虚無の8月31日

「…………」


 8月31日、夏休みの最終日の朝に僕は家にいた。いつもであれば、オオバさんがいる廃墟へ行って、オオバさんのあの魅惑的な肉体に心を奪われ、オオバさんへの愛を口に出しながらその肉体を味わっているけれど、僕はオオバさんがいるあの廃墟へ行こうとはしなかった。


「……そうだ、これでよかったんだ。オオバさんにも会わずに若宮さんの件も関係ないって考える。この“どちらも選ばない”という答えが最適なんだ」


 そう、僕は選ばなかった。オオバさんへの愛を貫いて関係を進展させる事も若宮さんに対して酷い事をしたという苦悩も全て捨て、僕は二人から逃げる事を決めたんだ。

もちろん、これが男らしくない選択なのはわかってる。オオバさんと若宮さんという二人の女性の体を好き勝手に味わい、何か工夫をしてくれていたオオバさんとは違って何も無しに自分の中の欲求をぶちまけたくせに都合が悪くなるとそんな二人を捨てて自分だけは知らない振りをするのは明らかに最低だ。

だけど、それがどうしたというのか。オオバさんだって若宮さんだって僕から求めたわけじゃなく、向こうから誘ってきたのだ。それに、僕という未成年に手を出した時点でオオバさんは犯罪を犯していて、若宮さんは誰かと一緒にいて僕との事は恐らく忘れている。

だったら、むしろ僕のこの選択には感謝してほしいくらいだ。僕が何もしに行かずに警察にも言わない事でオオバさんは逮捕されないし、若宮さんだってまだ未成年な上に付き合ってもいない僕と他人ひとには言えない事を、それも学校でそれをしていた事を黙っていてあげているのだ。そんな僕が恨まれる理由なんてのはない。


「……そうだよ、僕は悪くない。僕は、悪くないんだ……!」


 俯きながら言うその言葉が他に誰もいない部屋に響く。その残響は僕の心に染み込んでいき、本当にそれで良いのかと問いかけてくるが、僕は一人首を横に振った。


「良いんだよ、これで……選ばないのが正解、選ぶ理由なんて僕には無かったんだよ……!」


 これまでの自分の苦悩や一ヶ月間の出来事を全否定する言葉を口にした後、僕はベッドに入ってそのまま目を閉じる。


「……寝よう。今日は寝て過ごしてしまおう」


 自分に言い聞かせるように言った後、僕はどうにか寝てしまおうと意識を睡眠に集中させる。残響が空けてしまった心の中の虚無から目をそらすようにして僕はそのまま意識を手放し、二人の女性の事を忘れながら青さの残る僕を隠すようにして眠りについた。

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