6-2 村娘の尋問

「回収したメデューサって、どうするんですか?」


 クラリス様の気まぐれでたびたび開催される腕相撲大会のトップ常連五人の騎士を呼んできて、死んだメデューサを運んで行ってもらった。彼らが向かった先は、師匠の指示した王宮付きの学者たちが住む研究棟だ。マチルダさんは女王陛下付きの執務官へ報告に行った。

 なぜ死体を埋葬しないのか、という疑問も込めて傍らの師匠に聞くと、なんとも言えない表情をされた。


「……メデューサの持つ邪眼のメカニズム、毒を体内で生成する方法、長寿の理由などは、実はまだ明かされていないんだ。僕たち学者は学術的観点から、彼女たちに非常に興味がある」

「つまりどうするんです?」

「解剖するってこと」


 外傷もほとんどないし、状態のいいサンプルが手に入って同僚たちは大喜びだろうね、と師匠は語る。化け物として認識されているメデューサの死体で狂喜できる研究者たちのマッドぶりに、私は顔を引き攣らせた。師匠は肩をすくめて、


「今に始まったことじゃないよ。クラリスが切り落としたっていう、擬態するメデューサの首も、ホルマリン漬けにして保管してあるし」

「うわ、ちゃっかり。ある意味すごいですね、その貪欲さ」

「……正直言って、メデューサの神秘は学者の立場からすると魅力的だよ。特に占星術の分野だと」


 王宮へ向かって歩き始めながら、話を続けた。


「メデューサの使う呪いの術は、さすが神から奪った力だけあって、占星術では不可能なことも可能だったりするんだ。僕たち占星術師はね、本当はその呪いの術を手に入れたいのさ。大っぴらには言わないけど」


 なんだそれ。さんざん神の反逆者だって罵っておきながら、結局私たち人間も同じじゃないか。死んでなお利用し尽くされるメデューサに、彼女たちへあまり良いイメージのない私でさえ同情する。

 師匠はため息をついて、「まあどうせ僕は、研究には関われないんだろうけどさ」と呟いた。私は瞬きする。


「どうして? 師匠は自称天才で、未知の謎とか解き明かしたくて仕方ない人でしょう? だから錬金術に走っちゃったりするんじゃないですか」

「そうなんだけどねえ、残念ながらメデューサの研究は、一部の名家に独占されていて、僕が入り込める隙がないんだよ」

「学者の世界にも、そんな勢力分布とかあるんですね」

「そ。特に歴史の長い占星術学者の世界は、すっかり腐敗し切ってる」


 師匠は悔しそうに顔を歪めた。

 回廊を歩いていると、向こうからマチルダさんが難しい表情をしてやって来て、私に気付くと「おう、ルイーゼ・スミス。もう宿舎へ帰っていいぞ」と言った。


「姫さんは今バタバタして忙しいが、お前に感謝していたぞ。自分だけだったらメデューサは心を開いてくれなかった、事態が大きく進展したのはお前のおかげだってな」

「そんな、私は別に……」


 それに、事態は進展しても、前進したものかどうか、判断がつかない。メデューサたちが黒幕のことを話そうとすれば殺されてしまうとなると、もはや彼女たちから情報を得るのは難しいのではないか。

 であれば、さっさと殺せばいい……とは、さすがに、もう簡単には言えない。「彼女たちはどうなるんでしょう」と私が質問すると、マチルダさんは首を振って言った。


「いよいよ殺してしまえ、という意見が強くなってくるだろうな。姫さんはそれでも、なるべく生かしてやりたいみたいだが。例によってあの連中が……」


 忌々しげに吐き捨てたマチルダさんに、師匠が反応する。


「またボライトン家?」

「あそこ以外に何がある……あ、まずい」


 私を見てマチルダさんが言葉を切った。明らかに誰かの悪口を言おうとしていたところで、私が部外者であることを思い出し、どこまで聞かせていいかためらっているようだ。

 しかし、私は私である不安を抱いていた。思い出すのは、擬態するメデューサが首を落とされる直前に叫んだ内容。


『死ね、徒花の悪姫がっ!』


 「徒花の悪姫」。二度と耳にしたくもない、逆行前のクラリス様の蔑称。しかしそれは、時系列的にはもっと後、次期王が確定してから広まった呼び方だ。それをどうして、あのメデューサが知っているのか。


 彼女が私と同じように逆行前の記憶がある、もしくは彼女の近くに記憶のある者がいる……と、考えるのは早計だろうか。いずれにせよ不吉な予感がする。今は、どんなに厄介だろうが、クラリス様周りの情勢は何でも知っておきたい。私はマチルダさんにぐいと詰め寄った。


