第三章 犯人は誰だ

第21話 新しい問題

「鍵って、どう考えても別邸の鍵だよね……」

「それなら、わざわざ隠れているのも説明つく」

「青いっていうのは鍵の色なのかな?まあ、これは後回しでいいか」

「それより、誰かが寄木細工の中に、別邸の鍵が入っていることを知ってるのが問題だ」



 その言葉で、私たちの間に再び重い沈黙が流れた。

 颯馬くんですら、中に何が入っていたのか知らなかったらしい。颯馬くんの両親が寄木細工にそこまでこだわっていなかったところを見るに、彼らも知らなかったのだろう。


 寄木細工は千代さんがなくなった頃と同じ時期に消えている。つまり、その誰かはかなり早い段階で鍵の在り処を知っているということだ。



「くそ、そうとも知らずに俺はのんびり蔵を漁ってたのか」

「まあまあ。ソウがずっと寄木細工を探してたから、犯人も大っぴらに動けなかったんだよ」

「もう犯人扱いしてるし」



 今、私たちは千代さんの部屋に戻っているところだ。

 あれから私たちは混乱しつつも、着物の付喪神から寄木細工の場所を聞き出すことができた。どうやら別邸に隠したらしい。なるほど木を隠すなら森の中。そりゃあ鍵も寄木細工も見つからないわけだ。

 絶対安全圏にいる寄木細工だが、そこで別の問題が発生した。



「寄木細工があれば犯人を聞き出せるんだけど」



 そう、私たちも寄木細工に近づけないのである。



『なれば、寄木細工は妾が取ってこよう。お前たち相手であれば、あの子も断らんはずさ。今なら簡単に奪われるようなこともないだろうからな?』



 着物の付喪神はそう言って椿の間から出ていったが、犯人が分かったところで私たちは警戒することしか出来ない。

 だって、捕まえられるだけの証拠がないのだ。



「向こうがボロを出してくれるのが一番だけど、これだけ潜んでるヤツが簡単に出てくるわけないか」



 スマホを触りながら、桜二くんはイライラしたように言った。その隣には、険しい顔をした颯馬くんがいる。



「……たぶん、のんびり証拠を探している時間は無いぞ」



 視線が颯馬くんに集まる。颯馬くんは回り見回して、声量を落として口を開いた。



「別邸の鍵を変えようって話が出てるんだ。まだ決まった訳じゃないが、決定されたら次の日にでも工事が始まる」

「は!?その話出たのいつ!?」

「――先週だ」



 思ったよりも最近の事だ。だけど、鍵の取り替えにそこまで悩む人はいない。



「そういえば一条、お前今日母さんは出かけてるって言ってたよね?こんなに人が来てるのに、夫人は外にいるの?」



 アキくんは目線を鋭くして、颯馬くんに問いかける。確かにそうだ。

 みんな何も言わなかったから、そういうものだと思っていたけど、お客さんがいるのに家主がいないのはおかしい。


 それも朝から晩まで。いくら使用人がいるからって、不用心すぎる。



「百貨店って言ってたな。用事は聞いてないが、こんなすぐに鍵を取り換えないと思うぞ」

「この辺の百貨店って言ったら、オレたちが制服採寸したところだよね?残念だけど、あそこには鍵屋があるよ」



 桜二くんはそう言いながら、スマホの画面を見せてくれた。

 そこにはあの百貨店のホームページが開かれていて、フロア情報のところに鍵屋らしき店がある。



「ただ買い物に行っている可能性もあるけど、最悪の事態を想定して動いた方がいいよ」

「最悪の事態?」

「今日にでも鍵が取り替えられるかもってこと」



 一気にタイムリミットができてしまった。

 だけどみんなが焦っている様子はなく、冷静に情報を並べていく。



「まず、犯人が鍵を狙っているのは、別邸……というか、噂の地下宝物庫に入るだめだと思う。宝物庫なんて本当にあるかはわからないけど、少なくとも犯人は本気であると信じてる」



 自称経営顧問の桜二くんは、つりあがった目をわずかに細めてうっすらと笑った。どこか馬鹿にした表情だ。



「だから鍵が取り換えられれば、当然古い鍵が入ってる寄木細工はどうでもよくなる。たとえオレたちが寄木細工を持っていたとしても狙われることはなくなったわけだけど、ソウはそれで納得しないんだよね?」



 挑発するような言い方だ。

 颯馬くんは大きく息を吸い込むと、力強く桜二くんを見つめ返した。



「当然だ。俺の物を荒らすやつは絶対に許さない。証拠がないなら、現行犯で捕まえればいいんだ。チャンスがやってくるのをひたすら待つだけの臆病者に、俺たちが遅れをとるわけがないだろ」



 そう言いながら、自信あふれる顔で私たちを見回した。

 颯馬くんは人をやる気にさせるという点において、素晴らしい才能を持っていると思う。大人に相談した方がいいと思っていた私は、あっという間に自分たちの手で犯人を捕まえたいと思ったんだ。



「ぼくは危ないと思うな。相手は大人で、人数も分からないんでしょ?ミイラ取りがミイラになるよ」



 どこかふわふわした話し方じゃなくて、アキくんはどこか冷たさすら感じる声でそういった。

 それに答えたのは桜二くんだ。


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