第6話 大使のお仕事

ノース侯爵大使館


それは王宮の城壁を抜けた先、旧貴族街に建っていた。

 

外観は他の貴族の屋敷と変わらない質素なものだったが、その内装は豪華なもので統一されている。

その応接室には2人の女性があった。


「アリスちゃん、はい、あーん」


この大使館の主はそう言って、目の前の黒髪の少女にケーキを食べさせようとしていた。


「マリオン、これが大使の仕事ですか?」

「そうかもね?」

 

アリスと呼ばれた少女は差し出されたフォークを口に含むと、不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「私は子供じゃないんですよ?」

「だって、アリスちゃんが可愛いんだもん」

 

そう言って、マリオンはアリスを抱きしめた。

彼女は抵抗しない。

されるがままだ。

 

「私を呼び出したのは、まさかケーキを食べさせたいからとか言いませんよね?」

「あら、このケーキ美味しいと思わないかしら?」


マリオンの言葉に、アリスは小さくため息を吐く。


「あなたという人は……」

 

そんなやり取りをしていると、扉がノックされた。


「どうぞ」

 

すると、扉が開かれてマリオンの女騎士が入ってくる。

 

「マリオン様、本国から魔導具が届きました」

 

そう言って、彼女は大きな箱をテーブルの上に置いた。

その中には、魔石の埋め込まれた長方形の台座のような物が鎮座している。

それを机の上に置くと、女騎士は部屋の外へと出ていった。


2人きりになると、マリオンは魔導具を手に取る。

そして、取り出した金貨を台座の上に置くと、魔力を流した。

 

「なんですか?これは?」

 

魔導具が作動すると、空中に数字が浮かび上がった。

 

「アリスちゃんでもわからないのかな?」

 

首を傾げるアリスに、マリオンは少し意地悪な笑みを浮かべる。

アリスは乗せられた金貨と投影されている文字を交互に見比べる。


「……金の純度?」

「正解よ」

 

そう言うと、マリオンは嬉しそうに手を叩いた。

 

「便利な魔導具があるのですね」

「あら?これ自体は珍しいものではないわ」


金貨になぜ価値があるかと言えば、魔導具の材料に必須だからである。

だが、純度の高い金は加工がしやすい利点があるものの、流通する貨幣としては変形してしまう欠点があった。

その為、他の金属を混ぜ合わせて金貨を製造している。


そして、それはどの国でも同じであった。

金の純度が違うという点を除いては……。


「アルマ王国との交易が盛んになってきたから、これには価値があるわ」

「両替商にでもなるつもりですか?」

 

アリスの疑問に、マリオンは首を横に振る。

 

「そんな小銭稼ぎ、面倒だわ」

 

そう言いながらも、どこか楽しげな様子だ。

 

「ねぇ、この印の意味がわかる?」

 

そう言いながら、マリオンは魔導具に刻まれた紋章を指差す。

それを見た瞬間、アリスの表情が曇った。

そこにはアルマ王室紋章が刻まれていたのだ。


つまりこの魔導具は、アルマ王国のお墨付きというやつである。


「さすがアリスちゃん、察しが良いのね」

「これに細工をするつもりですか?」

「私はまだ何も言っていないわよ?」

 

マリオンはクスクスと笑う。

 

「では、私を呼んだ理由は?」

「アリスちゃん、キヌスにお友達がいるのよね?魔導具に詳しい人を紹介して欲しいなーって」

 

その言葉にアリスは大きなため息を吐いた。

 

「人の口に戸は立てられないと言いますよ?」

 

その言葉に、マリオンはニッコリと笑った。

 

「だから、ちょっと頭がおかしいくらいの人が良いかな?」

 

頭がおかしいと聞いて、アリスはキヌスの女エルフの顔を浮かべる。

そんなアリスを見ながら、マリオンは口を開く。

 

「いるのよね?」

「魔導具が専門かはわかりませんが、倫理観の欠片もないのがいましたね」

 

彼女は自分の事を大魔導士だと名乗っていた事を思い出すと、苦笑いを浮かべるアリス。

 

「口は硬いのかしら?」

「そういう問題以前の話ですね、記憶に残るかどうかも怪しいです」

 

長い寿命を持つエルフにとって、些細な事は記憶に残りにくいのだ。


「紹介状を書いてくれないかしら?」

 

マリオンの言葉にアリスは考え込むのだが、彼女は引き出しから中身の詰まった袋を取り出して、机の上に置く。

 

「もちろん、タダとは言わないわ」

 

さすが元ノース侯爵と言わんばかりに、袋の中からは大量の金貨が顔を覗かせている。

それを見たアリスは思わず口元を緩めてしまった。

 

マリオンはアリスの後ろに立つと、耳元に顔を寄せて囁くように口を開いた。

それは悪魔の囁きであった……。


「私は紹介状を書くだけですからね」


その言葉を聞き、小悪魔が微笑んだ。


 

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