第39話 隔たりをなくす

 やっとのことで身体を起こしたミューは先の戦いの騒ぎなど関係ないと言わんばかりに、不動の状態を保つ魔界の門の前に立ち、息を吐いた。


「……ベリー、セラ。二人ともさっきはありがとう、僕のことを止めてくれて。僕がいろんなものを壊すのを止めてくれて」


 門を見上げ、ミューは二人に礼を述べた。二人がいなかったら自分はこうして普通にしゃべることなど、できなかったに違いない。もしかしたら二人のことも、この手にかけていたかもしれない。


「本当に、ありがとうね……」


 二人の表情は見ていないが、ベリーとセラが笑ったような気がした。


「僕、タナトスを喰った後、二人に嫌われたんだって思っちゃって。そしたら、すごく悲しくて力の歯止めがきかなくなっちゃったんだ、だから――」


 本当にごめんね、と。謝罪の言葉をつづろうとしたのだが。その言葉はベリーの「もういいさ」という言葉で遮られた。


「なぁに言ってんだよ。オレらがお前を嫌ったりするわけねぇだろう。けどさっきはごめんな、ちょっとびっくりしただけだって。まさかお前があんなすごいことをするなんて思わなかったから」


「君を不安にさせてしまったのは謝ります。私も少々驚いてしまっただけです。ミューを嫌いになったりするわけないでしょう」


 二人のあたたかい言葉に胸がジンとした。僕がこうして元に戻れたのは二人のそんな気持ちがあったからだ。

 それはトト先生が前に教えてくれた情というもの。情があるから人間の力を分け与えられた魔物は自我を保てると言っていた。きっと人間も魔物も関係なく、誰かの情があれば心を穏やかにすることができるんだ。


 だからもう魔協定なんて必要ないんだ。

 必要なのは互いを想い合う心。

 望むのなら深く愛し合える関係。

 もし魔物と人間の関係がもっと相容れるものとなったら。この先がどうなるかなんてわからないけれど。生きている先がどんな状態になるかなんて誰もわからないのだ。

 だから真っ直ぐに生きるのが全ての生きものの役割だ。

 ……破壊、するんだ。


 意を決して手を伸ばし、 魔界の門の中心にある銀色の錠前に、ミューは両手をかけた。触れてみると、まるで氷の塊のように冷たい感触が手の平に痛いぐらいに伝わってくる。

 背後でベリーとセラが息を飲んだのがわかった。


「ミュー、もしかして魔界の門を壊すのか? ……まぁ、オレは別にいいんだけどさ、お前が望むなら」


 自分が今、やろうとしていることはベリーが以前たずねてきたことだ――魔界の門を壊して魔物がこの世界に存在しないようにしたいんじゃないか。ベリーはそうたずねてきたことがある。魔物を全てこの世界からなくして人間だけの世界にした方が平和なんじゃないか、と。


 しかし自分が今から取る行動は魔物をこの世界から消したいから、ではない。

 隔たりなく、歩み寄りたいから、だ。


 ミューは深呼吸をし、錠前に触れる手に気を送った。

 すると錠前はだんだんと熱されているように熱くなり、やがてカキンッと音を響かせ、真っ二つに割れた。


 錠前魔界の門が石が擦れるような音とともにゆっくりと開いていく。門の向こうからは生暖かい風が流れてくる。

 セラが驚いて声を発した。


「ミュー、魔物と人間の世界をつなぐ気ですか。そんなことしたら――」


「大丈夫だよ。どんなものだって情があればちゃんとした心を保つことができる。誰か一人でもいい。大事に思われて、かっこいいって思われて。可愛くて愛しいって思われて。一生一緒にいたいって思うほど愛されて、愛し愛されればどんなものでも生きていける。世界は全て受け入れてくれるんだよ」


 門がゆっくりと開いていく。その門の縁に手を置き、錠前を壊した時と同じように手の平に力を込める。深く息を吸って吐く。

 白石と黒石の混じった大理石に亀裂が走る。ビシッと砕けるような音がする、あと少しだ。


 ミューはもう一度念送った。

 壊れろ。そして、つながれ。


 門にさらに亀裂が走る。そして巨大な大理石の門は強い衝撃をくらったかのように四方へ砕け散っていく。

 瓦礫に巻き込まれたら大変だと、ミューは後ろへ退いた。


 魔界の門が崩れていく。ガラガラと破片が落ちていき、ただの積み上がった瓦礫へと化していく。

 これで永久に門を閉じることはできない。唯一の魔物の出入口であった門が鍵を壊され、開いた状態で門を壊した、ということは。


 これで全てが世界とつながったのだ。

 世界には魔物があふれていく。

 世界に新たな生命があふれてゆく。

 世界はこれでもっとつながりに満ちていくはずだ。

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