第36話 サルラードシティでの買い物

「結構金が貯まってきたな。ここで一回装備を更新しとくか」


 ロアがサルラード遺跡に移住してから、既に七日以上が経過していた。その間ロアは休日を挟みながら迷宮に通い続け、訓練と並行してモンスターを倒すことで着々と手持ちのお金を増やしていた。


「今回は400万もあるからな。どれだけ買えるか楽しみだ」


 自己最高となる貯金額を倍以上も更新したロアは、端末に映る数字の並びを見て、ニマニマと口の端を緩めた。ロアにとって迷宮の特徴は、自分のスタイルと非常にマッチするものだった。

 迷宮内ではモンスターを倒しても遺骸は手に入らない。手元に残るのは素材や拡錬石ではなく、迷宮内専用のポイントであるエネムとなる。素材や拡錬石が手に入らない分、エネムはそれだけ高く取引されている。モンスターの出現数の多さと遺骸が残らない理由から、一体あたりの換金率は外でモンスターを狩るよりも少ないが、その分多くのモンスターと戦うことができる。そのため戦闘技能に優れる探索者には、迷宮は格好の稼ぎ場となっている。

 これらの事情が、ロアにはとても都合よく働いた。遺骸は残らないので、魔力の供給問題に差し障ると思われたが、それはペロのおかげで解決できた。モンスターを魔力に変えても、エネムは問題なく手に入る。そしてエネムは拡錬石や素材の代わりになる分、高くローグに換金できる。つまりは、拡錬石と素材の二重取りが出来ている状態にあった。そのおかげで外で同ランク帯のモンスターと戦うよりも、総算として遥かに上回る収支を達成できていた。

 毎回取られる資格デバイスの借料や遺跡の往復運賃、宿代などを差し引いても、数日で400万もの大金を稼げた。その事実に、ロアは頰の緩みが止まらなかった。


「ああでも、デバイスはそろそろ借りるのやめて買った方がいいかな? でも壊れたら無駄になるし。悩みどころだな」


 大金の使い道を考えながら、ロアはベッドの上にゴロンと転がった。


「あっ、車両も買いたいな。400万でいいの買えるかな? まあ、足りない分は稼げばいいか。この調子で続ければ1000万、2000万くらいすぐに貯まるだろうし。ふふふっ」


 自分の明るい未来を想像して上機嫌に笑うロアに、ペロが冷静な口調である事を告げる。


『喜んでいるところ悪いですが、そろそろ迷宮から警告が入ると思うので、今のやり方は一旦控えた方がいいと思いますよ』

『……え? 警告? なんだよそれ。俺なんか悪いことしたか?』


 いきなり言われた内容に心当たりが全くないロアは、喜びから一転、困惑を露わにした。


『迷宮に出現するモンスターの存在変換。あれは違反スレスレの行為なんです』


 倒されたモンスターが迷宮に吸収されるのは、その遺骸を回収し再利用するためである。迷宮にとってモンスターとは、迷宮を効率的に稼働させるためのリソースの一部となっている。ロアが存在変換でモンスターを魔力に変える行為は、迷宮から資源を奪っていることに等しい。これは迷宮側にとって見過ごせることではない。


『もしこれが許されれば、迷宮は最終的にリソース不足に陥り、施設としての維持が困難になります。だからそうなる前に、迷宮側から警告を兼ねた強力なモンスターが送られてくるかと思います』

『……それってどれくらいの強さなんだ?』


 送られてくるモンスターが大して強くないならば問題ない。そう考えたロアは少しだけ緊張して聞いた。


『おそらく最初は、二階層のモンスターが現れる程度でしょうね。ランクで言えばD~DDランク相当でしょうか』


 それくらいならギリギリ勝てるかもしれない。ホッと安堵しかけるロアに『ですが』とペロは続ける。


『二回目からは更に下のモンスターが現れるでしょう。そして例えそれを倒せたとしても、最終的には迷宮そのものが敵になります。そうなれば守護者と対峙する羽目になり、勝っても負けても良いことはありません』

「……確か、迷宮内での禁忌だったか」


 モンスターとの戦闘行為で迷宮が損傷しても、それは時間とともにすぐに修復される。ロアはルーマスからそう教えられたが、同時に絶対にしてはならないことも警告された。それが迷宮への意図的な破壊行為である。迷宮を故意に破壊しようとした者には、自身の敵対者を抹殺するため、迷宮から守護者が送り込まれる。それは本来出現するモンスターより遥かに強力なため、並みの探索者では太刀打ち不可能だと言われている。


