第37話 お宝探し

 買い物を終えた翌日、ロアは探索者活動を再開して遺跡に来ていた。

 今日訪れたのは迷宮の方ではなく、外にあるセイラク遺跡そのものの方である。迷宮挑戦への間隔空けと気分転換を求めて、遺跡でお宝探しをしようと思ったのだ。


『別に、絶対モンスターと戦わなきゃいけないってこともないしな。こういうのも探索者っぽい……というか、こっちの方がそれらしいし』


 輸送サービスで一度前線基地に来てから、折り返すような形で制圧済みとなっている場所へ足を運ぶ。制圧済みとされているが、全くモンスターが出ないわけではない。それなりの警戒心を持って歩みを進める。


『思ってたより人がいる感じがするな』


 いつものように存在感知で周囲の様子を探っていると、チラホラと人の気配が感じられた。普通の探索者は迷宮か、更に先の未攻略地帯に挑んでいると思っていたロアは、それを知って少々意外な気持ちになった。


『同じことを考える者は少なくないということですね』

『そうみたいだな。ルーマスも言ってたし』


 未発見の遺物に一攫千金を求める者や、探索者としての経験が未熟な者たち。そんな彼らがそれぞれ大金や経験を求めて、攻略済みの遺跡に挑戦する。それもまた、境域では当たり前の光景となっていた。


『俺も負けないようにって、張り合うことでもないんだけどな』

『そうですね。慌てる探索者は稼ぎが少ないというやつです』


 頭の中の相棒と雑談を交わしながら、ロアは遺跡の中をぶらついて回る。こんな時でも訓練の機会を欠かさないように心がけて。

 現在ロアがやっているのは、壁面歩行の平地版である。はたから見ると、ただ地面の上を歩いているようにしか見えないこれも、地面への接地や接着、足場維持を意識しながら行われている。完成形は何もない中空に自在に足場を形成することだが、多くの場合はやはり大地での戦闘が主となる。そのための訓練である。

 一棟のビルの中を、ロアは崩落に気をつけて進む。外観は風化や劣化がとことんまで進行しつつも、屋内は未だかつての面影を残している。そんな中を進み、時折室内に入りながら、空っぽに近いそこを適当に歩き回った。


『それにしても、全然物が残ってないな。まさか、この中にあった全部がお宝だってわけでもあるまいし』

『いつからここに人が入るようになったかは分かりませんが、時間だけは数十年、数百年とあったわけですからね。まだ先史文明が過去のものとなって間もない頃、現代の文明が育ち切る前から行われていたのだとしたら、現在基準でのガラクタ含め、金目のものは全て持ち出された後なのかもしれません』


 ペロの考察に『なるほどなぁ』と感心したロアは、ネイガルシティでの経験を思い出した。


『だけど、こんなんじゃここに来た意味が全然ないぞ。お前の力でなんかいい感じに、価値のあるものとか発見できないか? 金庫みたいなの』

『できるかできないかで言えばできると思います。ただその場合、余計な厄介事も引き寄せるかもしれません』

『厄介事?』


 現在ロアが展開している存在感知は、ロアを主体としつつ、それをペロが補助する形で行われている。具体的には未熟なロアの感知行為を、ペロが無駄な魔力を絞り、他者に察知されないよう魔力の質を微妙に変質させるなど調整している。だから相手が相応の索敵能力を持たない限り、居場所の逆探知はもちろん、存在感知自体を察知されることもない。しかし当然これには限界範囲が存在する。限界以上の感知、ペロの精密制御を超えて行うそれとなると、その限りではない。


『他者はもちろんのこと、魔力の感知能力に優れたモンスターをも呼び寄せる可能性があります。正確にこちらを特定するのは困難でしょうが、希望的観測に過ぎません。万が一を考えるのならやめた方が無難だと思います』


