材を薙ぎ払った女性と、


「それと……君も、平気かな?」


 その女性の上で、腕を伸ばして木材を受け止めている私の姿だった。

 木材の重みで腕をぷるぷるさせながらも、私は「平気です!」と笑ってみせた。

 男の子たちは、一瞬のうちにいろいろあったせいで、理解が追いついていないらしい。


「な……なんで、オレたちのことをお前が守るんだよ! 石を投げたのはオレで、自業自得なのに!」

「そういうことを言えるなら、君たちはよい子だ。それに、よい子じゃなくても、君たちは子どもだ。自業自得だろうが、子供が怪我をしそうになったら誰でも助けに入るものさ。よっこらしょ」


 立ち上がった女性は、私を手伝って木材を元通りに直した。

 そして、男の子たちを振り返ると、


「じゃ、さっきの話の続きをしよう。その財布をどうする?」


 男の子たちは顔を見合わせて、ばつが悪そうにしながらも、巾着袋を私に渡して「あんたも、助けてくれてありがとう。……悪かったよ」と言った。


「もうスリの真似事はしないよ。真面目に学校に行って、あんたらみたいに、誰かを助けられる大人になる」


 通行人も、一件落着かと微笑んで見守っていたその光景を、「えっ、真面目になっちゃうのか?」と首を傾げた女性がぶち壊した。


「私は、スリなんてちゃちな軽犯罪者で終わるより、さらに鍛えて大怪盗にでもなったらどうだという意味で、君たちのためにならないと言ったんだがな。もっとスケールを大きくしていこうじゃないか、官僚が横領した金とか、盗まれた国宝とか、モールポール家当主のカツラとか……」

「そういう意味だったの?!」

「ていうかモールポール卿ってカツラだったのかよ!」

「あっ、これは重要機密事項だったんだ。君たち、このことを知ってるとバレたら、下手すればモールポール家の私兵隠密隊に抹殺されるから口外しないようになー」


 とばっちりで命に関わる秘密を背負わされた通行人と男の子たちは、真っ青になって耳を塞ぎながら「何も聞いてませんー!」「オレたち、まっとうな騎士になるからー!」と逃げてしまった。どうやら、あの子たちは騎士学校の不良生徒だったみたいだ。まあ、無事更生したみたいだし、オールオッケーって感じ……かな?


 残されたのは私と女性。女性は、私を見て尋ねた。


「君はさっき、少年たちをというより、私を助けに木材の下へ滑り込んできたな。どういうつもりだったんだい?」

「団長を守るのは団員の騎士の務めです。クラリス様」


 女性はブラウンの瞳で笑って、「バレていたか」と焦茶の髪をかき上げた。






 私と女性……クラリス様は、人で賑わう公園の石畳に腰を下ろした。それというのも、私が道も確かめずに走って来てしまい、オリバーたちとはぐれて、完全に迷子になったからだ。この公園はダウンタウンの中でも目立つため、待ち合わせの定番スポットになっているらしい。でも、なぜか今だけは人が少なめで静かな感じだ。


「これも次期王選抜試験の一環ですか? 髪と目の色って変えることが出来るんですね」

「ああ。カメレオン座の守護を授けた、特別な化粧具で変装したんだが、バレてしまったな。……これで、私はいよいよ失格かな」


 最後の呟きに、私はぎゅっと手を握った。それに気付いたクラリス様が「気にするな、君のせいじゃない」と言った。


「今回の試験内容は、街のどこかに隠された金の林檎を探すというものだった。権能を封じられた状態で、この広い王都からひとりで林檎を見つけられるはずもないから、その場で協力してくれる仲間を集め、彼らを指揮をする能力……リーダーシップをはかる試験だったんだよ。既存の知名度や人気に結果が左右されないよう、変装して送り出されたのだけれど」


 クラリス様は困ったようにため息を吐いて、


「全然上手くいかなくてね。とりあえず、八百屋を巡って、金の林檎はあるかー? とか聞いてみたんだが」

「ある訳ないですよね」

「そうなんだ。それに、休日の下町は賑やかな一方、トラブルも発生しやすくて、行く先々で火事だ迷子だ泥棒だと……。林檎どころじゃなくなってしまった。そして、大工屋夫妻の仁義なき夫婦喧嘩を仲裁して出てきたところに、不良少年たちが突っ込んできたと思ったら、部下の財布が盗られていたという訳だ」

「鈍くさくてすみません……」


 恥ずかしさで私は縮こまったが、クラリス様がわははと笑った後で、諦めたように「やはり私は王に向いてないな」と呟いたのを聞くと、顔を上げた。


「そんな! 試験が失敗したのはクラリス様のせいじゃありませんよ! それに、クラリス様は紅騎士団長としてリーダーシップもあるし……」

「そう言ってくれると嬉しいが、騎士団長に求められる役割と、王に求められる役割は違うんだ。ルイーゼ」


 クラリス様は、ブラウンの瞳で私の目を覗き込んだ。


「君はさっき、私を助けてくれようとしたね。あれは、やめなさい」

「な、なんでですか? ご迷惑でしたか?」

「いいや。ただ、優先順位を間違えるなということだ。君たち新人諸君が入団する時に言っただろう?」


 ひとつ、女王陛下を守ること。

 ふたつ、国民を守ること。

 みっつ、我が身を守ること。


「私を助けていいのは、これらを満たしたその後だ。団長とは、騎士を統べる長として、有事の際は真っ先に危険へ飛び込んで行くべき役職なのだから。これが王となると事情はまた別で、王は国を背負う者として、あらゆる犠牲を払ってでも、最後まで生き延びる義務がある」


 そしてクラリス様は、私の手を掴んだ。私の手のひらは、さっき木材を受け止めた時に角のささくれで引っ掻いて、怪我をしていた。

 クラリス様はハンカチを取り出すと、それで私の傷を丁寧に覆ってくれた。慌てて「こんな傷、メデューサに噛まれた時のに比べたらなんとも……」と言う私に、クラリス様は首を横に振った。


「王は守られるのが仕事だ。しかし、たとえ私が王になったとして、君のような年下の、未来のある騎士を犠牲にしてまで守られる気は起きない。女王陛下……母様には悪いが、やはり私は騎士なのだ。そして団長として、部下の君に余計な怪我はさせたくないんだよ」


 分かったか? と頭を撫でる手は暖かかったが、私は少し悔しさを感じた。クラリス様から見たら、私は庇護対象なのか。本当は私がクラリス様を助けたいのに。


 手に巻かれた白いハンカチを見下ろして思った。クラリス様はメデューサを倒した時、マチルダさんからハンカチを渡されても、それで血を拭わずに真っ白なまま返した。クラリス様はそうやって、自分が何かを受け取ることは拒むのに、こうして私や他人にはいつも与えようとしてくれる。

 それはクラリス様のいいところだ。でも、なんでだろう、少し寂しい感じもする。


「クラリス様は、どうして騎士になったんですか?」


 私は気になっていた質問をした。クラリス様は「そうだな、話せば長くなるが」と前置きして話してくれた。

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