『はい。リソースの奪取は間接的な施設への破壊に繋がります。迷宮側が黙って見過ごすなどあり得ないでしょう』


 それを聞いたロアは、先ほどまでの考えが否定されて、大きくため息をついた。


「……やっぱ、うまい話ってのはないもんだな」

『時間を空ければ問題ないと思いますよ。短期間での乱用がいけないだけで』

「そうなのか?」


 少し気を取り直したロアの確認に、ペロは断定を込めて『はい』と返した。

 迷宮のリソースは一定時間を空ければ回復する。時間経過でコアや生産設備から必要資源の供給を受けるためだ。それがあるから迷宮は稼働している。エネム交換で手に入る景品もそのようにして用意されている。ロアが存在変換で迷宮のリソースを奪い取っても、それは迷宮の維持に困難だから問題なだけで、その状態から脱していれば問題ではない。ペロはそう説明した。


「それじゃあ、迷宮に行くのは少しだけ休止した方がいいってことか」

『いえ、今の稼ぎ方が良くないだけで、普通に挑む分には全然構いません。それに、出現するモンスターのランクが階層毎に制限されているのは、挑む側としては悪くない条件です』


 出現するモンスターの階層固定は、戦闘に及ぶ際の不確定要素を排除できる利点である。加えて迷宮内は閉鎖環境のため、警戒するべき方向は限られている。外の開いた環境のように、遠距離からの不意打ちを受ける心配はない。強力な探索者は下の階層に挑むため、格上の者と鉢合わせる心配も少ない。他の稼ぎ場と比べても挑む価値は充分にある。


「うーん……そうだな。魔力も資金も余裕出てきたし、一度くらい普通に挑んでみるのもいいかもな」


 そう結論を出して、ロアはこの後の外出のための準備を始めた。




『220万か……。やっぱ魔導装備って高いな』

『前のより性能も低いですしね。これを買うなら、まだブレード二本差しにした方がいいかもしれません』


 探索者向けの専門店にやって来たロアは、厳重なショーケースに入った商品の前で小さくうなだれた。


『こんなことなら限界突破なんて使わなきゃよかった……って今更言ってもなぁ』

『本当に今更ですね。全部自分で決めたことでしょうに』


 遠距離攻撃の手段が欲しいと思い、以前使っていた魔力収束砲と似た装備を探したロアだったが、手持ち資金と相談して決めると、以前の下位互換品にしか手が届きそうになかった。


『かといって銃もなぁ……。弾薬費は嵩むし装備重量は増えるしで、正直使いたくないんだよなぁ』

『使い慣れないという点もありますね。今のあなたなら、前に出てブレードを振り回す方が強力でしょうから』

『それもあるよなぁ』


 銃を手に入れても、結局自分には前に出て戦うスタイルが身についている。魔力収束砲は一撃の威力に優れ、接近前の牽制やトドメの役割を果たしていた。だが中遠距離での戦闘を主体とする銃では、その役割を担わせるには微妙だ。悪くはないが、最善とするには色々とお粗末で、ちぐはぐな印象は拭えない。


『あー、でも、弾薬費を消費魔力だと考えればそこまで損でもないのか? あっ、そういえば銃には魔力強化って有効なのか?』

『はい。魔力強化の本質は限定解除や限界突破に近いです。どんな道具にも、それこそ生き物にだって有効ですよ。肉体強化の例もありますしね』

『そうだったのか』


 銃に魔力強化が有効ならば、ブレードのように、本来よりずっと高い威力が見込めることになる。案として好みではなかったが、現実的に強くなる方法を考えるなら、ベストに近い選択かもしれない。

 ここに来て候補が入れ替わる事実に、ロアは悩ましげに頭を捻らせた。


『ううん……結局どうするのがいいんだろ。全然わかんなくなってきた』

『無理に戦い方を変える必要はないと思いますけどね。特にあなたは近接戦闘に優れるので、それに重きを置いて装備を選ぶのが一番だと思います。この先別の戦闘技術が必要になるなら、資金に余裕ができたとき都度考えればいいでしょう。対応力を求めてあちこちに手を出しても、総合的にはどっちつかずの中途半端で終わってしまうだけです』