 ロアが他者の探知行為を察知できたように、他者もロアの存在感知を知覚できる可能性がある。それは魔力に優れた者ほど顕著である。ペロの見立てでは、サルラードシティの探索者はネイガルシティのそれよりもずっと優れている。ルーマス一人を例にとっても、彼と同格と呼べる者はネイガルシティでは数人程度だった。であるなら、中には彼を軽く凌駕するような実力者が、何人もいるかもしれない。そして、その者たちが善性の輩という保証はどこにもない。

 仮にここでロアが不必要に魔力を垂れ流す行為をすれば、そういった者たちに捕捉される危険性が高まる。その結果、それだけの存在感知を行える使い手がいることを知られ、相手の興味を引くことになるかもしれない。それこそが最も不味い事態である。ネイガルシティではたまたま敵対した相手が格下だったに過ぎない。襲ってくる敵が、常に自分より弱いことなどあり得ない。それを鑑みれば、慎重を期すに越したことはない。


『……そういうことなら仕方ないか。君子危うきに近寄らず、ってやつだったか』


 ネイガルシティで不用意に力を発揮して、襲われる要因を作ったことはロアの記憶にも新しい。それが原因で都市を移住する事態になったのだ。新天地でも同じことを繰り返しては、その意味がなくなってしまう。あくまで可能性の話でしかないが、それを軽んじるつもりはなかった。


『なんにしろ、地道に探すしかないってことか。それがほんとにあるならだけど』

『歩いていればそのうち何かにぶつかりますよ。それが良いものであることに期待しましょう』

『そうだな』


 そのままロアは、一日中モンスターとも出くわさないまま遺跡の中を歩き回り、結局なんの成果も得られないまま帰還することになった。




『昨日は駄目だったけど、今日こそ何か見つけないとな。二日連続で成果なしは困る』


 前日に引き続き、ロアはお宝探しのために遺跡へ来ていた。

 端末の修理を後回しにしたので、切羽詰まるほどの状況ではない。迷宮に行けば稼げるという根拠もあるため、心身には比較的余裕がある。数日を無駄に費やしても大した問題はない。しかし、余裕があるからと言って、無収入で終わりたいわけでもない。目に見える成果が欲しいと考えていた。


『昨日の時点で、ある程度お宝が残ってそうな地帯は把握できましたからね。今日はその辺りを狙っていきましょう』

『だな。モンスターが出やすい場所の方が残ってるって、当然と言えば当然なんだけど』


 セイラク遺跡の制圧区域は、迷宮とそれに続く経路を中心として広がっている。奥にも横にも迷宮から離れるほどモンスターは出やすい。昨日ロアが探索したのはその付近である。モンスターは出ないが、残っている遺物の数も非常に少ない。だから今日はそれなりに奥を目指すつもりでいた。


『あんまり奥に行って強いモンスターに遭いたくないから、そこら辺は注意しないといけないけどな』


 迷宮より奥の地帯ではDDランク帯のモンスターが出る。その手前ならばDランク帯以下に収まるが、たまに上のランクのモンスターが境を越えてくることもある。下級探索者が犠牲になりやすいので注意するようにと、掲示板や協会サイトから情報を得ていた。


 ロアは遺跡の中を徒歩で進む。遺跡の中は瓦礫が所々散乱し、道も荒れているので非常に歩きにくい。更新した装備一式の中には靴もあったため以前よりはマシになったが、都市の舗装された道と比べると歩きやすさは雲泥の差である。

 そんな遺跡の中を、魔力操作の訓練をしながら、モンスターを警戒して進んでいく。片方だけなら楽なこれも、併せて行うとなると、なかなかに神経を削る行為であった。


『こんなとき車両とか持ってたら、楽に進むことができたのかな』

『それだと訓練の意味がないでしょう。と言いたいところですが、そろそろ自力での移動手段を得た方がいいかもしれません。移動時間の短縮は、効率的な稼ぎに直結しますからね』


