第7話 女騎士のお仕事

ノース侯爵大使館前


女騎士は今日も門番として立っていた。

騎士団長として戦場を駆け抜けていたのも遠い昔、今ではもう昔の栄光など見る影もなかった。

 

(……婚期は完全に逃してしまったな)

 

女騎士は道行く人々、カップルや家族連れを見て、自嘲気味に笑う。

 

だが、後悔はなかった。

剣を捧げた主君と共に数々の武功を立て、一度は騎士団長という騎士の頂まで登ったのだ。


——貴方の席が、私の後ろ以外にあると思ってるのかしら?


そして、引退する主君に着いて行く事も許された。

だから、彼女は自嘲気味に笑う。

決して後悔はしていないのだから。


(さて、そろそろ交代の時間だな)

 

そう思い、懐中時計を取り出した時だった。

突然、目の前に人影が現れたかと思うと、門の前に着地したのだ。

 

「時間厳守は褒められたものだが、いささか無礼ではないか?」

 

その者はフード付きのローブを纏っており、顔はよく見えない。

 

「いえ、団長。ちょっと寝坊してしまいましてね」


その声は若い女性の声だ。

 

「他国の領地だと言う事を忘れるな」

「ええ、以後気をつけます」

 

ローブを纏う女性は、言葉とは裏腹にまるで気にしていなそうな気配だ。


だが、腕は確かだった。

あの地獄のような砂漠、砂の王達を相手に最前線で生き抜いた精鋭騎士なのだ。


そんな事を考えていると、彼女は呪文を唱え始める。

そして、門の前に黒い影が伸びると、その影から衛兵が浮かび上がった。


彼女のオリジナル魔法だ。


「では、あたしは適当にやっておくんで……」

「おいっ」

 

そう言って立ち去ろうとする女の背中に声をかけた。

その声に振り返る女の顔を見て、女騎士は一瞬言葉に詰まる。

 

その顔はとても整っており、人形のように美しかったからだ。

そして、とても冷たく残酷な光を宿していたからだ。

 

「団長?」

「マリオン様の護衛は……」

 

だが、女騎士の言葉を最後まで聞かずに、女が口を開いた。

 

「マリオン様に近づく奴は殺す……一歩でも踏み込んだら殺す」

「……殺すな、捕縛しろ」

 

それだけ言うと、女騎士はため息をついた。

 

「団長ぉ、冗談ですよー」

 

そんな部下の言葉を無視して、女騎士は国民街へ休憩を取りに出るのだった。


……

………


女騎士は、旧貴族街から国民街へと続く道を歩く。


すると同じように国民街へ向かう顔見知りを見つけたので、声をかける事にした。


「フィーナもこの先に行くのか?」

 

声を掛けた女性は、白銀の毛先がキラキラと輝き、まるでハーフエルフのお姫様のようだった。


そして、あの黒髪の道化師のように奥底に底知れぬ畏怖を抱かせる人物でもある。

そんな彼女はクリスティーナ女王の専属メイドであった。


「あ、お姉ちゃん、こんにちわぁ」

 

絶世の美女と呼んでも差し支えのない容姿なのだが、幼い口調のせいで台無しだ。

いや、むしろそれがギャップとなって更に可愛さを増しているのかもしれない。


人と話す事が得意でない女騎士も、マリオンの付き添いで王宮に通う度に彼女と話す事で、自然と癒されていた。


「女王のお遣いか?」

「ううん、今日はお休みだから、お買い物なの」

 

そう言うと、彼女は小さな鞄を掲げて見せた。

それを見て、女騎士は苦笑する。

 

自分とはまるで違う女性らしさが感じられるのだ。

自分が掲げるのは剣ではあり槍であり、彼女が持つような可愛らしいものではない。

 

(私も少しは見習うべきなのか?)

 

ふとそんな事が頭を過るが、すぐに首を振って考えを振り払った。

 

(私には無理だな)

 

そんな彼女の様子を気にした風もなく、フィーナはニコニコと微笑んでいた。

 

「お姉ちゃんも、お休み?」

「ああ、昼飯を食べに行こうとな」

 

そう答えると、2人は並んで歩く。

すると、フィーナが思い出したように口を開いた。

 

「んー、フィーナ美味しいお店知ってるよ?」

「では、案内してもらえるか?」

 

うん!と元気よく返事をすると、彼女は先導するように歩き出す。

 

しばらく歩くと国民街に入り、そこからさらに狭い道を進むと目的地に到着したようだった。

そこはカラフルな看板と外装の店であった。


入り口には大きな黒板が置かれており、本日のオススメメニューなどが書かれている。

中には客の姿もあり、皆一様に笑顔で食事を楽しんでいた。

どうやら人気の店のようだ。

 

店の中に入ると、食欲をそそるような匂いが鼻腔をくすぐった。

それに釣られて、思わずお腹が鳴ってしまう。

 

それを聞いて、フィーナがクスクスと笑う。

女騎士は少し恥ずかしくなりながらも、店員に案内されて席に座った。


「私一人では入りづらい店だったな」

「フィーナは一人で来れるよー」

 

その言葉に、女騎士は苦笑いを隠せなかった。


彼女のように華奢な可愛い女の子なら許されるのだろう。

女騎士は自分の割れた腹筋、鍛え抜かれた上腕二頭筋を触る。

 

そこには柔らかな脂肪の感触はなく、筋肉質で硬い感触があった。

これでは場末の酒場がお似合いだ……と、女騎士は小さくため息をつく。


そんな女騎士の気持ちを知ってか知らずか、フィーナは注文を済ませると嬉しそうに話し始めた。

内容はクリスティーナ女王の事ばかりであったが、彼女の表情はコロコロと変わる為見ていて飽きない。


(彼女に親近感が湧く理由がわかった気がする)


自分がマリオン様に向ける気持ちと、彼女がクリスティーナ女王に向ける気持ちが重なるのだ。


だからこそ、気兼ねなく話せるのだと納得した。

そんな話をしているうちに料理が来たようだ。

 

2人の前に湯気を立てた美味しそうな料理が置かれる。

それは野菜たっぷりのスープパスタであった。

 

「美味しそうでしょ?」

「ああ」

 

無骨にかぶり付くだけの骨つき肉の丸焼きとは大違いである。


女騎士は器用にフォークを操り、口に運ぶ。

その瞬間、口の中に野菜の甘みが広がり、香辛料の香りが鼻を通り抜けた。

それはまさに至福の味であった。


「お姉ちゃん、食べ方綺麗……」

「うん?そうか?まぁ、騎士の嗜みではあるからな」

 

主君に恥をかかせない為、士官学校でマナーや作法は真っ先に叩き込まれるのだ。

 

「フィーナ上手くならない……」

 

自分の不器用さを嘆いたのか、フィーナの表情が曇る。

そんな彼女を見て、女騎士は口を開いた。

 

「クリスティーナ女王には、その事で何か言われるのか?」

「うーん……言われた事はないけど……でも、侍従長は厳しいの!」

 

指で鬼のツノをイメージして見せるフィーナを見て、女騎士は思わず笑ってしまった。

だが、フィーナが本気で悩んでいる事は表情を見ればわかる。

 

だからだろうか……無意識に口が動いていた。

 

「今度一緒に練習をするか?」

 

その言葉を聞いて、フィーナの表情がパッと明るくなる。

 

「いいの!?」

「ああ、構わないぞ」

「やったぁ!」

 

子供のように喜ぶフィーナを見て、今度は女騎士が微笑む番だった。


(私も女性らしい店に行きたいしな)

 

そんな事を考えながら、残りの料理を平らげていくのだった。



 

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