第20話 タンスの中

 写真じゃわからなかったが、近くでこの着物はとんでもなく高級なものだとわかる。

 紺色だと思っていた生地は、近寄りがたいほどの高貴さをもたらす濃紺。暗い印象にならないのは、淡い金糸や藤色などの淡い色で大小さまざまな椿の刺繍が施されているからだろう。


 正直こんな無造作にタンスにしまわれていいモノじゃないと思うけど、何か理由があるのかもしれない。



「これ、ひいばあちゃんが一番気に入ってた着物だ。これも見ないと思ったら、こんなところにあったのか」



 驚いたような、嬉しそうな声でそういうと、颯馬くんは着物をタンスごと取り出して絨毯の上に置いた。



「この着物に付喪神が宿っているはずなんだけど……」



 ぜんっぜん姿が見えない。

 というか、この部屋のどこにも付喪神がいない。家具はどれも古そうだし、一人二人はいるはずなのに。

 あの金色の鳥が嘘をつくとは思えない。少し悩んで、私は手袋をつけて着物をめくった。怖くて素手で触れない。



『そんなにおっかなびっくり触らなくとも、妾は破れたりせん』

「うわっ!?」



 突然背後から声をかけられて、私は声を上げて驚いた。

 まさか誰かに気付かれたんじゃ、そう思って振り向くも、人とは思えないほど美しい女の人が私を見下ろしていた。

 床に届くほど長くて真っ黒な髪は滝のように流れ、夜空を閉じ込めたような不思議な瞳はけぶるようなまつ毛に縁どられている。赤い目弾きはどこか神秘的で、身にまとう着物は私がさっきまでめくっていたものと同じで――。


 そこでやっと私は、この女の人が付喪神だと気づいた。



(どこかで見たことあると思ったのは、颯馬くんに少し似てるからだ)



 いや、どちらかというと颯馬くんが千代さんに似たっていうべきか。付喪神は、一番思入れのある人から姿を借りるから。

 彼女を見ていると、颯馬くんがかっこいい理由がわかってくる。



「ユキちゃん?」



 ハッと我に返る。見とれている場合じゃなかった。



「あ、あの!金色の鳥の姿をした子に、あなたのところに来るように言われたんです」

『――ああ、あの金色の。それで、珍しい目をした娘、妾になんの用だ』



 思わず敬語になる。立っているだけでそうさせる迫力が、彼女にはあった。

 尻込みしそうになるのをこらえて言葉を続ける。



「千代さんが、大事にしている寄木細工が見当たらないんです。もし行方を知っているのでしたら、教えていただけませんか?」



 私がはっきりとそう口にしたことで、颯馬くんは息をのんだ。緊張した面持ちで私の目線の先を見つめている。



『あははははは!それだけのために我らに助けを求めるのか!何ともまあ恐知らずの欲張りな事よ』



 そうひとしきりに笑ったあと、着物の付喪神は愉快そうに唇を歪めた。



『よい、よい。その我らを視る目のために、そして我らを愛する心のために。お前たちを、愛してやろう』



 つまり、私たちを助けてくれるということだ。



「やったあ!助けてくれるって言ってくれたよ!」

「本当か!?」



 颯馬くんの顔がパッと華やぐ。まだ何も解決していないのに、私まで嬉しくなるような笑顔だ。

 着物の付喪神は我が子を見守るような目で見つめたかと思うと、ふと思い出したように私の方を見た。



『しかし、そなたのような友人がいてよかったわい。颯の字は千代と似てな、一度決めたらテコでも動かんのだ。こやつが半年もアレをやみくもに探してるのをみて、妾もいい加減可哀想になってきてのう』



 よよよ、と袖口で顔を隠して泣くふりをする着物の付喪神。やっぱり人型を取っているだけあって、感情表現が豊かだ。



『さて、ここで妾は先にあやまねばならんことがある。実はその寄木細工、隠したのは妾なんじゃ』

「……え?」



 ぺろっと舌を出して片目をつぶったお茶目な付喪神に、私は思わず裏返った声で返事をしてしまった。

 あまりにも困った顔をしてしまったのだろう、颯馬くんは心配そうに私を見ている。どうやってこの真実を伝えるべくか悩んでいると、着物の付喪神は慌てたように言葉を付け足した。



『ああ、なにも妾がいたずらで隠したわけじゃあない。誰の手も及ばぬところに隠してほしいと言ってきたのは、寄木細工の方だ』

「付喪神は、”寄木細工が自分から誰にも見つからないように隠してほしいって頼んできた”って」



 これは私だけで抱えるべき話じゃない。そう思った私は、簡潔に着物の付喪神から言われたことをみんなに伝えた。

 いきなり事態が大きく進み、三人とも狐に化かされたような顔になる。だけどそれは一瞬のことで、すぐに真剣な顔に戻ってお互いに顔を見合わせた。

 最初に沈黙を破ったのは、桜二くんだ。口ごもる颯馬くんを見て、代わりに質問してくれた。



「なんで寄木細工がそんな頼み事したのか、理由はわかる?」

『む。確かあおいのがどうのこうのと言っていたような気がしたのだが……よう覚えとらんのう。ほれ、最近物の移動が多すぎて、そちらで手一杯だったのじゃ』

「そこをどうにか……!」



 ひとまず颯馬くんが嫌われているというわけではなさそうだ。着物の付喪神が悩んでいる間に、私はみんなに自分の考えを言った。



(付喪神は少ないのは、みんな眠りについてるからかな)



 きっと別邸の鍵探しで、さっきの男の人たちのような人がたくさんいたのだろう。

 売って金を稼ごうっていう声が聞こえている中で、仲間たちがどんどん違う場所に移動されていく。知性が高い付喪神は少ないから、きっと彼ら遺品整理を「捨てられる」って勘違いしたんじゃないかな。

 たまたま出来事が運悪く重なってしまっただけ。

 だけど、付喪神の本質は道具で、人に生み出されて使われることが存在意義だ。人の愛によって生まれた彼らにとって、壊れるよりも捨てられる方が怖いのだ。



「あくまでも私の予想だけど、寄木細工は自分が捨てられるかもって思ったんじゃないのかなって」

「だから、姿を隠したのか?」

「納得できるけど、ちょっと違和感あるかも」

「オレも。他の姿をとれるほどの付喪神は眠ることを選んだんでしょ?60年しか生きてない……っていう表現があってるかわからないけど、寄木細工の方が知性が高いってことになるよ」



 それは私も気になっていたところだ。隠してほしいって、まるで何かに狙われているような言い方――。



『ふむ、何やら勘違いをしているようだが、あの寄木細工は姿を持っておるぞ。今にでも消えてしまいそうな妖精だったが、たった60年でよくあそこまで化けたものよ』

「えっ!?」



 確かにたくさん使われれば、早く付喪神になることはある。だけど、四十年も飛ばして姿を得るなんて、初めて聞いた。

 驚きで何も言えない私に、着物の付喪神は同意するように何度もうなずく。



『そうそう、お前らの話を聞いてるうちに思い出したんじゃが。あの子、鍵についても何か言っておったな』



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