[2]

〈現在〉

 大隊の夜間当直室は休憩室を兼ねている。2人がTVゲームをやっている。1人がイヤホンをはめて携帯端末で音楽をガンガン鳴らしながら戦闘日誌を記入し、ビショップは大画面テレビの前にあるソファに寝ていた。背後から聞こえる情報部員とデ・ゼーヴの会話には耳をそばだてていた。

「まずは女だが、我々には懐かしき人物だよ」情報部員は言った。「直接相まみえるのは今回が初めてだが」

「名前は?」

「ヴェラ・レシフ。君たちの予想通り、サファヴィの出だよ」

「ビショップ、アンタはサファヴィが初めてだったよな?」

 ビショップは観測手の問いに手を振った。YES。連邦軍がサファヴィの独裁政権を殲滅しようとしたのは10年前。この時、ビショップは首都郊外の市街地で狙撃戦に参加した。同じ時期にヴェラはサファヴィ政府軍の狙撃手として活躍していたという。狙撃大隊に所属していたという話だが、実態は民兵の1人だった。

 サファヴィの首都における攻防戦は狙撃兵のパラダイスと言われた。サファヴィの政府軍は連邦軍のみならず、街中を出歩いている国民も敵の協力者と勝手に見なして容赦なく殺害した。自分が育った街が戦場になる不幸はビショップも分かっている。当時のヴェラは自分が暮らしていたアパートに狙撃銃を構え、通りを行く敵兵や民間人を射殺していたという。その数は数百人。

「これが麗しき敵の女スナイパーだ」デ・ゼーヴは言った。「よく覚えておけ」

 ビショップはデ・ゼーヴから手渡された写真を眺めた。写真に映るヴェラの姿からは狙撃手というイメージは湧いてこなかった。つんと尖った鼻と小さな顎。ふんわりした金髪。ほっそりした身体つきは実際の年齢よりも幼く見える。画面では不鮮明だが、手元の資料では瞳が茶褐色になっている。髪の毛は染めているのだろう。ビショップは見当をつけた。

「ヴェラの側にいる大柄な男は?」デ・ゼーヴは言った。

「ジャン=フランソワ・ギュイ。彼も元は狙撃大隊の曹長でスナイパーだが、ヴェラの観測手になる場合が多い。おそらく狙撃の腕前はヴェラの方が上なんだろう」

「これが女の相棒」

 デ・ゼーヴが新たな写真を手渡した。ヴェラの観測手は年齢よりも老けた印象を受ける。頭は薄い白髪。狭い額に落ちくぼんだ眼の周りは深い皺が刻まれている。ざっと眼を通したプロフィールが正確ならば、2人は2歳しか違わないはずだが、見た目だけなら親子でも通りそうだった。ビショップは低い声で言った。

「荷物が少ないな。銃は普段、何を使ってる?」

「手元の資料によると・・・イズミィルSV-98だそうだ」

 情報部員は帝国軍制式のボルトアクション式ライフルの名前を言った。ビショップが使用している狙撃銃―リンベルクTRG-42とほぼ同じ性能。ビショップは礼を言った。

「それにしても、2人は何で故郷くにを出たんだ?」デ・ゼーヴは言った。「あの星はまだ戦闘を続けてるだろ?」

 情報部員によれば、首都における戦闘が混沌とする中、ヴェラとギュイはサファヴィを脱出した。軍を抜け出した理由は不明。その後は傭兵として身を立てているという。自分のアパートさえも戦場にしてしまった女がなぜ《軍師》と結びついたのか。

 情報部員は肩をすくめる。

「まだウラは取れてない情報だが、彼女は内戦で家族を全て失くしたらしい。最後の肉親だった母親とその子ども・・・ヴェラからすれば弟だな、その2人を連邦軍に狙撃で殺されたらしい」

「ほう」

「2人は傭兵に転じてからずっと1人の男を追っていた。もっと正確に言えば、ある異名を持つ連邦軍の狙撃手―ヴェラの母親と弟を撃った男を追い続けていた」

「ある異名?」

 ビショップに眼を向けた情報部員は呟くように言った。

「《レディ・シューター》」

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