第22話 桜二くんの罠
桜二くんは険しい顔をしたアキくんの肩に腕を回すと、ニヤリと悪い笑顔を浮かべた。
「何もいきなり殴りこまないよ。まだ寄木細工の話も聞いてないし、”青い”が何を指してるのかもわかってないんだぜ?オレだって、犯人を特定できなかったら、ソウに一人で行かせるつもりだ」
「えっ」
静かに成り行きを見ていた私は、思わずすっとんきょうな声を上げた。
「いっそ人質になって貰った方が簡単に解決したりしてね」
「薄情なヤツ」
強制的に肩を組まされたアキくんは、ゴミを見るような視線を桜二くんに向ける。
今回も颯馬くんが間に入って止めてくれるのかなと期待していると、そこには得意げに胸を張る颯馬くんの姿が。
「その時は任せろ!例え襲われたとしても、五人くらいなら俺が返り討ちにしてやるよ」
「お前はドヤるな怒れ!御曹司でしょ」
アキくんは疲れたように長い溜息をつく。それですっかり、剣呑な空気が無くなった。きっと今のは桜二くんなりの、場を和ませるための冗談だ。颯馬くんは本気だったみたいだけど。
ちょうど話がひと段落したところで、千代さんの部屋が見えてきた。着物の付喪神は寄木細工をこっちまで持ってくると言ってくれたので、彼女が来るまで少し休憩することになった。
だから私たちは、ちょっと気が抜けていたのだ。
「おや、皆さん。おそろいで」
「うわっ」
先頭を歩いていた一条くんが障子を開くと、部屋の隅に葵さんが立っていた。真顔でひっそり隅にいられると、正直めちゃくちゃ怖い。
私は喉元まで出かかった悲鳴を何とか飲み込んだが、桜二くんは堂々と声を上げて驚く。
しかし葵さんは特に気を悪くした素振りはなく、何事もなかったように頭を下げた。
「お食事の時間を伺いに来たのですが、どなたもいらっしゃらなかったので。勝手ながら、少々待たせていただきました」
その言葉に、少し違和感を覚える。
「悪い、椿の間に行ってたんだよ。飯はそこに置いておいてもよかったのに」
(あれ?お昼に持ってきてって、桜二くんが言っていたような気がするけど)
だけど誰も何も言わなかったので、私も黙っておく。きっとお昼ってぼんやりとした表現がよくなかったんだろう。
「そうでしたか。ただいまお持ちいたしますね」
しかし、そういって頭を上げた葵さんが部屋から出ようとする素振りはない。私たちもなんとなく部屋に入りずらくなってしまって、結果的にお互いににらみ合うような状況になってしまった。
それでも葵さんは無表情のままじっとこちらを見つめている。まるで何かに警戒しているように。
「――あの」
お互いの息遣いすら聞こえそうな沈黙、先に口を開いたのは葵さんだった。
「出過ぎた発言ですが、どうして椿の間に?」
もしかして葵さんは、私たちがピッキングして入ったことに気付いているのか。
思わず身構える私に反して、颯馬くんは極めて自然に笑った。
「ああ、それは――」
「千代さんって椿の間を物置として使ってたでしょ?だから、そっちにないかなって探しに行ってきたんだよ」
まるで颯馬くんの言葉をさえぎるように、桜二くんがにこやかに間に入る。
私たちはなんで桜二くんがそうしたのかわからず、顔を見合わせた。
「椿の間に入るには、奥様がお持ちになっている鍵が必要なはずですが」
葵さんの声色が冷たい。
こちらを問い詰めるような物言いにも、桜二くんは臆することなく明るい調子で答える。
「昨日のうちに借りたんだ」
「あの管理が厳しい奥様がですか?……いつもは旦那様にすら触らせないのに」
驚きで目をわずかに見張った葵さんは、小声で悪態をついた。どうやら私たちのやったことに気づいているわけではなさそうだけど、意外な姿に戸惑う。
颯馬くんの話だと、熱心に千代さんに仕えていたということだが……私の目にはそう見えなかった。
しかし、桜二くんはそんなの聞こえていないといわんばかりに話をつづける。
「なんかね、屋敷の鍵を何個か取り換えるみたいだよ?」
「……鍵を、ですか?」
「おい、桜二!何を」
「葵さんなら別に話してもいいでしょ?」
颯馬くんは慌てたように口を挟むが、桜二くんはそれを手で制した。
「ウン。別邸の鍵がなかなか見つからなくて、これ以上みんなの手を煩わせるわけにいかないって」
桜二くんはいかにも悪いことを考えてますっていう笑みを浮かべて、言葉を区切った。
そばで見ている私の背筋がぞぞっとしたが、夢中で桜二くんの話を聞いている葵さんは気づかなかったようだ。
「今日、鍵屋に相談するって言ってたよ」
「……ずいぶん、突然なお話ですね」
「話はだいぶ前からあったみたい」
何とか言葉を絞り出した言葉を、桜二くんはばっさり切る。ヒクりと、葵さんの笑顔が引きつった。
「鍵をオレたちに預けていったってことは、今日にでも取り換えるつもりなんじゃないのかな」
さすがにここまでやられたら、私でも桜二くんの意図が分かった。
桜二くんは、葵さんを疑ってる。だから、わざと刺激して焦らせるつもりなんだ。
「そういうことでしたか。長々とお時間をとらせて申し訳ありません。それでは、お食事をお持ちいたしますね」
葵さんは早口でそう言い残すと、早足で私たちの横を通って部屋を出て行った。
……はは、まさか、そんな。
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