第2章:回想

[1]

〈現在〉

 狙撃を防ぐ方法はいくつかある。

 戦場では突然起こる銃撃や爆撃、手榴弾が眼の前で炸裂することより、狙撃手に狙われることを最も恐れる。その結果、狙撃手が潜んでいそうな地点を闇雲に砲撃することも少なくない。部隊が進軍しようとした先に、いかにも狙撃手が身を隠すのに都合が良さそうな茂みがあると、空軍にナパーム弾の投下を要請して茂みごと焼き払ってしまうことさえある。

 狙撃手が放つ1発に対する返礼は何万発もの銃弾や砲弾、爆弾となる。

 狙撃手は常にアウトサイダー。英雄ヒーローには絶対になれない。

 もっともこの星は戦場ではない。敵味方ともに何万発もの砲弾を報復として撃ち込むわけにいかない。息を殺し、気配を消し、姿形さえ変えて忍び寄り、必中の一撃を放つまで待ち続ける。恐ろしいまでの忍耐を見せる狙撃手に対し、どのように対抗するか。

 遮蔽物の陰から陰に移動して狙撃手の射線上に姿を現わさないという方法もある。だがあまりに現実的ではない。狙撃手は標的ターゲットが一瞬見せる隙を突くためだけに忍耐を発揮する。防御する側は常に狙撃に怯える一方、狙撃手は狙いを定める時間を選ぶことが出来る。

 最も効果的な方法は、対抗狙撃手カウンタースナイパーを配置することだ。

 敵の狙撃手以上か、少なくとも同等の腕を持つ狙撃手を雇い、狙わせる。そうすれば敵がどこに潜み、どこから狙ってくるかをあらかじめ察知することが出来る。防御のために手段を講じることが出来る。

 狙撃できる地点ポイントと時間が明確になっているのであれば、カウンタースナイパーを標的の傍に配置する。まさに敵が狙ってくると思われる瞬間、敵に狙撃させる。決闘と同じだ。わずかでも早く撃ち、正確に命中させた者が生き残る。

 デ・ゼーヴが双眼鏡を覗いたまま口を開いた。

「1時の方向。手前、236メートル」

 ビショップはライフルを動かさず教会を見つめ続ける。遠くから荒れた砂利道を車が走る音が聞こえてくる。帝国軍の哨戒パトロールが定刻通りに来ただけだろう。デ・ゼーヴが続けて報告した。

「車が停まった・・・ほう、新顔だ。女が降りてくるぜ」

 ビショップはデ・ゼーヴが見つめる地点を見た。

 黒い装甲車のすぐ側。金髪の女が佇んでいる。デ・ゼーヴの言う通りだった。ビショップが覗く照準器のレティクルが女の頭にピタリと載った。射距離は300メートル。すでにゼロ点規正を済ませているリンベルクTRG-42なら至近距離と言える。今度は運転席から男の兵士が降りてくる。

 デ・ゼーヴが茶化すように言った。

「男連れだ。残念だな」

 あの女は自分に対するカウンタースナイパーだ。ビショップはそう直感した。

「女の顔写真を撮って、情報部に照会を頼む」

「あのスケは別に標的じゃないぜ」

「いいから早く撮ってくれ」

 ビショップは低い声で命じた。いま護衛役と思われるあの女を撃ち殺したとしても、肝心の《軍師》が怖気づいて教会に現れないのでは本末転倒である。女は絶命しながらも護衛を立派に果たしたことになる。デ・ゼーヴが隣でカメラを操作し始める。シャッターを何回か切った後でぼそりと呟いた。

「あの肌の色・・・サファヴィ人のように見える」

 ビショップの脳裏に血まみれの女が浮かびそうになる。

 ライフルの銃身は擬装用ネットで包んだ上、不用意に光を反射しないよう遮蔽物の下に置いている。それでもビショップは照準器越しに金髪の女と眼を合った。肌の色と同じ褐色の瞳が見て取れる。

「金髪は偽物のようだ。カツラか?」デ・ゼーヴは言った。

 隣でライフルを構え、伏射の姿勢を取っているビショップは何も答えなかった。

 女は教会の北側一帯を眺め渡しているだけだ。たまたまビショップたちが潜んでいる方角に顔を向けた時に照準器をはさんで睨み合っているように見えたに過ぎない。それでも自分の位置が敵に知られたような不安を感じる。

 女が再び助手席に乗り込む。装甲車が走り去る。狙われていることに全く気づいていない獲物を観察している時、猟人ハンターは至高の悦びを得る。しかし相手が自分と同じ猟人ハンターである場合、悦びが倍加する。そのことをビショップはすでに知っていた。

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