「何ですか、そのボライトン家って? クラリス様と何か関係あるんですか?」

「いや……お前は知らなくてもいいことなんだが……」

「教えてください! 今日、私を王宮に呼んだのも、ただ取調べに参加させたかっただけじゃないんでしょう?」


 そう言うと、マチルダさんは目をぱちぱちとさせた。

 するとそこへ、新しい声が「おやおやおや! こんなところで珍しい!」と私たちに飛んできた。相手の姿を確認したマチルダさんが顔をしかめて、


「げっ。噂をすればなんとやら」


 太まった身体をゆさゆさと揺らして近付いてくる、貴族然とした紳士。ぼんやり突っ立っていた私は、マチルダさんにぐいと首根っこを掴まれて、道の端に連れて来られた。


「あれは王宮に専用の客間を持っている名家の人間だ。騎士は道をあけて引っ込め」


 耳元で行われる王宮作法レクチャーに、私はこくこくとうなずいた。相手の紳士も、私たちには目もくれず、まっすぐ師匠へ話しかけにいった。この場では、学者で名家の出である師匠だけが、紳士と対等な地位であるからだろう。


「アーバスノット博士、あなたはいつも研究者棟に篭っていらっしゃるから、お顔を見るのも久しぶりですな」

「ボライトン卿……」


 気さくな好々爺といった笑顔を向けてくる紳士に、師匠が声を小さくした。そうだ。忘れかけていたけど、師匠は人見知りだった。

 ボライトン卿は髭をいじりながら世間話を続ける。


「それにしても、地下牢の辺りに人が集まっていたのを見ると、またメデューサのことで問題が起きたのでしょうか? 実に恐ろしいですよ、あの凶悪な化け物が、王都であの惨状を再び引き起こそうとしていたなんて……我が領地に降りかかった、あの不幸な災いを!」

「はあ、まあ……恐ろしい限りですね」

「しかし、再び王女殿下の活躍により、メデューサどもの陰謀は阻止されたとなれば、もう我々のような辺境の領主が出る幕はないですな。王女殿下の勇姿は歴史に刻まれ讃えられるでしょう、メデューサの姫、異形の英雄と」


 それって褒めているの?

 私は話についていけず、隣のマチルダさんに目をやると、小声で教えてくれた。


「ボライトン家の領地は隣国との国境、アルブスの洞窟がある辺り……つまり、メデューサの住む地に最も近い場所にある。例の暴動もボライトン家領地で起きたことだ」


 マチルダさんの吊り目が、ますます険しくなった。


「領民を見捨て、自分は真っ先に王都へ逃げて来た臆病者さ!」

「マチルダ・スティアート嬢、また新人に厳しい指導をしているようで」


 私たちに注意は払っていないだろうと思ったら、紳士は割り込むように話に入ってきた。


「仕事熱心なのはいいですが、マチルダ嬢もそろそろ将来を考えなければなりませんな。何せあなたは養子だ、これまで育ててくだすったスティアート老夫婦に報いたいでしょう? そうなると、するべきは、騎士の身分に大人しく収まっていることではなく、高貴な家と縁を結ぶことです。いつまでも剣と弓で遊んでいらしたら、婚期を逃してしまいますぞ」

「ごもっともなお言葉、参考にさせていただきます」


 マチルダさんは慇懃に返事をした。騎士の仕事に人一倍厳格に当たっているマチルダさんが、こんな侮辱に等しいことを言われても怒りを表に出さないのを、私は驚嘆して見ていた。

 ボライトン卿は、今度は私にニコニコと笑いかけると、


「あなたは? どちらの家のご令嬢でございましたかな?」

「い、いえ、私は平民でして」

「ほお! それは珍しい! では王宮の情勢などには詳しくないことでしょう! 例えば……クラリス王女殿下に、不穏な噂がついて回っていることなどは……」


 私は目を丸くしてボライトン卿を見た。マチルダさんは「よせ、聞かなくていい」と腕を掴んできたけれど、相手は勝手に説明を始めた。


「例えば、実に遺憾なことでありますが、王女殿下が必要以上にメデューサの肩を持とうとしてらっしゃることに、不敬な疑惑を抱く者もおりましてね。いや、王女殿下があの卑しい存在たちにも慈悲の手を差し伸べようとしていること自体は素晴らしいのですが、身の振り方をもう少し考えていただかないと、王女殿下のためにも悪い結果になるのではと思いますよ」


 表現が迂遠で、何が言いたいのか分からない。首を傾げる私を、「ふ」と口角を上げて見下ろしたボライトン卿は、声をひそめて言った。


「つまり、クラリス王女殿下が、メデューサ族と手を組んでいるのではないかと疑う者がいるのですよ」

「……!」


 言葉を失った私に、調子良く説明を続けるボライトン卿。


「思えば、王都騎士団にいながら、わざわざ我が領地までお越しになって、メデューサの鎮圧に当たった時から、そういった陰謀論が生まれる土壌はできていたと言うべきでしょう。この度の事件では、メデューサたちの取調べはいつも王女殿下直々になさっており……何やら、捕まえたメデューサと秘密の打ち合わせをして、国家転覆でも図っているのではないかと、邪推する者もいるのです。もちろん私は違いますが」