 今のロアの移動手段はほとんどが徒歩である。車両に乗るのは遺跡に来るときくらいだ。遺跡を探索するだけなら奥に行かなければ大した問題にはならないが、都市内を移動するのに、徒歩はそれなりの時間浪費となっている。個人用の小型モビリティを買うことも考えたが、探索者は体が資本だ。多少の移動とはいえ、楽をするべきか迷い、買うのを躊躇っていた。

 しかしこれから強くなるに連れ、行くことになる場所は着実に増えていく。都市間の移動もそうだ。効果的な移動手段の獲得は、稼ぎの多寡にも影響する。中級探索者になろうとしているロアには、急務とはならずとも優先されるべき事柄だった。


『じゃあ、どっちにしろお宝探しは今日で終わりだな。これ、危険はないけど実入りはめちゃくちゃ悪いし』


 もともと本腰を入れるつもりのない、息抜き程度の活動である。成果があろうとなかろうと、今日で一区切りつけることにした。





『ふぅ……これで5体目か。魔力にはならないけど悪くないな』


 Dランク帯の機械型モンスターを苦もなく倒して、ロアはひと心地つくように息を吐いた。


『ちょっと前はこれくらいの相手にも苦戦したけど、今では結構弱く感じるもんだな』

『それだけ強くなったということでしょうね。装備を始めとして、基礎身体能力や戦闘技術などは初期と比べて格段に向上しました。魔力操作のおかげで無駄な消費魔力も減っています。ネイガルシティにいた頃よりもずっと成長していますよ』


 強くなる実感はこれまで幾度も抱いてきたが、何度味わってもいいものである。ロアはモンスターの剥ぎ取りをしながら上機嫌に笑った。


『これなら次に迷宮へ挑戦するときは下の階に挑んでもいいかな?』

『ええ、今のあなたなら限定解除を使用せずども、強度20越えのモンスターと互角以上に戦えると思います』


 迷宮では下の階に行くほど出現するモンスターは強くなるが、その分取得できるエネムも増えていく。倒せる数は減るだろうが、収入に関しては増加すること間違いない。

 ロアは増える稼ぎを想像して頬を緩めた。


『そう考えるとさっさと帰りたくなってきたな。収支は一応プラスだし、今日はもう帰ろうかな』

『それもいいですが、もう少しだけ探索してみては? 時間だけならまだ十分ありますし』


 時間としては日が天辺を回り始めたくらいだ。今すぐ帰還しても宿で暇するだけである。明日に備えてそれもいいと考えたが、せっかく始めた遺物探しであるので、何らかの成果を上げたいとも思った。


『じゃあ、もう少しだけやっていくか』



 探索を続行したロアは、また別のビルの中に足を踏み入れていた。


『ここはそれなりに物が残ってるな。荒れてるけど』


 そこは今まで見て回った建物よりも残っている物が多く、期待できそうな感じがあった。

 倒れた机のような台や、その上に乗っていたと思われる床に散らばる何かの残骸。それを時折拾い上げては、ペロに価値があるかどうか確認を取る。価値がありそうな物なら回収して、それ以外はその場に捨て置いた。外からの日差しが微かに照らす程度の薄闇の中を、存在感知で周囲の様子を感じ取りながらロアは探索した。

 八階程度の建物を階層毎に順々に調べて登り、やがて最上階にたどり着いた。


『悪くはないけど、高値がつきそうなのは残ってないな』

『目ぼしい物は、あらかた他の者に回収された後なのでしょうね』

『やっぱそうだよなぁ』


 自分ですらあっさりとたどり着ける場所だ。とっくの昔に誰かしらがここへ来て、価値ある遺物は根こそぎ全部持っていってしまった、というのは想像に難くない。残念ではあるが、予想できていたことでもあるので、ショックはそれほど大きくなかった。


