第35話 久しぶりの訓練

「一度の迷宮探索で15万ローグか……。思ってたよりずっと稼げたな」


 ルーマスと二人で迷宮に挑んでいたロアは、ほどほどのところで探索を切り上げて地上へ戻ってきた。普段の遺跡探索とは異なる閉鎖環境や、格段に多い戦闘回数。迷宮初心者であるロアの状態を考慮して、ルーマスは早めの引き上げを判断した。実際のところロアにそれほど疲労はなかったが、判断や指示は全て聞くと決めていたので、それに反することなく従った。

 自分の端末に記録された残高を見ているロアに、同じくエネムの精算を終えたルーマスが声をかける。


「それはお前が強いからだよ。普通のEランクだったらその半分も稼げないだろうな」


 通常の探索者はチームを組み、複数人で迷宮に挑む。通常の遺跡探索でかかる費用に加え、人数分のデバイス貸出料が上乗せされる。モンスター討伐が得意なチームでなければ、赤字になることも珍しくない。得意であっても、一層でしか通用しないDランク以下のチームでは、それほど多くは稼げない。本格的に迷宮探索で稼ごうとするならば、中級探索者相当の実力が必要となってくる。

 ロアの場合、戦闘力において既にDランクを超えている。短時間の探索でも、並みのEランクより稼ぎが多くなるのは当然であった。


「ふーん……あっ、デバイスの借料払っとくよ」


 貸し借りの関係をいつまでも続けたくなかったので、ロアはこの場で支払いを済ませた。


「律儀だねぇ。踏み倒す輩よりは、遥かにマシだけど」


 個人間送金で受け取りを確認したルーマスは、自分の端末を懐にしまった。


「俺はこのまま都市に帰るが、お前はどうする? もう少しここに残っていくか?」

「いや、俺も帰るよ。取り敢えず、今日泊まるところには困らなくなったし」

「そうか。なら乗ってけよ。今日一日はお前の足を負担してやるからよ」


 今更断る理由もないため、ロアは相手の好意に甘えた。




 迷宮遺跡を後にした二人は、寄り道もなくサルラードシティに戻ってきた。

 車を手動操縦するルーマスが、助手席に座るロアへ声をかける。


「この後飯でも食ってくか? こっちも今日限定で奢ってやるぞ」

「うーん……それはいいや。借りを返したそばから作りたくないし。食に金かけるほど、手持ちに余裕があるわけでもないから」

「そうか。ならこの辺で降ろしていいか?」

「ああ。今日はいろいろ教えてくれて、ほんとにありがとな」


 停車した車から下車したロアの礼に、「いいってことよ」と片手をブラブラ振り、ルーマスは車を発進させた。その後ろ姿を見送ったロアは、自分もこの場から移動する。


『運が良かったな。初めての場所に来て、あんな親切な奴に会えて』


 新しい土地へ来ることへの不安。知らない顔や未知との遭遇。それらに決して心配を抱いていないわけではなかった。しかし、それを払拭するような出会いを早々に得られた。幸運なことだと思った。


『あんなことがあったばかりでしたからね。確かに世の中捨てたものではないです』

『そうだな』


 裏切りや殺し合いを警戒し、関係構築を拒んでいれば、今日のような幸運は訪れなかった。自分の気の持ちようが、この出会いを生んだのだ。それを自覚して、やはり自分の選択は間違っていなかったと、こういう生き方でいいのだと、認識することができた。

 それがなんだか嬉しくて、ロアは自然と笑みを浮かべた。

 少しだけ気分を弾ませて、懐に余裕が戻ったロアは、今日も宿に泊まれることへ感謝した。




 昨日と同じ宿で目覚めを迎えたロアは、二日連続で迷宮へ赴くことにした。昨日一日で迷宮への挑み方は理解した。別の場所に挑むよりは、ここでしばらく稼ぎ、装備を整えようと考えた。

 無人運転車を使った協会の輸送サービスを利用し迷宮に来たロアは、昨日と同じような手順で資格デバイスを借り受けて、再び内部に足を踏み入れた。


 獲物の奪い合いやトラブルなどを警戒して、他の探索者と道が重ならないよう意識して通路を進む。そうして他の探索者の姿が見えなくなったところで、ペロがいきなりあることを言い出した。


