HAPPY END 真愛

「……よし、完成だな」


 リビングの机に向かいながら俺は呟き、机の上のノートを閉じる。ノートには『夏休みメモ』と名前が書いていて、俺の向かいに座っていた愛奈はクスクスと笑った。


「ようやく完成したね。それにしても、青志君からしたら、本当に内容の濃い一ヶ月だったんじゃない? 私に酷い事を言えるくらいあんなに熱を上げた人との楽しい一ヶ月だったんだから」

「……あれは本当に悪かった。でも、結果として愛奈の気持ちに気づけたのは、あの一ヶ月があったからだ。そうじゃなかったら、愛奈とはこんな関係にはなれなかったし、今でもつまらない毎日を過ごしてたと思うよ」

「そんな時に現れたのが、オオバさんだったわけだしね。思春期で女の子との付き合いに疎い男の子があんな体の人に誘われたらたしかにそのまま乗っちゃうのかもね」

「そうだな。まあ、ウチの子達はそんな事はないと思うけどさ」


 そんな事を話していた時、リビングに同じ顔をした男の子と女の子が揃って入ってきた。


「父さん、書き物は終わったの?」

「母さんと付き合い始めるきっかけになった夏の話らしいけど」

「ああ、終わったよ。青奈せいな愛志あいしは宿題終わったのか?」

「うん、終わらせた」

「夏休みの初めに終わらせた方が良いって、父さん達が言うから青奈と一緒に終わらせた。これで水泳部の活動にも集中出来るしな」

「そうか」

「ふふ、二人とも青志君みたいに真面目だから」


 愛奈は笑っていたが、その目は少し哀しげであり、俺はその姿を見ながらさっきまで書いていたあの8月、特に8月31日を想起した。

ホテルに父さんと一緒にいた愛奈を救出し、父さんが警察に連行されて、愛奈の意識がハッキリしてきた後、俺達は愛奈から話を聞いた。

俺に身を捧げたあの日、俺から拒絶された事で悲しみに暮れていた愛奈が夜の街を歩いていると、偶然父さんを見つけたらしい。

授業参観や水泳の大会の時に見かけていた事から、顔だけは知っていたようで、寂しさを埋めたいという理由だけでもうどうにでもなれと思って愛奈は父さんを誘うために声をかけた。

その頃、父さんは母さんと夫婦喧嘩の最中だった上に前々から愛奈の事は可愛い子だと思っていたと話していたらしく、愛奈から声をかけられた時に驚きはしていたようだが、愛奈の誘いにはそのまま乗って、愛奈は一日で二人、それも親子と体を重ねる事になった。

ただ、オオバさんに心を奪われていたとはいえ、行為に及ぶ際の女性の扱いについて教えてもらっていた俺に対して父さんは結構乱暴で自分勝手な感じだったらしく、愛奈は俺との行為の際に避妊をしていなかった事を思い出してカモフラージュのために父さんとも避妊はしなかったようだが、もう関係は持ちたくないと感じたらしい。

だが、父さんはその数時間ですっかり愛奈の虜になってしまったらしく、その数時間の間にこっそり撮っていた録画や録音を人質にして愛奈に関係の継続を迫り、誰かに言ったらそれをネット上にばらまくと脅されて中々関係を終わりにしたいとは言い出せなかったようだった。

その上、避妊をしなくていいと言ってしまった事が父さんに火をつけてしまったようで、父さんは翌日から媚薬や排卵誘発剤を飲ませてから行為に及び、それらによって頭がボーッとして思考がしっかりとしていない時に愛奈に色々な言葉を言わせ、それも録画や録音して更に関係を継続させるための脅しに使ったのだという。

愛奈からすれば、それは自分の心からの思いではなかったし、愛奈との関係にハマりきった父さんから母さんと別れるから結婚してくれだの自分の子供を産んでくれだの言われ続けていたのはだいぶ辛かったようだが、そうやって関係を続ける内に愛欲に溺れる快感に心を支配されそうになり、その時だけは俺がオオバさんに会いに行こうとした気持ちがわかったらしい。

だから、あの8月31日は愛奈にとってラストチャンスだったらしく、俺が愛奈の家に行かずに父さんとそのまま体を重ねる事になっていたら、もう諦めるつもりだったようだが、俺が愛奈の家に行った事で、父さんの悪事は明らかになり、愛奈は父さんから解放されたのだった。

その事は大きなニュースとなり、被害者の愛奈はもちろん、俺と母さんも加害者の家族として周囲から後ろ指を指されるようになり、父さんが未成年と不倫していた事に大きなショックを受けていた母さんはそれによって徐々に精神を病んでいき、あの家にいたら父さんを思い出してヒステリックになってしまうとして数年後に実家へと戻ってしまった。

だが、問題はそれだけじゃなかった。避妊をせずに連日何度も行われた性行為と排卵誘発剤の効力によって愛奈は父さんの子供を、それも双子を妊娠してしまった事が後日わかり、愛奈の両親は責めはしないから子供を堕胎してしまった方が良いと言った。

だけど、愛奈はそれを断った。もちろん、父さんの子供を産みたかったわけじゃないが、その子供達は自分の一度の過ちによって妊娠してしまった子であり、その子達を堕ろしてしまうのは自分の過ちから目を剃らす行為であり、その子達に罪はないとして産む決意をした。