『……そうだな。銃とか買うにしても、もっと後でいいよな。よしっ』


 今度こそ方針を決定させたロアは、この場を離れて近接武器を扱っている売り場へ赴いた。


『……どうせ買うなら魔導装備がいいと思ったけど、こっちはこっちでめちゃくちゃ高いな』


 近接系魔導装備の価格は、遠距離タイプのものと大差なかった。そしてその中には剣の形を成していない物まであった。


『このマナブレードってなんだ? 見たとこ刃は無いけど』

『魔力を込めると刃が生成されるタイプの非実体剣ですね。ブレードが生成されるタイプとしては、魔術機構の無いありふれたものと言えます』

『そんなのでも1800万もするんだもんな……。どうかしてる気がする』


 近接系魔導装備の中でもマナブレードは特に高いが、他のも似たり寄ったりである。400万を切る価格のものはほとんどなかった。


『買えそうなのは刃の付いたタイプくらいか。これは普通のと何が違うんだろ』

『おそらく武器強化の疑似再現効果があるのだと思います。強化は重複しないので私たちには不要な物です』


 手が届くかと思えばこんな具合である。まさに値段相応を表した性能の物しかない。


『付帯効果まで期待して購入するには資金が全く足りません。素直にシンプルを買いましょう』

『結局いつもの流れか。仕方ないんだけど』


 自己最高額の貯蓄と言っても、探索者にとっては大金と呼べる額ではない。ロアの懐具合で多機能な高付加価値装備に手を出すには、まだまだ時期が早いと言わざるを得なかった。

 そういうわけで、ロアは現在よりも高価な強化ブレードと、戦闘服や靴を含めた諸々の雑貨類を買い足して、商店を後にするのだった。




 荷物が増えたロアは、一度宿に帰還して持ち物を整理することにした。靴は早速新しいのに履き替え、皺のない戦闘服は今すぐ着る必要もないので放置する。下着や肌着も同様だ。これらは入浴後にまとめて着替えることにした。元々着用していた物は、勿体無いが処分することにした。ロアに普段使いとの切り替えという意識はない。着れる衣服は着なくなるまでずっと着る。着なくなったら処分する。無駄な荷物にもなるので、それが本人にとってはベストな選択だった。


「勿体無い気はするけどな」


 着ようと思えばまだ着れる。金がない頃なら間違いなく手元に残した。それを捨ててしまうのは、価値観の変異が起きた今でも乗り気でとはいかなかった。


『勿体無い精神を発揮しても、どこかで必ず限界がきます。物を大事にするのは良いですが、適度な断ち捨ては必要ですよ』

「そうだけど、お前はこういうの否定的な立場かと思った」

『そんなことはありません。私はずっとこんな感じですよ。道具を大切にすることと、使わなくなり捨て去ることは決して相反しません。使い道のない道具はさっさと捨てられるべきです』


 さも当然といった様子でペロはそう述べる。ロアはなんとなく釈然としない思いだったが、掘り下げる内容でもないので、この話題はそれで終わらせることにした。

 ロアは端末を覗き、残高を確認した。


「色々買ったけど30万も残ったな。どうしようか」

『無理に使い切る必要もないのでは。何かの備えとして残しておくのも良いと思います』

「そうだけどさ。まだ情報記録装置とか欲しいものがないわけじゃないし、端末の画面とか修理したいし。これだけまとまった額残すのもどうかなと思って」


 400万を稼いだ今、30万を大金と呼ぶことはもうないが、それでもそれなりの金額であることに違いはない。溜め込んでも仕方ないので、使うときに使い切るのがいいと思った。


『それなら端末の修理だけでもしましょう。次にひび割れたら、今度こそは内部機構にまで損傷が及ぶかもしれませんので』

「それが一番か。これ壊れたら困るし。でも足りるかな? 新しく買った方がいいとか困るんだけど」

『画面部分の損傷だけでぼったくられることはないと思いますが、それなりの金額は覚悟した方がいいかもしれませんね』


 探索者用端末は高価なため、その分修理費用も高くなっている。それに加え、購入した都市以外ではメーカーの正規店が必ずしも存在しないために、かなり割増な費用や質の低い修理しか受けられないこともある。

 境域ではそれぞれの都市が自立した経済活動を築いている。交易による一定の経済交流はあっても、他都市に依存しない独立した運営を維持しようとする傾向が強い。そのため一つ都市が違えば、そこに出店する店舗や企業が全く違うことなどもあり得る。広範囲に販路を広げる大企業や、同地域同勢力下にある都市など、一定の繋がりや結びつきがなければ、受けられる保証や入手できる物資は大きく変わってくる。

 場合によっては、修理のためにかなり高額な費用が取られるかもしれないことも、ペロは忠告した。


「うーん、まあ行くだけ行ってみるか。足りなかったからお金が貯まるまで待つか、いっそのこと新しいのでも買おう」


 そう決めて、部屋を出て端末の修理を請け負う店に向かった。

 徒歩で移動するロアは、周囲の街並みに視線を送りながら舗装路を進んだ。


『ん? あの後ろ姿って、ルーマスか?』

『みたいですね』


 途中、知り合いらしき人物が、見知らぬ者を伴って歩いている姿が目に入った。


『あいつ、車を持ってるのに徒歩なのか。なんでだろ』

『都市周辺というのは狭いですからね。交通の便の悪さか、機動性などから徒歩を選択しているのでしょう。それか、単純に散歩をしたかったのかもしれません』

『なるほどな』


 話しかけるのも悪いと思ったので、ロアは自分の目的地に構わず向かうことにした。

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