『久々に訓練を行おうと思います』


 唐突なその一言に、ロアは不思議に思いながら応答する。


『それはいいけど、言うなら入る前に言って欲しかったんだけど。訓練なら外の方がよかっただろ』

『外でもいいのですが、金策も兼ねるというあなたの懐を気遣った形です。それに訓練には迷宮という閉鎖環境も重要なので、ここが色々と都合よかったのですよ』

『まあ、それはありがたいけど……』


 訓練をしたらモンスターと戦う時間がなくなると思ったが、ペロが言うなら考えがあるのだろうと、そこら辺の事情は無視した。


『それで、訓練って具体的に何をするんだ?』

『魔力の応用利用の一つ、壁面歩行です』


 それを聞いたロアは、意味を理解して訝しげな面持ちになる。


『……壁面歩行って、壁を歩くってことか? そんなことできるのか? 』

『できます。できなければいけません』


 ペロは強い言葉で続ける。


『この先探索者として活動していけば、より強力なモンスターと激しい戦闘を行うことになるでしょう。中には魔神種やそれに準じる存在との対峙も十分にあり得ます。これはそういった怪物たちに対抗するための、最低限必要な戦闘技術なのです』

『最低限? 壁を歩くのが?』

『はい。これは空間歩行を覚えるための前段階でしかありません』


 上位の戦闘能力を有した者の場合、その戦闘速度は時に弾丸の速度を上回る。極限まで強化された肉体は、生物生来の物理限界を容易く突破する。しかし魔力強化された肉体は耐えられても、周囲の環境までもそうはいかない。人外の脚力が生み出す反発力に、足場とする地面や建物は耐えられない。それは強くなるほどに顕著となる。それを回避するために、足場を形成する技術は必須となってくる。


『そしてこれは直接戦闘に限りません。魔術の中には相手の足場や姿勢制御を崩すものもあります。それらに対応するため、最低限必要な技術となるわけです』

『強くなるには避けて通れないってことか』


 ロアの納得に『そういうことです』とペロは頷きを返した。

 探索者を続けるなら強くなって困ることはない。それを理解しているロアは、ペロの言われた通りに訓練を開始した。


『まずは私がお手本を見せます。それを感覚で覚え、実践してください』


 ペロの発言とともに、自分の身体の操作権が失われていくを感じる。抵抗すれば取り戻せるだろうが、そんなことをしても無意味なので、ただ己の感覚を研ぎ澄まし、されるがままに任せた。

 右足の裏が壁に押し付けられる。意識はそのままの頭でなんとなくそれを見ていたら、すぐに左足も地面から離れ、右と同じように壁へ押し付けられた。途端に背中は地面と水平になり、平面に立つときとは異なる負荷が体にのしかかる。それを若干苦しく感じ、さりとてどうにもならないと考えていると、またも右足が壁から離れ、前という名の上方向に歩みだした。そのまま左と右が交互に進んでいく。

 自分の体なのに自分ではない何かに操られ、壁という歩行不可能面を歩かされる。そこへ更に重力による負荷が加わり、体に疲労や負担が溜まるのを感じる。その非現実的な現実が、ロアの思考を混乱状態に陥らせようとする。今すぐ壁から足を離し、楽になりたいという衝動が湧き上がってくる。

 ストレスからの解放を求めるロアに、すくそばから鼓舞する声がかけられる。


『やってみて、やってやれないことなどありません。集中して』


 現在自分の体の主導権を握っている相棒の言葉に、ロアは混乱から立ち直り、足元の感覚に意識を集中させる。これは誰のためでもなく、自分のための訓練なのだと意識を改めて。

 天井付近まで到達したロアの体は、そこで折り返すと床面の方へと歩いていく。背中からかかる圧力がなければ、壁だと錯覚する地上へと向かっていく。

 だんだんと床面が近づいていき、残りの距離が自分の身長を下回ったとき、ようやく足が壁から離れ、体は重力の法則に従った。体が自由になったことを確認したロアは、足元をつま先で軽く突いて感触を確かめると、大きく息を吐き出した。


「……大変だった」


 息を吹き出す最後に、それだけを感想として付け加えた。


『落着しているとこ悪いですが、これで終わりではないですよ。今から自分でやってもらうんですから』

「うへぇー……」


 されるがままでもこれだけキツイのに、次からは自分でやらなければならない。強くなるために訓練の必要性は理解していても、積極的にやりたいかと問われれば、全くそんなことはなかった。


『まあ、やるけどさ……』


 ぐちぐちと不満を吐いても全く成長しないので、ロアは意識を切り替え訓練を開始しようとする。そうして自分の中にある魔力を知覚始めたところで、とても重要なことに気づいた。


