第19話 椿の間

「はーい、ぼくたちもいるんだけど~?」


 まっすぐ一条くんの顔を見られなくなった私を、アキくんがとても良い笑顔を浮かべて背中に隠してくれた。

 その言葉にハッとする。

 そうだ、アキくんたちもいるじゃないか。私だけとか、とんだ恥ずかしい勘違いだ。



「というかユキ、さっき一条くん・・・・って言わなかった?」



 後ろから、不満そうな声が聞こえた。白鳥くんだ。



「この間、名前で呼んでって言ったよね?その感じじゃ、オレも白鳥くんなんでしょ」



 ぎくりと身を固くした私に、じとりとした視線が刺さる。

 白鳥くんは苗字で呼ばれるの好きじゃないって言ってたから、余計に気にしているのかも。



「で、でも……」

「あーあ、オレ悲しくてユキが名前を呼んでくれるまで、毎日・・会いに行っちゃうかも。C組に」



 脅迫だ!

 そんなわけないと否定したいが、お二人はすでに突撃してきた前科がある。花凛さんの冷たい視線を思い出して、私は真剣に悩んだ。



「………………わかったよ、桜二くん」



 仕方がない。

 学校で会わなければ、そして私が名前で呼ばなければいいんだ。毎日C組に来られるよりずっとマシ。

 あまりにも苦い顔をしていたからか、白鳥くん……じゃない、桜二くんは声を上げて笑った。



「あははっ、すっごい渋々。でもオレ、そういうの嫌いじゃないよ。むしろ好きかも」



 私を覗き込むようにして、桜二くんはクスっと笑った。

 からかわれている。もしかして、女の子はみんなそう言っておけば機嫌が直るとでも思っているのだろうか。

 そう考えるとちょっとムカついてきたので、私は桜二くんをにらんだ。



「ははっ、ユキはかわいいね」



 ダメージを受けたのは私だけだった。

 初めてアキくん以外の男の子にそう言われたから、どう反応すればいいかわからなかった。それよりも赤くなった顔を見られたくなくて、私は少しうつむく。



(”あいつの言うことは半分冗談”だってアキくんが言った意味、分かるかも……)



 もうこうなったら、一条くんだって颯馬くんって呼んでやる。今更気安く呼ぶなとか言っても知らないから。



「もう、この話はこれで終わり!早く椿の間に行こうよ!」



 少しだけ照れてしまったことが悔しくて、私は無理やり話をそらした。

 桜二くんはいまだに笑っているままで、声を震わせてこっちだよと教えてくれた。もうこれ以上は何も言わないからね!




 遠巻きに私たちを見る付喪神を視界の端に入れつつ、私は目の前の扉を見上げた。

 大広間の右側、椿の間がある方は洋風な造りになっている。椿の間も洋風な部屋で、木製の大きな観音開きな扉が私たちの侵入を拒んでいる。

 金色のドアハンドルには椿の花が彫られていて、その下には同じく椿の花を象った赤い鍵穴があった。



「あんなに持ち上げていたからどんな鍵かと思えば、典型的な中世のウォード錠じゃん」



 さっそく鍵穴を覗き込んだアキくんがつまらなさそうに言う。



「ここはもとは客室だからな。今は物置になっているから、貴重品はほとんどないんだ」

「といっても、普通のウォード錠よりめんどくさいよ、それ」

「……そうなのか?」



 自分の家の鍵事情に詳しい桜二くんに、颯馬くんは怪訝そうに返す。それに気づかず、桜二くんはなんてないことのようにじっと鍵穴を見つめいている。



「ウォード錠ってすごく古い鍵だから、今じゃ装飾くらいにしかならないんだよ。簡単に開くって聞いて昔、オレも開けられないかなーって試したことがあるんだよ」

「試したのか」

「まあ、失敗したけどね。なんか上手く障害物よけられなかったんだよ」

「それより、幼馴染みに家をピッキングされた俺に何か言うことはないか?」



 かわいそう。

 でも桜二くんは全く悪びれた風もなく笑った。



「いいじゃん、結局失敗してるんだから」

「何もよくないが?お前はもう少しこういう行為に罪悪感を――」



 ガチャ。

 鍵穴から響いた音が、颯馬くんの言葉をさえぎった。

 小さい頃からさんざんアキくんの鍵開けに付き合ってきた私には聞きなれた開錠の音だが、颯馬くんたちは何が起きたかわかってないようだ。



「開いたよ」

「えっ、は……?」

「一分も経ってないんだけど……?」



 恐る恐るといったように、桜二くんが扉を押した。ギィという音立てて、扉がすんなり開く。

 特注品の古式ウォード錠が敗北した瞬間である。



「くそ、手元見てればよかった。さすが技術顧問だね」

「それはお前が勝手に任命したんだよ書記兼経営顧問くん」

「今回ばかりは助かったが……その、お前は泥棒に向いてるんだな……?」

「颯馬くん、それは褒めてないよ」



 桜二くんは素直に悔しそうにしていたが、颯馬くんは複雑そうな顔をしている。そしていまだに混乱しているのか、普通の人ならまず喜ばない事を疑問形で口にした。

 そんな二人に目もくれず、アキくんは堂々と部屋の中に入っていった。



「うわー、壁紙が赤い。というか物置のわりに綺麗に片付いてるね」



 部屋全体が椿を意識しているのか、家具は赤を使用したものが多い。

 定期的に掃除されているのか、今すぐ寝泊りできる程度には整っている。



「ええと、右奥のタンス、三番目の鍵付きだったな」



 戸惑いながらもひとまず探し物に集中することにした颯馬くんは、金色の鳥が言っていたタンスを探し始めた。



「あ、あれじゃないかな」

「他に鍵ついてるタンスはないし、たぶんそうだと思う」



 私たちの視線が再びアキくんに集まる。

 すぐにその意味を理解したアキくんは、得意げな笑みを浮かべた。



「うん、任せてよ」



 鍵穴を覗き込みながら、アキくんは手元の針金の形を変えていく。

 その時間はわずか数秒。顔を上げたアキくんはなんのためらいもなく針金を鍵穴に入れる。そして上下左右に四度度動かしたと思えば、ちょうど五度目にカチャと子気味いい音がした。

 古い鍵が針金に敗北した瞬間である。



「開けるよ」



 今度は誰も驚かなかった。

 当たり前のようにタンスは開かれ、中からキレイな着物が出てきた。



「あっ!この着物、千代さんのだよね?桜二くんが見せてくれた写真で来ていたのと同じ模様じゃない?」



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