禁じ手だらけの『列車食堂』

 2022年、ツイッター上で募集のあった「第2回くろひつじ大賞」の一作に拙作『列車食堂』が選ばれ、2023年5月3日に賞品動画が公開されました。


https://youtu.be/7qbRyDyG1-U


 関係各位の皆様方には、この場を借りて御礼を申し上げます。


 受賞が嬉しいのと同時に、驚きも密かにありました。何故なら「やってはいけない」と言われる手法を、あえて多用しているからです。

 ここからはネタバレが含まれます。読了されてから、この続きを読まれることを推奨します。


『列車食堂』

https://kakuyomu.jp/works/16816700429063424924

























 本編を読まずに進む方、いらっしゃいますか?


 わかります。ここでどんな物語を知ってから、読むか否かを決めたい気持ちも理解します。それでも構いません、無理強いされて読む小説がつまらないのは、よくわかります。


 それでは、エッセイの本編に戻りましょう。


 まずは冒頭。ナレーションによる説明スタートから情景描写。主人公の存在を匂わせておりますが、実際に登場するのは第1話ハチクマ①の一番最後。とにかく説明が多いです、説明スタートは嫌われます。

 主人公は冒頭3行以内に出せ、の原則に従えばギリギリスレスレのラインです。公募の下読みで落とされます、2回落ちました。


 何故こう書いたかと言えば、当時の列車や食堂車が一般的に知られていない特殊な舞台であり、ハチクマが厨房の一番奥にいるからです。厨房のハチクマからはじめると、合間合間に説明を交えなければならず物語が止まります。最初に舞台を明確にしなければ、イメージしづらいと判断しました。


 続いて、ハチクマや殿下、三代目など主要メンバーのビジュアルが一切ありません。どんな見た目かと問われれば「普通の人」と答えます。

 だから、賞品動画が楽しみだったんですよね。この文章からハチクマさんが、どう描かれるのかなぁ、と。

 あ、動画のリンク、また貼っておきますね。


https://youtu.be/7qbRyDyG1-U


 本作はオムニバス形式で、物語ごとに視点変更をしています。視線は主人公のハチクマに向いているか、ハチクマ自身が見ているか、様々です。

 何がよくないって、物語中でも視点変更をしています。物語がこんがらがって頭に入らなくなるので、基本的にはやってはいけません。


 ハンバーグ①〜③では戦後パートが息子、説明が三人称、戦前パートがウエイトレスです。これは賞品動画でも反映して頂くよう、お願いをしました。聞いて「?」となったら、すみません。

 ポークカツレツ①②では一貫して三代目視点かと思いきや、②の1行だけ三人称にしています。


 それぞれ理由があって、回想への出入りを担う息子は、読者の目線です。ウエイトレスは鉄道に詳しくないので、物語の装置である汽車の説明は第三者に委ねるしかありません。場面変更に伴う視点変更ならまだしも、同一場面で視点変更は、悪手です。

 三代目は興奮して思考を失い、列車食堂従業員も呆然としてしまい、誰も見聞きするものを描写出来ません。誰が場面を描けるか、もう神の他に残っていません。


 ハムライス①のハチクマと三代目、親父のやり取りでも、禁じ手とされる手法を使っています。ちょっと引用します。




 ハチクマの知識に感心していると思うと、すかさず

「作ってくれませんか」

と言うので、三代目が気を遣って

「やめろよ親父。ハチクマさんはお客さんなんだし、昨日の晩から鍋を振るって疲れているんだよ」

「いいや、言うより見てもらった方が早い」


 ハチクマがスクッと立ち上がったので、三人で厨房へと向かう。




 文中に台詞が交わった末、台詞で終わり文章が閉じられていません。が、矢継ぎ早に台詞を繰り出す江戸っ子親父と、それに乗せられて次の場面へと即、行動するハチクマのスピード感を損なわないため、あえて文末を切りました。

 スピード感だけでなく、空虚を表現するためにも使っています。間違い探し感覚で見つけてみてください。


 スチュードタング③の、台詞内での改行も悪例です。本来は、台詞と地の文の境目がわからなくなるので、やってはいけません。

 最初は改行していなかったのです、しかしそれでは読みづらかったのです、読みやすくするためメニューごとに改行したのです。

「言い訳無用!」

 文芸にルールはあります。しかし絶対に使ってはならない禁じ手など、ありません。先人が作品で証明してくれています。読めば読むほど文芸は自由だと教えてくれるはずです。


 最後に、禁じ手ではありませんが10万字に満たないこと。

 元々は公募向けで、空行を詰めてもレギュレーションを達成していました。しかし公募では原稿用紙換算、ウェブ小説では字数が基準です。

 あと3万字書け、と言われても皆様が知る食堂車メニューが、もう残っていません。シチュードビーフはハチクマで登場し、フライドフィッシュとチキンライスは名脇役、ビーフステーキはネタ枠です。


 強いて挙げれば最終話のコロッケを軍人さん、三代目、殿下に分割すれば……。

 でも、ずっと重苦しい話なんです。軽快な物語なだけに、私が耐えられません。暗い話のあとは明るい話を書きたいのですが、すみません、無理です。無双戦記物でもない限り、明るい話に出来ません。

 ハチクマさんなら明るい話にしてくれるはず、と期待される方もいらっしゃるでしょうが、徴兵されなれなかった負い目のあるハチクマさんに、彼らを明るく送れるのでしょうか。


 薄めたり伸ばしたり彫り込んだりすれば字数を稼げますが、鉄道らしいスピード感を損ないたくないのが本音です。


 でも、もう書きたくないわけではありません。それが証拠に、ハチクマさんを異世界転移させましたから。


『ジャガイモ満載貨物列車が異世界転移し無双する』

https://kakuyomu.jp/works/16816927862417235806


 もし、ハチクマさんに会いたくなったら、列車食堂に乗りたくなったら、どうぞお気軽にご利用ください。

 お気づきかも知れませんが『列車食堂』は輪廻構造になっています。おかわりも、またのご来店もお待ちしております。


https://kakuyomu.jp/works/16816700429063424924


 改めて、拙作を第二回くろひつじ大賞に選んで頂き、また素晴らしい動画を製作してくださり、ありがとうございました。

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