『あっ……! ペロ! 不味いことがある!』

『なんですか急に。そんなのありましたっけ』

『あるに決まってるだろ! 魔力だよ魔力! 魔力が無くなりそうだろ!』


 サルラードシティへ来るまでに、手頃なモンスターを倒して魔力を蓄えようとした。が、それは魔神種の攻撃により失ってしまった。だから早急に生体型のモンスターを倒して魔力を補給しなければならない。そういう思いもあって遺跡に来たのに、珍しい迷宮遺跡の存在に意識が傾いてしまい、死活問題である筈の魔力に関する内容が頭から抜け落ちてしまっていた。

 朝の時点で気づくべきことだったと、自分の馬鹿さ加減に呆れながら慌てるロアへ、平静な口調でペロが言う。


『ああ、そんなことですか』

『そんなことって重要なことだろ!? 魔力が無くなったら戦えなくなるんだぞ!!』


 焦るロアとは対照的に、あくまで落ち着き払った雰囲気で、ペロがある方向へとロアの意識を誘導する。


『魔力ならあるではないですか。あそこに』

『……どこだよ。ってモンスターじゃん! 気づかなかった!』


 ロアの二十メートル先には、こちらへ近づくモンスターの姿があった。そこまで接近されてるのに気づかなかった自分に、またも驚きながら呆れ返った。


『ダメダメだな俺って……』

『いつも通りですね。それよりさっさと倒しましょう』


 ブレードを引き抜いたロアは、残り少ない魔力を歯がゆく感じながら魔力強化を使用した。

 前方の敵数は、運がいいか悪いか一体である。数の面では大したことないが、感じる存在感では、昨日倒したモンスターのどれよりも上だった。油断せずに身構えた。

 橙色の毛並みをしたずんぐりむっくりした体型に、そこから伸びる短い手足。機動力に難がありそうな姿を見て、ロアはどんな攻撃が来るのか警戒を強めた。

 視線の先で、モンスターの口内が僅かに膨れ上がる。その直後、口から赤色の球体が飛び出した。


「うおっ!」


 高速で飛翔する火球。それに少し驚きつつも、ロアは横にずれて回避した。火球はロアの後方へと飛んで行き、大きく音を立て爆ぜた。


『火魔術ですね。魔力を使えない常人ならば炭化して死にますが、あなたなら大丈夫ですよ』


 結構な威力だと少々戦慄していたが、それを聞いたロアは恐れず相手に向かっていった。

 二度目の魔術がモンスターの口から吹き上がる。間隔の空いたその攻撃を、初動を見切り難なく躱す。地を這うように走り、ブレードの間合まで距離を詰めた。

 付近まで近寄ったロアは、相手の正面を少し周り込み、モンスターの頭部に側面から刃を通そうとする。そのとき、モンスターの体が燃え上がった。

 突然の変化に驚くロアだったが、臆さずブレードを振り下ろした。魔力で強化された刃は、炎の勢いに圧されることなく、それを生み出すモンスターの体躯ごと断ち切った。首が半分以上断ち切られ、胴体は力を失い崩れ落ちた。


「あっつ!」


 戦闘は終わったが、未だ燃え残る火と熱せられた空気を浴びて、ロアは慌ててモンスターの遺骸から離れようとした。しかし、それはすぐに鎮火した。


「えっ? ……ああ、もしかして魔力に変えたのか?」

『はい。迷宮に吸収される前ならば魔力変換は有効です。昨日は他人がいたので使えませんでしたが』


 それは知らなかったと感心して、ロアは自分の手に持つブレードの刃に視線を落とした。


「炎を斬ったからやばいと思ったけど、案外……ちょっと溶けてる?」


 ブレードの刃先が、少しだけ歪んでいるように見えた。


「すごい高温だったんだな、あいつの吐き出した炎。まだ消えてないし……あっ、消えた」


 モンスターの吐き出した火が、使い手が死んでも燃え続けていることにロアは驚いた。


『魔力が燃焼材の代わりを果たしていたのでしょうね。あのタイプの魔術はまともに受けると消火に苦労します。魔力操作に長けていれば問題はないのですが。残り火は迷宮の状態回帰機能が消したのでしょうね』

『ルーマスが言ってたやつか』


 迷宮の壁や床は、戦闘の余波で破壊されても一定時間経てば自動で修復される。意図して破壊を行わなければ損害請求などされる心配もなく、全力で戦っても構わないと教わっていた。