愛奈の両親は愛奈の決意が固いと知ってそれを認め、俺もそんな愛奈の決意を無駄にしたくないと思ったため、その子達の父親代わりになる事を決めて、愛奈と愛奈の両親の前で自分が愛奈にしてしまった事を正直に話した上で土下座し、自分が子供達の父親になると言った。

愛奈の両親は複雑そうな顔をしていたが、愛奈が俺に対して恨みを抱いていなかった上にそんな事があっても俺を好きでいてくれた事で、子供達の父親になる事を認めてくれ、愛奈のお父さんから一発本気で殴られた後に俺は愛奈の両親公認で恋人兼子供達の父親として愛奈との交際を始めた。

学校に通いながら妊婦である愛奈を支えるのは苦難の連続であり、周囲からの冷たい目や心無い言葉によって傷つく愛奈の心のケアは想像よりも辛く、挫けそうにもなったが、俺はそれでも愛奈を見捨てる気はなく、出産するその時まで支え続けた。

そして、出産後も俺は義両親に協力してもらいながら愛奈と一緒に学校生活と子育てをどうにか両立し、二十歳を迎えた頃に改めて愛奈にプロポーズをして夫婦となった。

因みに、オオバさんは俺が会いに行かなかったあの日から姿を見なくなり、最後に一言だけ挨拶したかったと思っていたら、後々衝撃の事実が判明した。

なんとオオバさんは行方不明になっていたはずの夏子叔母さんであり、精神を病んでまともに家事も出来なくなってしまった母さんを愛奈と一緒に実家まで連れてきた際に偶然再会し、母さんを母方の祖父母に任せた後に愛奈と一緒に夏子叔母さんから話を聞いた。

夏子叔母さんは実は若い頃に父さんの事が好きだったようで、父さんが母さんを選んだ後にそんな夏子叔母さんの気持ちも知らずにデートなどを自慢してきた事や両親から早く良い人を見つけろとせっつかれた事が夏子叔母さんの中で憎しみの種となり、それが花開いた事で母さんと両親、そして自分を選んでくれなかった父さんへの復習を企てたようだった。

そして俺はそれに利用されていたようで、夏子叔母さんは俺を利用していた事や愛奈の気持ちに気づきながらも花火大会の日やそれ以降の日に様子を見に来ていた愛奈に見せつけるようにして俺と行為に及んでいた事を謝ってきた。

真実を知った事で俺はだいぶ戸惑ってしまったが、夏子叔母さんの事を恨む気はなく、愛奈も夏子叔母さんに対して憎しみは無かった事から、その謝罪を受け入れて俺達は秘密を共有し合う仲となった。

因みに、夏子叔母さんがオオバと名乗っていたのは、名前を隠す際に俺との関係である叔母を伸ばして使えば良いと考えただけらしく、愛奈が父さんからアナと呼ばれていたのは一文字無くす事で名前を隠そうとした父さんの案だったという。

尚、その父さんは未成年に手を出した事によって、逮捕された上に会社からは解雇され、今ではあの家に住みながら細々と暮らしているようだが、俺はもう父さんに関わる気はない。

何故なら、父さんは日雇いなどで繋ぎながらも援助交際に溺れている上にアナと呼んでいた“本当の意味”を知ってしまったからである。

そこまで想起した後、俺が愛奈の手を握り込むと、愛奈は驚いた様子で俺に視線を向けた。


「青志君……」

「……本当に愛奈には辛い思いをさせてきたよな。二人も本当は俺の腹違いの弟妹なのは受け入れた上で父親として接してくれるし、義両親や夏子叔母さんみたいに支えてくれる人もいる。

だけど、俺があの日に愛奈に酷い事をしなければ、愛奈は普通の学校生活を送れて、本当はもっと友達も……」

「……うん、たしかにそうかもしれない。だけど、私はこの人生を後悔してないよ。一般的じゃない人生だけど、私はこうして真実の愛を手に入れられたから」

「愛奈……」

「それに、どうにか子育ての資金を集めないとって思って青志君が家にいながらも働ける形として小説を書き始めた時に、お詫びとして夏子さんに知り合いの編集者さんを紹介してもらったおかげで青志君は小説家さんになれたし、あの一ヶ月の出来事も夏子さんから許可をもらったから、こうしてお仕事のネタとして扱えるわけだから、悪い事ばかりじゃないよ。だから、これからも私は青志君やこの子達と一緒に生きていく。それが私の生きるべき人生だから」


 そう言う愛奈の姿はとても美しく、少し大きな子供を持つ母として人とは違う過去を持つ一人の女性として生きる事を決めたとても強い女性の姿をしていた。


「……愛奈は本当に強いな。でも、そんな愛奈だからこそ俺も支えると決めたんだ」

「ふふ、これからもよろしくね、素敵な旦那様?」

「こちらこそ。さてと……それじゃあそろそろ書くための情報を纏めるとするか」

「そうだね。それで、タイトルはもう決まってるの?」

「ああ、もう決まってる。タイトルは──」


 俺はこの事を纏め始めた頃から決めていたタイトルを口にした。


「“青い果実は甘い果実と共に夏に熟れる”だよ」

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