第4話 シスターのお仕事


都市国家エルム 市民街


ハーフエルフの国は、王族を除けば、貴族、国民、市民で構成されている。

そして、新しい国王の方針の元、他種族を市民として受け入れていた。


そんな市民街の一角に、古びた教会がある。


老朽化が進み、壁の一部が崩れ落ち、屋根の一部も穴が空いている状態だ。

本来なら補修すべきなのだが、市民の善意で運営されている為、寄付金が足りず、放置されている状態となっていた。

 

市民街に教会はここだけではないのだ。


そんなボロボロの教会の横には、孤児院が建っていた。

院長室と書かれた部屋では、二人の人物が話し合っている最中である。

 

1人はこの部屋の主である壮年の神父だ。

もう1人は若いシスターである。

どちらも穏やかな表情を浮かべており、会話は弾んでいるようだった。

 

「ラウルくんがね、嘆願書を出してくれていたみたいなんだよ」

 

神父は嬉しそうにそう告げた。

彼はこの孤児院の責任者だ。

親を早くに亡くし、行き場のない子供達を我が子のように愛している人物であった。

 

「ラウルがですか!?」

 

この孤児院出身であるシスター・エリーゼは驚きのあまり目を見開いた。

ラウルとはこの孤児院で育った幼馴染である。

 

つい数年前までは、怪力ラウルと呼ばれるただの農民であった。

それがいつの間にか、国民を飛び越えて、男爵になっていたのである。

 

(……ううん、ラウルなら当たり前!)

 

しかし、エリーゼにとっては驚く程の事ではなかった。

幼い頃から何かある度に自分を守ってくれたラウルは、彼女の英雄だったのだ。

 

(でも、ラウルったら何も言わないんだもんなぁ……)

 

男爵になった今も、彼は市民街に住み続け、休日には教会に祈りを捧げながら、寄付金を納めている。

 

「……顔がニヤついてますよ」

「え!?嘘っ!」

 

エリーゼは慌てて顔を引き締める。

だが、彼女の口元は緩んだままだった。

そんな彼女の様子に苦笑しながらも、神父は話を続ける事にしたらしい。

 

「それでね、大規模改修になるから、大事な荷物があれば移動しておいて欲しいそうです」

「わかりました」

 

そう言って、エリーゼは手元の書類に視線を落とす。

すると、ある項目が目に止まった。

 

「孤児院も建て替えてくれるのね!?」

 

エリーゼの言葉に、神父は頷く。

 

「ええ、ありがたい事です」

「さすが、ラウルだわ」

 

そう言って、エリーゼは笑顔を浮かべた。


院長室を出たエリーゼは、足取り軽やかに一階へと降りる。

そして、中庭に出ると滅多に顔を出さない友人が、子供達と遊んでいるところのようだった。

 

「あら?フレイラ珍しいね?」

 

薄い水色が混じった、白髪の女性だ。

 

この国では珍しい人族で、数年前に遠くから孤児達を懐かしそうに眺める彼女に声をかけたのが、出会いの始まりだった。


「そんな久しぶりになるのかな?」

「そうね、最後に会ったのは1年前くらいかしら?」

 

当時の彼女は酷く落ち込んでいた様子だった。

 

「王宮勤めは退屈だーって愚痴をこぼしてたじゃない?」

「うーん?今もボクは退屈で死にそうなんだよねー」

 

彼女は凄腕の剣士らしく、女王様と一緒に歩いている姿を遠くから見た事がある。

だけど、そんな彼女の仕事をエリーゼは深く聞くつもりもなかったし、彼女も話すつもりがないようであった。


——ボクもこういう場所で育ったから、懐かしいなってね


遠くから孤児達を見つめる彼女と初めて交わした言葉だ。

彼女は悲しそうな顔で、懐かしそうに眺めていたのだ。


そんな彼女が久しぶりに現れたのだ。

嬉しくないはずがない。


それに、今日は嬉しいニュースもあるのだ。

だからか、いつも以上に笑顔になってしまうのだった。

それを見て、フレイラは口を開く。

 

「なんか良い事あったの?」

「うん!実はね……」

 

エリーゼはそう切り出すと、先程聞いた話を伝えた。

それを聞いたフレイラは、まるで自分のことのように喜んでくれた。


「フレイラねーちゃん、稽古つけてよ!」

 

そんな二人の会話に割り込むように、幼い少年が声をかけてきた。

その後ろには数人の少年達が立っている。

どうやら、彼女に剣の手合わせをして貰いたいようだ。

 

「ボクは子供だからって、手加減はしないぞ?」

 

彼女はそれを笑顔で了承する。

そして、細い木の枝を拾うと、少年達に構えるように促した。

 

すると、一番小さな男の子が、木の棒を握り締めながら突撃してきた。

そして、勢いよく振りかぶる。

だが、その攻撃はあっさりと躱されてしまい、フレイラに脇腹を木の枝で撫でられる。

 