『迷宮って不思議だよな。壊れても勝手に直るし、モンスターとか知らないうちに現れるし。こいつらがどこから出てくるか知ってるか?』

『その辺の壁や床からだと思いますよ。それ以外は効率悪いですし』

『え? モンスターが生えてくるの?』


 ロアは驚いて、自分のいる左右の壁や床をキョロキョロ見回した。


『安心してください。人の近くには出現しないでしょうから。周辺無人地帯に出現がデフォになっているのだと思います』


 迷宮こと魔物の再現施設は、その設計コンセプトからして、魔物の出現が挑戦者に見られないように設定されている。周囲に人がいても構わず出現する所もあるが、セイラク遺跡の迷宮は娯楽目的の要素が強いため、プレイヤーに配慮された形となっている。


『目の前で突然魔物が現れたら雰囲気ぶち壊しですから』

『よく分からんが、そういうことならありがたいな』


 訓練しているときにいきなりモンスターが現れたら堪らない。現代人にも優しい迷宮の設定にロアは感謝した。





『……思ったけど、これって魔力の無駄じゃないか?』


 しばらくの間ペロの手本を参考に壁歩きをやってみたロアは、想像以上に魔力の消費が激しいこと理解をして、疑問の声を漏らした。いくら戦闘に役立つとはいえ、攻撃や防御面以外でこれだけの魔力を消費してしまえば、収支にも影響して後の活動に差し障ることになる。便利で有用なのは分かるが、必須とまで言われる理由は分からなかった。

 抱いた疑問点を伝えると、ペロはその指摘を部分的に否定した。


『それは魔力でなく、扱いの方に無駄があるのです。魔力操作に熟達すればこの無駄は無くせます』


 人外の脚力に耐えるには、それに耐えるための強固な足場を作る必要がある。そしてそれほどの足場を作るには、相当な量の魔力を使うことになる。


『ですから魔力切れを防ぐため、放出した魔力を回収して再使用するのです。足元に放った魔力はまだ自分の制御下にありますから、それを活用するのです。これを魔力の循環利用と言います』

『あー……前に聞いたことあるかも』


 訓練初期に似たようなことを言われたのをロアは思い出した。


『これを習得すれば扱える魔力が実質増えます。だからこちらも意識して訓練に臨んでください』


 今まではサポート容量が空いていたペロが、放出魔力の循環利用を負担していた。しかしこの先ロアが強くなっていくごとに、優先度の高い支援に切り替えていく必要がある。基礎的な技術は本人に習得してもらうのが一番であるとペロは説明した。それを聞き、ロアは気合いを入れ直して訓練を再開した。




『ふぅ……魔力を出して取り込んでと忙しいな。ちょくちょくモンスターも襲ってくるし』


 壁に足をくっつけるだけなら大分様になってきたロアが、訓練に一区切りをつけてぼやいた。

 魔力の性質を自前で変質させて、壁に対して接着性を持たせる。言葉にするだけなら簡単なこれだが、この感覚を独自で模索するのはかなり難易度が高い。ロアは魔力の順応性に優れているが、扱いに関してはそれほどではない。にもかかわらず短時間でこれを可能としたのは、当然の如くペロの存在が大きい。完璧な手本とも言うべき模範。それが先に用意されていたため、ロアはその感覚を真似するだけでよかった。加えて、ロアの魔力操作に無駄が多少あるたびに、ペロが微修正を与えていたのも関係した。それらのサポートに、本人のセンスや集中力なども合わさり、驚異的とも言える速度で技術を習得していた。

 想定通りの結果に、内心満足しているペロが言う。


『これくらいにして、今日はそろそろ帰りませんか。一日で垂直立ちができるようになれば十分です。訓練はまだ初日ですし、無理することもないでしょう』

『うーん……まだ余裕ありそうだけど、確かに無理は良くないよな。よし、帰ろう』


 迷宮は光量の変化がないため、外と異なり時間感覚が狂いやすい。ロアが思っているよりも長い時間が経過していた。

 迷宮内では閉鎖空間特有の圧迫感や孤独感、モンスターへの警戒や戦闘など、精神的ストレスが生じる要因は複数ある。本人の自覚はなくとも、心身には結構な負担が溜まっていた。ペロが雑談を挟むことにより多少のストレスは緩和されているが、言葉通り無理する必要はどこにもない。帰りの戦闘も考慮すれば、余裕を持っての撤退は当たり前のことである。

 相棒の助言を無視していいことがあった試しがないのと、探索者として身についた常識から、ロアはあっさりと迷宮からの帰還を決定する。


『帰るのはいいとして、道どっちだっけ。デバイスで確認するか』


 資格デバイスには基本機能として、エネムの自動取得の他に自動マッピング機能も存在する。借りた端末でも、地上施設にあるエネム管理機器と同期させれば、紐付けられた個人データからマッピング情報は引き継ぐことが可能である。

