第40話 世界は続く

「つーわけで、人間と魔物の世界には魔協定っつーめんどくせぇもんがあって、ちょっと前は人間の力を魔物は分け与えてもらって、魔物は人間が死なねぇように守ってやったわけだ。そんな関係性なんて、くそめんどくせぇもんだよなぁ。だからなくなって俺はせいせいしたぞ!」


 教員らしからぬ、その言葉に。聞いていたミューはこっそり吹き出した。これは“彼のパートナー”が心配するのも当たり前かもしれない。


「俺は俺の意思で動けるようになったし、これからは魔物も人間と同じように大活躍ってわけだ……ほら、これで授業は終わりだ。休み時間が終わったら次は人間の生活について教えてやるからな! ちゃんとトイレ行ってから戻ってこいよな!」


 授業終了のチャイムが鳴り終わり「はぁーい」と授業を受けていた生徒――かわいらしい姿の多い下級魔物達は休憩時間へと入っていく。


 ちょっと口汚い先生だったなぁ。自分の翼で滞空し、教室の窓の外から授業の様子を見ていたミューは苦笑いを浮かべた。


(これはありのまま……トト先生に報告しても、いいのかな……?)


 頭の中でトト先生が今さっき、自分に依頼してきた内容を復唱すると、こうだ。


『ミューくん……ちょっとお願いがあります。ペガの行う授業が、もう心配で心配で。君の次の授業は自習として扱ってもいいですから、ペガの指導する授業の覗き見をしてもらえませんか……彼は口が悪いから、生徒に何を言うかと思うと……はぁ……』


 先生が覗き見、とか言ってもいいのかなぁ、と思いつつ、引き受けてしまったけれど。


(ペガが教員免許を取ったのもびっくりだけど、授業の様子もまたびっくりだよね……でも生徒にちゃんと教えてはいるから、まぁ、いいかな、口悪いけど……)


 とりあえず任務は遂行した。バレないよう窓から離れようとした時だ。


「おいコラァ」


 教室の中からドスのきいた声を聞こえ、恐る恐る振り返ると……そこにはもちろん、不機嫌そうな馬の天魔。相変わらず見目はとても綺麗なのに目つきは悪い。


「おい、ミュー、お前の存在なんか鼻っからわかってんだよ。あいつの差金だろうが。言っとくけど変なことチクったら、お前の翼の羽根を夜な夜な十枚ずつもいでやんからな。わかってんだろうな」


 鼻息荒いペガに萎縮しそうになったが、ミューは翼を広げて言い返した。


「わ、わかってるよ、ペガ。でももう少し口をやわらかくした方がいいよ。じゃないと生徒達も全員口が悪くなっちゃうからねっ、じゃあ!」


 そう言って急いで空の上へと飛んでいくと。教室の中からペガの「うっせー」という文句が遠くに聞こえた。


(ほ、本当に口が悪いんだから。あんな調子で教師なんて大丈夫なのかな)


 ……なんて、生意気なことは口にはできない。羽根をもがれたらイヤだ。


(やれやれ、疲れちゃった)


 空中でくるりと身を翻し、校庭に立つ大きな木の枝の上で一息つくことにした。

 トト先生への報告は放課後にするとして。自分も次の授業が始まる前に少し休憩だ。


 広い校庭を上から見渡して見る。生徒――人間も魔物も休憩時間を過ごすため、休んで座っていたり、会話をしていたり。魔物と遊んでいたり、思い思いに過ごしている。それは前にも見た光景だが、今の彼らの間には力をわけ与え、守り守られるという関係性はない。

 一緒に過ごしたいから、それだけだ。


 魔界の門が壊されて半年が経つ。

 最初は世界中に、一気に魔物があふれ出したことで世界は大混乱になった。

 けれど意外とすぐにそれは落ち着いた。なぜかと言うと先住していた魔物達が新たに現れた魔物達に話をしてくれたのだ。


 人間は味方だ。喰ってはいけない。一緒に生きるものなのだ、と。

 それによって人間に召喚されていない魔物も少しずつ世の中に溶け込んでいくことができた。今ではどこどこの公園にいる大型犬みたいな地魔は実は物腰やわらかくて優しいとか。電線に止まっている小さな天魔はオシャレで可愛いとか。