『ここが最後の部屋か。何かあるといいが……駄目そうだな』


 最上階の一番奥にある部屋。最も重要な間取りに位置するこの部屋だが、だからと言うべきか、やはり大したものは残されていなかった。家具らしき物は残っているが、そのほとんどは割れていたりひっくり返されたりしている。まるで何者かに荒らされたかのような有様だ。おそらく先人たちの仕業ではないかとロアは予想した。


「一つくらいなんか残ってると良かったんだけどな……」


 足の折れた椅子の座面を持ち上げながらロアはボヤいた。


『まあ、こういうのも経験と言えるか。次があるかは不明だけど』

『そう判断するには早いかもしれませんよ』


 切り替えようとするロアに、ペロが唐突にあることを言う。

 相棒の発言にロアが不思議そうに首を傾げると、いつかのように視界には指示マークが表示された。それは壁の一部分を指し示していた。


『そこの壁に反射波偽装加工がされています。隠し扉がありますよ』

『……偽装加工? なんの?』


 言葉から意味を読み取れなかったロアが、怪訝を露わにして説明を求めた。


『簡単に言うと、存在感知や探知機を誤魔化す加工がされているということです。通常の方法ではまず気づくことはできません』

『そうなのか。でもそれならなんでお前は気づけたんだ? 俺は全然分かんないんだけど』


 あると言われてから注意を凝らしてその壁に意識を向けてみるが、存在感知にはただの壁としか反応がない。壁を伝った先には、建物の外の様子が感じ取れるだけである。何も不自然な様子はない。


『私の存在感知はより様態の本質を見抜き探っています。ですので他とは精度が違います。高性能は伊達ではありません』


 相変わらずすごい相棒だと感心して、ロアは壁に意識を集中させるのをやめた。


『そうか。なら俺には無理ってことか?』

『そうとも言えません。資質もありますが、最終的には訓練次第です』


『また訓練か』と苦笑いを作りながら、その壁の近くまで寄った。


『これ、どうしたらいいかな。壊したらいいのか?』

『いえ、特定の魔力に反応して開閉するようになっています。手を触れてください。私が開けます』


 いつかのようにロアが壁に手のひらをつけると、そこからペロが魔力を流し込む。それだけで一人でに壁が後ろへずれて、そのまま横の壁にスライドする形で開いた。面白い仕組みだと思いながら、ロアはそこにある物を見つけた。

 壁の中には金庫と思しき物があった。それも同じ要領でペロが解錠する。隠されていた金庫に一体何が入ってるのか。少し楽しみな気分で中を漁った。

 取り出した物を見て、ロアは困惑気味に首を傾げる。


『これはなんだ……? 石と紙?』

『宝石ですね。実物資産としてはそこそこ定番な物です。付随しているのは鑑定書か鑑別所でしょうか。この宝石が天然で価値あることを示していますね』


 小袋に入っていた宝石を手にとり、覗くようにして見つめた。


『ふーん? 確かに綺麗だけど、こんなのが価値あるのか。なんか凄い効果とかあったりするのか?』

『いいえ、これは何の効果もない普通の鉱石です。ただ希少性と見た目の美しさが大きな価値を生んでいます』

『よく分からんが、金になりそうならなんでもいいか』


 宝石から視線を外したロアは、探索者らしい現金な感想を抱いて再び金庫の方を見た。


『これがここに残ってるってことは、持ってた奴は持ち出さなかったってことだよな。持ち出す余裕とかなかったのかな』

『どうなんでしょうかね。以前言ったように戦争で避難が必要だったのなら、この地が形を残しているのはおかしいです。それを考えれば、所有者がある日突然死んだか、失踪したか、ここに隠したのを忘れたか。そんなところなのかもしれません』


 予想はできても確定するには年月が経ち過ぎた。遠い過去の人間の行く末を気にしても仕方がない。大事なのは目の前にある事実である。

 所有者が権利を主張することがないならば、貰っても文句は言われないだろう。そんな自分に都合のいい解釈をして、ロアは背中のリュックに成果を仕舞い込むのだった。

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