彼女はそのまま後ろにいた少年達に一瞬で間合いを詰めると、その頭に木の枝を添えていた。

その動きはとても速く、目で追う事ができない程だった。

 

あっという間に制圧された少年達。

そして、今度は連携して一斉に飛びかかるのだが、全員纏めていなされてしまった。

 

「フレイラねーちゃん、ズルい!」

 

子供ながらの意味不明な抗議の声が上がる。

だが、当のフレイラはどこ吹く風といった様子だ。

 

「手加減しないって言ったよね?」

「そうだけどさー」

 

不満げな声を上げる少年の頭を、フレイラは優しく撫でる。

 

「本気で剣士になりたいなら、これくらいの動きは見切れるようにならないとダメだよ?」

 

少年はその言葉に頬を膨らませると、そっぽを向くように顔を背けてしまった。

その様子を微笑ましく眺めながら、エリーゼは口を開いた。

 

「フレイラ、子供の遊びなのよ?」

「僕がこのくらいの時は、遊びじゃなかったんだけどなぁ……」

 

遠い目をしながら空を見上げるフレイラを見て、エリーゼは思わず黙ってしまった。

 

きっと、彼女には想像もつかない過去があるのだろう。

それでも、こうして孤児達と戯れているのだから悪い人ではないはずだ。


そんな事を思いながら、エリーゼは子供達と遊ぶ彼女を眺めていた。



数日後、教会には手配された大工達が訪れ、工事が始まっていた。

そして、大工とは別に珍しい人族の女性の姿。


「錬金術師のアルフィと申します」

「錬金術師のルリアですわ」

 

白衣に身を包んだ二人の女性はそう言うと一礼した。

 

「錬金術師ですか?」

 

聞き流れない言葉に、エリーゼは首を傾げる。

 

「お姉様の実験の成果を見にきたのですわ」

 

ルリアと名乗った女性は不穏な言葉を口にした瞬間、アルフィに頭を叩かれていた。

その光景を見ていたエリーゼは、苦笑いを浮かべる。

 

「魔導煉瓦ですわ、実験ではないのです」

「魔導煉瓦?」

 

初めて聞く言葉にエリーゼは更に首を傾げた。

そんな様子を見て、ルリアは得意気に説明を始める。

 

「新しい教会に相応しいものを用意しましたの!」

 

しかし、エリーゼにはまったく意味がわからなかった。

教会の方を見れば、大工達が木造の外壁を剥がし、白い煉瓦を積み上げている最中のようだ。

 

(普通の煉瓦に見えるけど……)


「あの、普通の煉瓦に見えるのですが?」

 

エリーゼの質問に、二人は顔を見合わせる。

そして、少し困ったように眉を寄せた。

 

「確かに普通の煉瓦のようだわ」

「お姉様、失敗したのかしら?」

「いえ、組立てられてからが本番よ」

「なるほどですわ」

 

彼女達の会話に付いていけないエリーゼは、呆然と立ち尽くしたまま、二人を見つめていた。

 

「完成したら、また来ますね」

「それでは失礼致しますわね」

 

2人はそう言い残すと、そそくさと帰って行ってしまった。


それから数週間後、教会の改修工事が終わったので、早速中へと入る事にした。

 

外装はボロボロの木造から白い煉瓦造りに生まれ変わっている。

そして、木製の扉を開くと、そこには立派な礼拝堂があった。

 

奥には昔から変わらない女神像が飾られており、左右の壁には貴重なステンドグラスが埋め込まれている。

色鮮やかな光が差し込み、幻想的な光景を生み出していた。

 

「次は孤児院の方だな」

 

大工達はそう言って、孤児院の方へと移動する。

エリーゼは外に出ると、それを見守っていた。


「完成したようね」

「ですわ」

 

そこに二人の錬金術師が現れた。

アルフィとルリアという女性だ。

 

「おかげで立派な教会になりました」

 

エリーゼは丁寧に頭を下げる。

その様子を見た2人も嬉しそうに笑みを浮かべた。

そして、何かを確認するようにアルフィは白い煉瓦に手を当てている。


「お姉様、どうですの?」

 

ルリアの疑問にアルフィは笑みを浮かべた。

 

「ええ、成功のようです」

 

その言葉を聞いたエリーゼは、二人の言葉を思い出していた。


「……魔導煉瓦?」

「ええ、そのうちわかりますわ」

 

意味深な発言を残して、アルフィとルリアは再び馬車に乗り込むと、早々に立ち去ってしまった。

その後姿を見つめながら、エリーゼは小さく呟く。


「なんだったのかしら?」


だが、生まれ変わった教会を眺めていると、やがてその疑問も消え去ってしまうのだった。

 

 

 

 

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