 ロアは前回と今回で埋まった迷宮内のマップデータで、出口までのルートを確認した。


『ロア、他の者が来ました。一応気をつけてください』

『ん?』


 ペロからの呼びかけに、ロアは通路の一方向へ視線を送る。その方向からは数人の探索者が歩いてきた。

 こんなことがあるのも始めてではない。昨日今日で何度か体験しているので、ロアは特に慌てることなく、静かに通路の端に寄った。迷宮内では探索者からの襲撃もあり得るとルーマスからは教わったので、少々身構えながら彼らが通り過ぎるのを待った。

 彼らとの距離が縮まり、薄暗い迷宮内でも相手の容姿や身なりが判別できるようになる。五人組である彼らは、ロアから見てどうにもくたびれた様子が強かった。一人は装備の損傷が激しい。もしかしたら何か狩で失敗したのかもしれない。

 軽く考察しながら相手を観察していたロアに、同じく進行方向にいる相手へ視線を送っていた五人組のうちの一人が声をかけた。


「おい、お前一人か?」


 話しかけられるとは思わなかったが、無視するのも悪いと思いロアは答えた。


「見た通りだ。一人だよ」


 男の視線がロアの左腕、そこに付けられているデバイスに向いた。そこでロアは警戒を強めた。

 視線をすぐに戻した男が再び問いを発する。


「順調か?」

「……まあまあだな。あいにくとこっちは一人だからな」


 思考するように僅かに目を細める男と、ジロジロと無遠慮に視線を向けてくる他の四人。

 何の算段をつけているのか。相手のそれを鬱陶しく感じたロアは、静かに左手をブレードの柄に置いた。


「話がないならさっさと先に行ってくれないか。これ以上は不必要な邪推を生むかもしれないぞ」


 その言動に、男たちから発する警戒感が増した。中には露骨に武器を構えようとする者もいる。ロアはそれに一切物怖じせず、威圧するように視線を鋭くした。

 雰囲気の変化に男たちが微かに後ずさる。それを見て、ロアは相手がそれほど強くないことを理解した。

 そのまま睨み合いが数秒続いたところで、最初に話しかけてきた男が口を開いた。


「……そうか。つまらん質問をして悪かったな。行くぞ」


 リーダー格らしき男が促すと、仲間は舌打ちしつつもその指示に従った。通路の奥へとその背中が消えていくのを見送り、存在感知の範囲からも外れたところで、ロアはようやく警戒を解いた。


『一人対五人だったけど、案外襲われないもんなんだな』


 ロアは昨日のルーマスとの共同探索で、雑談の種にどうすれば他の探索者に襲われないかを聞いていた。それに対する彼の答えは簡潔だった。舐められないようにする。それだけだった。


『お前は魔力強化も使えるしランク以上に強いんだから、もっと堂々としとけ。ただでさえソロで活動する装備が貧相な子供って襲いやすい要因が揃ってるんだから、威圧感を前面に出すように立ち回れ。襲う側もまるっきり馬鹿ってわけじゃないから、返り討ちにあうと理解すれば行動には移さない。そうする方がお互いのためだ』


 そうルーマスから助言を受け、ロアは他の探索者と対峙するときは、なるべく舐められないようにと意識を改めた。先ほどのやり取りが初めての経験だったが、意外と悪くない結果に終わり安堵した。


『先に手を出させれば、大義名分のもと持ち物とエネムを強奪できたんですけどね。相手を見て対応を変える輩に配慮する理由は見当たりませんし、させるがままに任せればよかったですのに』

『だとしても、俺だって好きこのんで殺し合いなんかしたくないの。物騒なこと言うのはやめてくれ』


 仮に得られるものがあったとしても、不必要な戦闘はなるべく避けたい。そう考えているロアは、過激なことを言う相棒に苦笑しながら反論した。


『相手を殺したらエネムが手に入るなんてことがなきゃ、迷宮での殺し合いも減ると思うんだけどな。親切なのか不親切なのか分からん仕組みだよな』


 装備は手に入るので、殺し合い自体は無くならないと考えるロアが言った。


『これはあくまで娯楽なので、人とモンスターが戦うより人と人が殺し合う方が、プレイする側にも見る側にも好まれるということなんでしょうね』

『そんなのの何が面白いのかね。旧時代の人間も変わってるんだな』


 人同士の殺し合いなどありふれている現代。その価値観で感想を抱いたロアは、昔の人間の変わった趣向に呆れながら迷宮から脱出した。

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