第5話 剣士のお仕事

都市国家エルム 王宮内


「退屈なんだよねぇ」

 

その日、フレイラは友人を目の前に愚痴を溢していた。


「退屈を感じられるのは幸せな事だと、ルルは思います」

 

友人の獣人は、果実を絞ったジュースを手渡しながら、笑顔で答えた。

それを受け取ったフレイラは一口飲むと、満足気な表情を浮かべる。

 

ここは王宮にある食堂の一角である。

周囲には貴族や使用人など、様々な人達が食事をしており、とても賑やかだ。

 

「クロくんは寝てばかりだしさ、旅に出ようかなぁ」

「名無しさんは、ダメ人間なのです」

 

ルルは注いだ葡萄酒を飲み干すと、空になった杯に追加を注いだ。

彼女はお酒に弱いくせに、飲みたがるのだ。

 

そして、酒癖が悪く、


「でも、短い人生です、好きに生きるのが良いとルルは思います」

 

こうして、軽口を叩いてくる。


「ルルちゃんは退屈じゃないの?」

 

フレイラは自分の事を棚に上げて、そう尋ねた。

すると、ルルは寂しげな表情を浮かべて口を開く。

 

「最近は名無しさんもあまり姿を見せないし、女王様もフィーちゃんも忙しそうだし、みんなバラバラなのです」

「……そうなんだよねぇ」

「だから、ルルはもう少しお金が貯まったら店を開くのです」

 

真昼間だというのに、更に葡萄酒を飲もうとする友人を眺めながら、フレイラは思うのだった。

 

(あ〜ルルちゃん、悪酔いしてきてるなぁ)

 

「そこには名無しさんも……クリスも……みんな来るのです」

「うん、そうだね。だから、そろそろ飲むのはやめとこ?」

 

彼女はまだ仕事があるはずなのだ。

自分の愚痴を聞かせるはずが、いつの間にか彼女の愚痴を聞いて介抱している事に、フレイラは苦笑いを浮かべた。

 

「今日は気分が良いから、大丈夫なのですよ?」

「いやいや、明らかに酔ってるから!ほら、お水飲んで!」

「うー、嫌なのですよぉー!」

 

そう言いながら、フレイラに無理やり水を飲まされるルルなのだった。


……

………


「暇を貰いたい?」


数日後、フレイラは女王に辞職を申し出た。


「……そうか」


何事も即決する女王は珍しく戸惑っている。


「申し訳ありません。私はやっぱり自由な剣士でいたいみたいです」

「いや、情勢が不安定な中、そなたは十分に尽くしてくれた……ただ……な」

「……女王様?」

 

フレイラは首を傾げながら問いかけた。

そんな様子を察してか、女王はゆっくりと話し始める。

 

「キヌスと同盟を結んでもう7年になるか。国として安定してくる毎に、アリスが私の元に訪れる頻度も減り、そなたはいなくなると言うのだ」

 

それは寂しさか諦めか、そんな感情が読み取れる声音だった。

そして、同時に申し訳なさが込み上げてくるのだ。

 

「あの頃は楽しかったな」

「……ええ」

 

フレイラにとって、この7年間はあっという間だった。

だけど、彼女からすれば長かったのかもしれない。

 

「……すまない、つまらぬ事を聞かせた」

「いえ」

「……いつでも戻ってくるがよい。アリスなど一ヶ月ぶりでも、まるで数日ぶりのような顔をして寝そべっているのだぞ?」

 

その言葉に思わず吹き出してしまうフレイラ。

 

「クロくんらしいですね」

「あの者には、そのうちお灸を据えねばなるまい」

 

その言葉にフレイラは苦笑を浮かべるしかなかった。


そして、フレイラは王宮を去った。

その足で向かった先は、自室の隣の部屋だ。


「クロくーん?」

 

彼の部屋の扉をノックしながら呼びかける。

だが、反応がない。

どうやら留守のようだ。

 

仕方なく帰ろうとしたのだが、ふと思い留まると再び扉をノックした。

今度は強めにだ。

 

しかし、やはり反応はない。

鍵は掛かっていないようなので、恐る恐る扉を開けてみたのだが、中には誰もいなかった。

 

(出かけてるのかな?)

 

窓が空いている事から、彼はここから出て行ったのだろう。

 

(女王様が部屋はそのまま使って良いって言ってくれたから、またそのうち会えるか)


そう考え、フレイラは退屈を埋める為に新しい仕事を探すのであった。

 

……

………


一ヶ月後、フレイラの姿は市民街の一角を占める闘技場の中に在った。


そこは賭け試合を行う為の場であり、観客達の声が熱気と共に伝わってくるようだ。

そんな場所で対峙する二人の姿。

 

片や全身鎧に身を包み、巨大な盾を構える騎士風の大男。

もう一方は動きやすさを重視した服装に剣を携えたフレイラだ。

 

観客席からは歓声が上がる。

 

彼等の戦いは既に始まっており、フルアーマーの大男が果敢に攻め立てるが、フレイラはそれを涼しい顔で躱していく。

そして、隙を見て反撃に転じると、大男は後退してそれを防いだ。

そんな攻防を何度も繰り返していた。

 

(……手加減して盛り上げないとなぁ)

 

あまりに一方的すぎると、次から試合を組んでもらえなくなるのだ。

その為、ある程度は力を抑えて戦う必要がある。

 

とはいえ、既にそれなりに見せ場は作ったので、そろそろ決着をつけても良いだろう。

 

そんな事を考えながら、大振りの一撃を避けた直後、勝負は一瞬で決まった。

大男は体勢を崩したのだ。

そこに容赦のない突きが放たれる。

咄嗟に身を引いたものの、完全に避けきる事はできない。

 

そして、剣先が重厚な鎧を貫くと、鮮血が舞った。

その瞬間、会場内にどよめきが走る。

そして、そのまま倒れ伏す大男。

 

その様子を呆然と見つめるフレイラ。

勝敗は誰の目にも明らかだ。

 

「勝者!紅蓮のフレイラ!!」


彼女は片手を上げると、闘技場の観客達に向かって笑顔を振りまく。


「……あれ?」


そして、観客の中に見知った顔がいた事に気がついた。

彼女の視線に気づいたのか、その人物もこちらを向くと手を振ってくる。

 

(あれは確か……)

 

それは、7年間に王都エルムに襲来したノース侯爵とその騎士団長の姿だった。


もっとも2年程前に、旧貴族街にノース侯爵大使館を建てて、そこの大使に就任していた。

騎士団長も職を変え、今はただの女騎士として大使に付き添っているようだった。


(……クロくんと仲が良いんだよなぁ)


こちらにニコリと会釈するマリオン大使に、フレイラは嫉妬の眼差しを向けるのだった。


 



 

 

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