6-1 村娘の尋問

「やあ、メデューサの諸君。昼食はもう済んだかな」


 そんなことを問いかけて、クラリス様は鉄格子のそばまですたすたと近寄って行った。私もおそるおそる牢の中を覗き込む。

 ぎろりと光る眼が六つ。暗闇に浮かび上がるメデューサの巨体はなかなか不気味で、私は「ひゃっ」と息をのんだ。


 クラリス様はにこやかに笑いかけながら話を続ける。


「今日は新しいメンバーが来てくれたぞ! こちら、君たちが人質に取ろうとした新人騎士で、私の部下だ」

「ど……どうも?」


 促されて声をかけてみたが、返事はない。後ろで師匠がぼそっと、「そりゃそんな紹介されたら警戒するよ」と呟いていた。


「さて、今日は何をする? 君たちが自白をしてくれるまで暇だからな、トランプなんかどうだ」

『……』

「ボードゲームの方が好きだったか?」

『……』


 小首を傾げて尋ねるクラリス様。鉄格子を挟んで、どうやってゲームをするつもりなんだ。というかクラリス様は、天然なのか煽っているのか、どっちだ……?


 しばらく沈黙が部屋を支配した。取調べはいつもこの調子らしく、クラリス様が壁にもたれて、のんびり待ちの姿勢に入る。どうやら長くなりそうだ。

 メデューサたちはじっと座って、話をする気配がない。それは、牢に入れられて憔悴しているというより、強い意志があって口を閉ざしている感じがした。時々、髪の毛の蛇が息をして、シャーと鳴き声が響く。なんとも居心地の悪い場所だ。


 背中をつつかれ、師匠に「何か質問とかない?」と言われたので、私は少し考えてからそっと尋ねてみた。


「あの、メデューサの皆さん?」


 静寂。反応はない。


「……好きな食べ物は、なんですか?」

『はあ?』


 三体の声がハモった。突然だったので、私は驚いて少し後退ってしまった。


「いや、あの、さっきご飯の話があったので、メデューサも食事をしたりするんだなーと」

『あたしたちのことを何だと思ってるのよ、この小娘』


 メデューサの一体が舌打ちした。おっと、さっそく険悪な雰囲気になっちゃったぞ。私は慌てて弁解する。


「だ、だって、私たちはお伽話で、メデューサは赤ん坊を食べるとか、逆に何も食べずに百歳まで生きるとか、そういうことばかり聞いてきたので……」

『赤ん坊? あんなぶよぶよした物体、まずいに決まってるだろ。オレはセロリが好きだ』


 乱暴な口調のメデューサが答えた。「すみません……」と反射で謝ってから首を傾げた。

 あれ、さらっと好物を教えてくれてる?


 私が戸惑っている間にも、一度沈黙を破ったメデューサたちはわいわいと話し始める。


『あんな野の草を好きこのんで食べるの、あなたくらいよ』

『あん? 人間どもだって食ってんだろ、レタスとかタンポポとかその辺の草』

『だからこそよ、あたしたちメデューサが人間と同じものを食べるなんて恥さらしだわ。ねえちょっと』


 メデューサが、一連のやりとりを面白そうに見ていたクラリス様に詰め寄った。


『人間の召使いが牢にパンとチーズを投げて行くの、あれ、やめさせてよ! あたしたちのこと犬か何かと思ってるんじゃないかしら』

「ああ……。すまない、おそらく、仕事を押し付けられた新人メイドだな。君たちメデューサが怖いから、食事を投げ入れて、すぐ逃げてしまうのだろう」

『食べ物なんかいっそいらないのに。あたしは鍾乳洞の滴りでも飲んでりゃ満足だわ。王女、あんたがあたしたちを押し込んだアルブスの洞窟のね』


 低い声で言ったメデューサに、クラリス様は何も言い返さなかった。口調が荒いメデューサが、クラリス様に噛み付いた。


『言っとくが、オレたちゃ《擬態》の奴のことを忘れてねーからな。仲間を殺したお前は許せない』

「しかし、君の仲間は私の部下を毒殺しかけたそうじゃないか」


 クラリス様が私に視線を投げて言った。思わず怪我した肩に触れる。メデューサの方はさらにヒートアップして、


『そもそもあんたが、あたしたちを僅かな日の当たる地からも追いやったのが原因でしょ! 何が英雄よ、何が騎士団長よ、あの戦いで仲間がどれだけ死んだと思ってるのよ!』

「じゃ、君たちはあの暴動で何人殺した?」


 クラリス様の突き放すような声。初めて、いつも朗らかに微笑んでいるクラリス様の銀の瞳に、冷徹さの影が見えた。私はぎゅっと身体をこわばらせ、メデューサたちは押し黙った。

 クラリス様は続ける。


「我々のような、戦うことが仕事の騎士を殺したのならいいだろう。また、君たちを迫害する周りの人間たちに、怒りが爆発してしまったのも理解できる。だが君たちは、何人の、何十人の、何百人の罪のない子どもを殺した? あの暴動に限らず、君たちメデューサ族がその剛腕で、抵抗の術を持たない弱い者を快楽のためにいたぶったことは何回ある? お伽話で赤ん坊を喰らう怪物として描かれることについて、まったくの事実無根だと神に誓って言えるのか?」


