第3話 出会い

 その間、黒猫は前足をそろえて地面に座り、一部始終を見守っていた。


 一礼してから、厚は跪座きざくずした。道具類を片付け、地面が元通りになっていることを確認してから、神社の表の方へ歩いて戻る。

 足元に黒猫がついて来た。


 本殿では、同じ年頃の若い女性が一人、手を合わせてお参りをしていた。

 「ミナミ」

 黒猫が一声鳴いて足を早め、彼女に近づいていく。

 と、驚いたことに、振り向いた彼女が黒猫を見て微笑み、かがんで黒猫を抱き上げた。


 「え、あれ?」


 黒猫の姿はしていても、しゃべるからてっきりモノノケだと思っていた厚は混乱した。モノノケなら普通の人には見えないはずだ。

 ──普通の猫? でもさっきまで俺と会話していた…。普通ではないが、猫?


 彼女の腕の中に収まった黒猫は、満足そうに目を閉じている。


 ──それとも、彼女も見える…?

 いや、それはないだろう。初対面の厚の前で、このように落ち着いてモノノケを抱くことはあり得ない。厚が見えることを知らずにそんなことはできないはずだ。やっぱりこいつ、モノノケじゃなくて猫…?


 厚を見た彼女が声を上げた。「あれ。同じ大学の…」

 「え?」

 「確か同じ学部だよね?」

 「あ…。うん」


 彼女の顔に見覚えがあった。今日のオリエンテーションの時にとなりの列にいた。ということは、同じ学部の隣の学科だ。


 「どうしてここに?」

 「…大学の帰りに見つけて、ちょっと寄ってみたんだ」

 「そう。私は下宿がこの近くなの」


 それじゃ、とあっさり別れを告げて、彼女は黒猫を抱いて神社正面の石段を下りて行く。呼び止めようにもなんと言えばいいかわからず、厚はただ後ろ姿を見送った。

 彼女の姿が見えなくなってから気づいた。名前を訊けば良かった。


 黒猫がミナミと呼んでいたのを思い出し、帰宅後、もらったばかりの大学の資料を引っき回して、目当ての物を見つけた。学部に今年度入学した生徒の名簿。小さいが顔写真もっている。

 ──松原まつばらなみ。彼女だ。




 夕食の後、建築の仕事から帰宅した兄に、香炉の小箱を渡した。兄のなおは祓い屋ではないが、自分の仕事のかたわら祖父の仕事を補佐している。


 「兄貴、これ」

 「おう。早速やってくれたのか。ご苦労さん」


 受け取った直也は、箱を開けて中の香炉を確かめた。蓋をつまみ上げて中を覗き、木霊がいなくなっていることを確認して微笑する。


 最初に香炉を一目見た直也が、弱った木霊がいると教えてくれたので、今回の仕事は簡単だった。木霊は厚には見えづらいのだが、直也は厚や祖父より目がいい。


 「どこにれて行った?」

 「大学の近くの神社」

 「ああ、あそこか」


 直也も同じ大学に通っていたので、あの神社を知っているのだろう。


 「兄貴、喋る動物に会ったことはある?」

 「動物? モノノケじゃなくて?」

 「うん」


 厚は今日出会った黒猫のことを話した。


 「そうか…。いや、俺はない。爺様から聞いた覚えもないなぁ」

 「何か聞いたり読んだりしたら教えてよ」

 「おう」

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