 否定することで余計に、「私こそがその者です!」と宣言しているように聞こえるのはどうしてだろう。


 そこで私はハッとして、じっと騎士らしく控えているマチルダさんを見た。マチルダさんが、私をクラリス様の取調べに参加させた理由。

 それは私を、クラリス様にかかる疑惑を払拭するための証人として協力させるためではないか。


 ボライトン紳士は眉根を下げて、心配そうな表情をした。


「私は平民の方に偏見はありませんが、なまじ優秀だったために紅騎士団に入れられ、慣れぬ王宮のしきたりなどに戸惑うことも多いでしょう。ましてや騎士団長がクラリス王女殿下となると、あなたはいらない厄介ごとに巻き込まれるかも知れません。やはり若い人は、王都のような派手な場所ではなく、僻地で地道に経験を積んでいくべきです。そう、私の領地の騎士団に入って、辺境の地で研磨されるというのもどうですかな?」


 それは、これからその「厄介ごと」が起きるから逃げたければ逃げろ、という脅しだろうか? それとも、平民ごときが王宮で出しゃばるなと言っている?


「お気遣いありがとうございます。そうですね、それもいいかも知れません」


 私もボライトン卿に笑い返す。師匠が驚いて私を見つめた。マチルダさんは無表情のままやり取りを見守っている。私は言った。


「その僻地まで、クラリス様がいらっしゃるのでしたら、私はどこまでもお供します」


 ボライトン卿は目を見開いた。


「私の忠誠は、女王陛下とクラリス様に捧げております」


 はにかみながら、さらに駄目押し。


「私は、クラリス様のお人柄と、愛国心を信じています。取調べに立ち合わせていただいて、クラリス様がメデューサと手を組んで悪を企むということは、まずあり得ないと確信いたしました」


 ご心配無用ですと「邪推する方々」へ伝えてください、と告げれば、ボライトン卿は片頬をぴくぴくと動かして、マチルダさんに向かって「いやはや、凄まじい新人を紅騎士団は抱えたものですな」と呟いた。マチルダさんはなんとも言えない顔で私をちらっと見た。

 コホンとわざとらしく咳をして、ボライトン卿は再び師匠に話しかけた。


「とにかく、そうだ、あなたは何度かメデューサ研究への参加を志願なさっているようですが、今回の事件で得たメデューサの死体の検査も我が愚息が行っておりますので、若き天才と誉れ高いアーバスノット博士のお手を煩わせる必要はありません」


 副音声で「ウチのビジネスに首突っ込んでくんなよ、若造が」と聞こえてくる。

 師匠は戸惑いがちに「いえ、僕ももうワインの飲める年ですから」などと頓珍漢なことを言っている。おそらく褒められたことについて謙遜しようとしたのだろうが、「天才」という部分は事実だから謙遜しようがないと思い、「若き」のところを否定したのだろう。さすがだ。


「ではさようなら。次期アーバスノット卿、王都でぜひ素晴らしい活躍をしてください」


 そう言い置いて、ボライトン紳士は行ってしまった。

 顔を見合わせた師匠とマチルダさんは「あの捨て台詞なに?」「嫌味だろ」と話していた。どういうことか聞くと、よく知らない人と話して疲れた様子の師匠が教えてくれた。


「僕の家が治める領地と、ボライトン家の領地は隣り合ってるの。ボライトン家はメデューサの研究で名高い家で、学会でも重鎮として親族が居座ってて実に腹立たしいんだけど……あ、ボライトン卿は愚息って言ってたね。息子はお馬鹿さんでも、父親は家族を客観的に見れるいい人なのかも」


 脱線する師匠に説明の続きをお願いする。


「でも数年前、メデューサの暴動で然るべき対応ができなかったことから、ボライトン家はお咎めを受けて、ちょっぴり領地を僕んちのアーバスノット家に取られちゃったんだ。それをずっと恨んでるみたいなんだよね。あとは、領地縮小の命を下した女王陛下と、暴動鎮圧の功労者であるクラリスのことも目の敵にしてる」

「王都に逃げ込んだ腰抜けと言われたことも根に持っているようだな。あれは挑発だぞ、王都でのんびり学者なんかやってたら、領主不在のお前ん家なんざ簡単に乗っ取ってやるってな」

「え、そんな意味だったの? やだー、これだから王宮は怖いんだよ」


 わいのわいのと幼馴染特有の親しさで話し出す二人を眺めながら、私は首を傾げた。


 次期アーバスノット卿。師匠はそう呼ばれたけど、師匠はクラリス様と婚約したのではなかったか。クラリス様が王になるというのなら、師匠は王配になるため、婿になる。しかし、師匠がアーバスノット卿になるのなら、クラリス様が嫁ぐことになって……。


 確約していない次期王と、確約していない次期アーバスノット卿の婚約。

 これがどんな意味を持つのか、私にはまだよく分からない。


 ただ、「そういえば師匠の苗字って、アーバスノットって言うんだな」とか、どうでもいいことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る