 そう言い放ってから、クラリス様は少し考えて「……メデューサは神への反逆者だから、宿敵には誓えないよな。悪かった!」と気の抜けることを付け加えた。

 メデューサは見るからに勢いを失っていたけれど、それでもぼそぼそと語った。


『神に反逆者したなんて知らないわよ……。あたし、まだ百二十歳くらいなのよ。そんな大昔の先祖の罪とやらのせいで、どうしてこんな姿に生まれなきゃいけないの』


 そして忌まわしそうに蛇の髪の毛を振り払った。あの毒蛇の髪のせいで、メデューサたちはお互いに触れ合うことさえできないのだ。


『……オレだって、八十歳しか生きてない若造だぜ。メデューサは分裂で増えるから、親もいない。人間に生まれてりゃ、オレも穏やかに暮らせただろうが、メデューサになっちまったからには、乱暴者として生きるしかねーだろ』


 投げやりに言ったメデューサ。私は二人の呟きを聞きながら、牢の隅でじっと座っている三体目のメデューサに注目していた。そういえば彼女だけ、今まで一度も発言をしていない。

 クラリス様はメデューサたちの嘆きを聞いて、「君たちの気持ちも分からんではない」と言った。


「人間とメデューサ族とが反目し合ってきた歴史はあまりにも長い。メデューサが人間を殺戮すれば、人間はメデューサの安住の地を奪った。憎しみの記憶は子孫何代にも渡って伝播し、積み重なるごとにますます、分断は深まっていく。いいか、君たちは反逆者として、普通であればその罰は、女王陛下の名の下に死刑……」


 そこで、メデューサたちが初めて、怯えの色を見せた。クラリス様はそれに気付くと、


「やはり君たちは、黒幕の情報を教えてしまうことで、用済みとなり殺されることを恐れているのだな」


 返事はない。しかし、今度の沈黙は肯定の意を示していた。クラリス様は微笑んで言った。


「安心したまえ、私が君たちを死なせない。幸い、今回のことで死人は出なかったし、黒幕はおそらく人間なんだろう? メデューサの諸君が裁判も受けられず、そこまで厳しい処罰を下されなければならないとは思えないのだ。それに、君たちを国家の敵として、見せしめるように処刑してしまえば、さらにメデューサ側の反感を買ってしまうかも知れないからな」


 私は小さな驚きと共に納得した。そうか、クラリス様はそんなことを考えていたんだ。メデューサがまた反乱を起こしたら、何度でも殲滅すればいいとはせず、できることなら憎しみの連鎖を断ち切りたいと思っているんだ。クラリス様は暴動を鎮圧した英雄だけれど、同時に、その負の連鎖に加担してしまったことになるから……。


 メデューサたちの白い目に、気のせいでなければ、ほんのりと希望の光が宿ったように見えた。彼女たちだって死にたくないのだ。


 クラリス様は口を閉ざして待っていた。

 再び訪れた静寂……。


『……あの!』


 ガチャンと手錠に繋がれた鎖が鳴る音。意外なことに、声を上げたのは、ずっとだんまりを決めていた三体目のメデューサだった。

 他のメデューサたちが『ちょっと』『早まるな』と制止するのにも構わず、彼女は叫んだ。


『申し上げます! 申し上げます! 僕たちは、たしかに反乱の意思がありました。しかし、僕たちに火薬の製造法を教え、この作戦を考えて手引きした者がいるのです!』

『待って! 駄目よ、あなた』

『その方は、我らの、おっ……!』


 言葉の最後が、ごぼっと濁った。

 ぴしゃぴしゃと床に滴る水音がする。狭い地下牢に広がる鉄くさい匂い。後ろに控えていた師匠が「どうしたの?!」と鉄格子に近付き、私は立ちすくむ。泰然としていたクラリス様も初めて動揺を露わにした。


「どうしたんだ、なぜ血を吐いている?」


 メデューサ特有の青い血を吐き続け、それでも彼女は訴えた。


『我らの、王……大婆様、の……がはっ!』

「クラリス、牢の鍵を開けて!」


 師匠がそう叫び、ローブの袖から、何かの器具を取り出した。クラリス様は警戒のために一応剣を抜いてから、牢の扉を開ける。鎖に繋がれた他のメデューサたちは逃げる素振りも見せない。血を吐いて倒れたメデューサのもとへ駆け寄った師匠に、私は尋ねた。


「し、師匠……。いったい何が……」

「死んでる」


 端的に事実を述べる形で、師匠は告げた。そして、手に持った器具をあれこれといじり、メデューサの死体を調査しているみたいだった。

 一通り作業を終えた師匠は、振り返ってクラリス様に言う。


「呪いの術だ。僕たちがうっかりしていた。術封じの手錠は、それを付けている本人が術を使えなくするもので、本人にかけられた術を消すものじゃないから」

「つまり、誰かにかけられた呪いの術の効果で、彼女は命を落とした?」


 クラリス様の呟きを最後に、地下牢に冷たい緊張感が満ちて、しんとした静寂が蘇った。しばらくして、一体のメデューサが『は』と自嘲するように笑った。


『悔しいけど、人間のメイドが正しかったわ。あたしたちも首輪つけられた犬ってことね。だからあたしたちは、"あの方"としかあの方を呼べない』


 それって、少しでも情報をしゃべったら、口封じとして殺されるってことじゃないか……。


 メデューサたちはもう、諦め切ったように白く光る目を閉じて、何も言わなくなった。

 クラリス様は顔を強張らせた。そして、メデューサの死体から目を逸らさずに「ルイーゼ」と私を呼んだ。


「マチルダと一緒に、何人か力自慢を呼んで来てくれ。死体を片付ける。ああ、守護を受けていても、権能持ちでも大丈夫だぞ」


 そして、生きているメデューサたちへ視線を移した。


「彼女たちは、当分その邪眼を開かないだろうから」

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