 そんな感じで元から自然にいる動物のように情を受け、受け入れられるようになったのだ。


 人間に召喚され、パートナーだった魔物も魔界の門が壊れたことで魔協定は必要なくなり、互いに縛るものはなくなった。

 けれど長年家族同然に過ごしてきたものも多く、ほとんどのものは身近にいたり、これまでと変わらない暮らし方をしているものが多い。


 学校の体制は大きく変わった。知識などには差があるから、まだ授業を一緒に受けるというまではいかないけれど。

 魔物も、先住の魔物を教師として授業を受けられるようになった。人間の歴史や生活など、自分達が魔物に対しての勉強をしたように授業でそういうものを学んでいる最中だ。

 これが根づいてくれば、いつか人間と魔物が一緒に授業を受け、クラスメイトになるのも遠いことではないと思う。


 そして魔物も少しずつだが社会に出てきている。魔物はそれぞれに個性的な力があるものが多いから。それぞれの力を活かし、癒しの力を持つものは医療従事についたり、筋力のあるものは建設や運搬など力仕事を一緒に行ったり、知識のあるものは学者として一緒に知恵を出しあったり。

 とにかく魔物も人間もなんでも一緒に行えるような体制になってきている。


 そのうち魔物もスーツ着てサラリーマンになったりして……って、それはちょっと似合わないかな? いやそれは偏見だね、前言撤回。


 そして自分のような混血のものも、やはり世界では少数ではあるが存在した。

 しかし魔協定上、愛しあった魔物と人間は互いに命を失ってしまう。それでも確かに愛しあった結果の命は、ひっそりと存在していたのだ。自分みたいに怪我をして魔物の血を分けてもらって混血になったものもいた。


 混血はまだ珍しい存在として扱われてはいるが、そういうものも分け隔てなく暮らせるように、という名目も掲げられているから。そんなに肩身が狭い思いをしなくて済んでいる。


 けれど全ての人がそういうわけにはいかない。まだ魔物と人間もお互いに、昔からの考えを抱くものも多い。

 時間はかかるけれど、そういうのも少しずつ解消されていくといいなと思う。


 それでも生きていることに変わりない。自分はこうして自由に生きている。気持ち良くこの世界に生きているのだ。


「おーい、ミュー!」


 下の方から自分を呼ぶ声がした。視線を向けると木の袂には、ハツラツとした表情のリムが立っていた。

 その隣には蝶のような羽を持つ小さな妖精の姿もある、スピカだ。


 あの時、スピカはタナトスによって命を奪われてはいなかった。それが意味するのはタナトスにも情があったということ。

 彼が人間であった頃、その優しさゆえに血を分け、助けてくれたスピカに対して憎しみがあったものの、その優しさに感謝していた部分もあったのかもしれない。タナトスはスピカを殺さなかった、逃がしていたのだ……。


 無事だったスピカは戻ってくるとリムの近くにいることを望んだ。リムはもちろん、それを承諾した。今では仲良く一緒に住んでいるらしい。かわいらしい同居人でうらやましいなと思うのは、自分の同居魔物達に失礼だろうか。


「ミュー、こっちこっちー! お前のカッコイイ恋人はこっちにいんぞー!」


「声がうるさいです、おバカ。しかもそんな堂々と」


 今度は上からにぎやかな声がする。見上げてみれば身体の大きな黒っぽいバッファローのような存在と、緑と水色のコントラストがカワセミのように見える美しい存在がいた。


 二人は己をアピールしたいのか、大きく手を振っている。いやセラは多少控えめだけど。

 それはまるで恋人を見かけた時のような仕草でちょっと照れくさいものがある。


「ミュー、あとでオレと一緒にハンバーガー食いに行こうぜ! でーと、したい!」


「何言ってるんですか、ミューは私と一緒に図書館に行って勉強するんです。学生ですからね」


「またジジくさいこと言ってんなー、セラは。だからお前はたまに発言がジジイなんだよ」


「おバカで考えのないあなたに言われたくありません。なんにしてもミューは私のミューです」


「うっせぇ、ミューはオレのだっ!」


 あの二人は相変わらず言い争いをしている。二人はあれで通常だからかまわないが、言うことがいちいち恥ずかしくてたまらない。

 二人とは召喚者の関係性もないのだけど、二人は「いつまでも自分と一緒にいたい」という選択をしてくれた。

 だから変わらずに寮で一緒に生活をして『これからも死ぬまで一緒にいるんだ』なんて言ってくれた。


 そういえば魔物って寿命ってあるのかな。それだとあの二人と一緒にいるって、いつまでいられるんだろう。

 あの二人とずっと一緒……高校卒業しても大人になっても。

 あっ、でも高校卒業して成人したら……今度こそ僕はあの二人に“喰われる”のかな……?

 いやいや、今はそこまで考えない、恥ずかしくなる。


 自分の周りには、たくさんの情がある。

 それはみんな同じようにつながっていて、自分は世界とつながっている。

 どんな存在でも。それはいつまでも、どんな形でもつながっていくのだ。

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普通もおバカも変態も、みんな世界に生きている 神美 @move0622127

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