第4話 キャンパス

 四月のキャンパスはなかなかに騒々そうぞうしい。体育系や文化系、各種サークルの勧誘合戦だ。


 新入生の通り道である正門から校舎までの間のあちこちに、手作りの立て看板がずらりと並び、これも手作りのチラシやパンフレットを配る者達が並び、独特の抑揚よくようをつけた呼び込みの声が飛びう。時には歌声や演奏が聞こえてきたりもする。ちょっとしたイベント会場のようで、新入生以外にとっては春の風物詩だ。


 だが、新入生にとってはそれほどのんに楽しめるものではない。

 各サークルにとっては存続をけて新入生を奪い合う場なので、勧誘員はにっこり笑いつつ、足を止めた新入生をなんとしてものがしてなるものかという気迫で迫って来る。場合によっては数人でがっちり取り囲む。気の弱い新入生にとってはちょっと怖い。しかし、それらをいくぐって進まないと校舎に辿たどり着けない。


 勧誘のメイン会場となっているのは、電車通学の学生が歩いて通る、正門から各学部の校舎までの間である。彼らは決まった時間帯に大勢が到着するので狙われるのだ。


 自転車置き場はそこから外れており、厚はあまりさわぎに巻き込まれずに済んだ。


 厚は自転車通学である。自宅から自転車通学というのは、大学生では少数派かもしれない。しかし、歩くには少し遠い下宿から自転車通学する者は結構いるので、大学には屋根付きの自転車置き場があった。


 神社で黒猫に出会ってから数日後、その自転車置き場で彼女──松原美波と再会した。

 「あ、おはよう」

 「おはよう。あなたも自転車通学なのね」

 「うん。電車よりこの方が早いんだ。それでも小一時間掛かるけどね」

 厚は自転車のスタンドを立てながら言った。「君はあの神社の近くなら、近くていいね」

 「ええ。雨の日は歩いて来るかも」

 自転車にかぎを掛け、彼女のそばへ行った。自然と並んで歩き出す。


 大学のキャンパスというのは広い敷地に建物が点在しており、敷地の端っこにある自転車置き場から一番奥の工学部の校舎までは、かなりの距離がある。他学部の校舎を二つ通り越し、大学図書館の手前だ。

 その間、他学部の校舎の裏手を通る並木道を歩くので、キャンパスの表側とは違い静かだ。右手にはサッカーグラウンドとテニスコートがある。


 「あの黒猫は君の飼い猫?」

 「そう。そのまんま、クロっていう名前よ」

 「見事な黒猫だもんね」

 「あの子が初めて店へ来た時から、名前を考えるまでもなく祖父がそう呼び始めて、そのまま定着しちゃったわ」

 「わかるな、それ」厚は笑った。

 「バイトは何をやってるの?」

 「家業の手伝い。爺様…祖父の仕事を手伝ってるんだ」

 「私も同じ。祖父の店でバイトしてるの」

 「へぇ。なんのお店?」

 「古道具屋」


 それ以来、一限いちげんの講義を取っている日はよく自転車置き場で顔を合わせ、一緒に校舎まで歩く間、話をするようになった。

 「一人暮らし?」

 「そう。でも、店に祖父が毎日来るから…。私、店の二階に下宿してるのよ」

 「それならさびしくなくていいね」


 美波は飾らない人柄で、落ち着いた雰囲気で話しやすくて、厚はすぐに彼女のファンになってしまった。こうして雑談できるだけで嬉しい。


 しかし、キャンパスを男女で並んで歩くのは目立つらしく、知り合ったばかりの友人達に冷やかされた。

 「彼女も自転車通学なんだ。それだけだよ」




 美波も似たような経験をしていた。


 校舎に着き、厚が「それじゃ」と言って離れて行った後、同じ学科の女友達に呼び止められた。

 「美波!」


 駆け寄って来た明佳里あかりひじでつつかれる。


 「ちょっと、いつの間に親しくなったのよ、今の彼と?」

 「自転車通学仲間なのよ」

 「彼氏ゲット第一号は美波かぁ」

 「そんなんじゃないって!」

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