第23話 寄木細工の付喪神

「お前、葵さんが犯人だって思ってるのか?」



 葵さんの姿が見えなくなった途端、颯馬くんは桜二くんに詰め寄った。

 珍しく怒りを露わにして、そのまま桜二くんの胸ぐらを掴みかねない勢いだ。



「怒る相手違うでしょ。ソウだって見たんだろ?現実から目を背けるなよ」



 ぜんぜん話が見えない。アキくんも首をかしげていたが、当の二人はまだお互いをにらんでいた。



「そこまでにして。一条、気持ちは分かるけどいったん落ち着いて」



 アキくんは二人の間に割って入って距離を作る。

 どうやらまだ本気で怒っていなかった颯馬くんは、それ以上何か言うことなく口をつぐんだ。そしてすぐに悲しそうな顔をして、さっきまで葵さんが立っていた隅に移動した。


 桜二くんは横目でそれを見届けると、ドカりと乱暴に座った。



「で、いきなりどうしたのさ。というかよかったの?葵さんにあんな事言って」



 私だったら二人の圧に負けて何も言えなかったところだが、アキくんは何のためらいもなく踏み込んでいった。



「寄木細工が言っていた”あおい”は色の事じゃなくて、葵さんの事だったんだよ」

「……確かに音は同じだけど、それだけで決めつけるのはいくら何でも早計じゃない?」



 私も同じ意見だ。

 私たちは勝手に色だと思っていたが、着物の付喪神は別に人じゃないとは言っていない。疑ってもいい要素だけど、決めつけるのは少し違うと思う。



「……見えたんだよ。葵さんが棚を漁っているのが」



 思わず振り返る。同じく現場が見えていたらしい颯馬くんは、一人で棚の中を確認していた。



「掃除をしていたんじゃないの?」

「だったら嘘をつく必要はなかったでしょ。オレはお昼に持ってきてって頼んだのに。いつもの葵さんなら十二時ちょうどに勝手に持ってきてるはずだよ」



 何度もこの家に来ている桜二くんのそういわれてしまえば、私は口をつぐむしかなかった。あの時、不審に思ったのは確かだし。



「くそ、見間違いじゃなかった。物の位置が変わってる!」

「あれだけ鍵の話に食いついてたんだ、ほぼ確定で間違いないね。ユキたちが来たから、焦ったのかな」



 颯馬くんがイラついたように畳を叩いた。

 桜二くんは興味なさそうにノートパソコンを取り出し、何やら調べ始める。



「ちょ、本気?本当に別邸の財産を狙ってたやつが、ずっと千代さんに仕えてたってことだよ!?」



 アキくんが戸惑ったように声を上げた。

 だってそれはつまり、一条くんはずっと裏切られていたということになる。そんなの、あまりにもかわいそうだ。



「……はは。俺、人を見る目はあるって雪乃に言ったのに。嘘をついてしまったな」



 茶化すように笑って見せる颯馬くんだけど、その姿はいつになく心細そうに見えた。まるで迷子の子供のようで、私はなんて答えればいいのか分からなかった。


 颯馬くんは別に返事を求めていなかったようで、それだけ言うと再び棚の中に視線を戻す。私は完全に声をかけるタイミングを失ってしまって、アキくんと一緒に二人の言葉を待つしかできなかった。

 カタカタとキーボードをたたく音だけが部屋に響く。



『なんじゃ、みんなして辛気臭い顔じゃのう。盗人探しが行き詰っておるのか?』



 どれくらいそうしているか分からないが、ふと聞き覚えのある女の人の声が頭の上から降ってきた。

 パッと顔を上げれば、そこには期待していた通りの人が手に小さな箱を持って立っていた。



「着物の付喪神!」

「!来てくれたのか!?」



 颯馬くんがパッと顔を輝かせ、こちらに寄ってくる。

 私はその嬉しそうな様子に少しだけ安心して、できるだけ明るい声を意識して着物の付喪神に声をかける。



「探してくださってありがとうございます。もしかして、それが寄木細工?」

『ああ。しばらく人の手を離れていたせいか、少しばかり弱っておるがのう』



 ずいっと差し出された寄木細工を落とさないように両手で受け取る。

 それは私の両手いっぱいにちょうど収まる大きさで、所々ささくれ立っていた。使い込まれた感のある寄木細工の上には、親指サイズの妖精が横になっていた。トンボのような翅は小さく、全体的に黄色っぽい。



「うわっ、急に寄木が雪乃の手に現れたぞ!?」

「うーん、こればかりは何回見ても驚くなぁ」



 着物の付喪神の手から離れたから、寄木細工の存在はみんなにも見えるようになった。その上に追っている付喪神は見えていないようだけど。

 少し離れたところで見ていた桜二くんも目を丸くしている。



『ふう。久しぶりに術を使うと、すぐに疲れてかなわんなあ。妾は着物に帰って少し休む。何かあれば起こすとよい』



 付喪神は長生きだからか、基本的にはマイペースだ。

 着物の付喪神は用事だけ終わらせると、さっさと壁をすり抜けて帰ってしまった。欲を言えばこのまま最後まで付き合ってほしいが、それはさすがに虫が良すぎるか。



(でも、本当に弱ってるな……。すぐに終わらせるからね!)



 半分眠りかけている付喪神に謝りつつ、そっと声をかける。

 反応が返ってこないので、今度はちょんちょんと控えめに突っつく。



『……うっ』



 付喪神は小さなうめきを上げると、ゆっくりと体を起こし。



『……あれ、ここは』

「辛いのに、起こしてごめんね」

『ひゃ!?あ、あなたはだれ!?』



 私の顔を見た瞬間、顔を真っ青にして怯えた。付喪神に怯えられたのは初めてだ。



(……あ、そっか。この子はずっと人から隠れていたから)



 付喪神は人に愛されて生まれた存在なので、基本的には人に好意的に接してくれる。だけど、この子は怯えていた時期が長い。見知らぬ相手だと先に警戒してしまうんだ。



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