第33話 明日の約束

 昼間はタナトスが現れ、どうなるかと思ったが。夜の世界は安穏無事といった感じで、とても静かで満月がきれいで、すごく落ち着ける夜だった。


 けれど同じ部屋に同居する二人の魔物がやるせなさと悶々とする姿を見かねて、ミューはこっそり部屋を抜け出てきたところだ。


 なんだかんだであの二人は仲が良いみたいだ。そんな二人に好かれている自分を誇りに思うし、自分もあの二人の期待に応えたいと思う……まぁ、身体のつながりはまだ先の話。それは倫理もあるので、ということで。


 ミューは寮の屋上に出ていた。まだ春も過ぎた頃だから夜風はだいぶ冷たい。

 それでも不思議と寒くはないし、屋上から見る景色は暗くて見えないということはなくなっていた。


 それは自分が魔物の力を覚醒したから。 暗闇で見えるようになったのも寒さに強くなったのも……あとは何が起こるのだろう。 性格まで変わったりしないかな、食べ物の好みとか。運動能力なんかはどうかな。

 まだよくわからないことが多い。これからどうなるんだろう、心配しても仕方ないけれど不安は尽きない。


 屋上の手すりに身体を預け、外を眺めていると。後ろから「ミュー」と呼ぶ声がした。

 その声だけで誰なのかわかった。

 だって何年も一緒にいる存在だもの。自分にとって大切な“人間”の親友だ。

 焦ることもなく、ミューはゆっくりと後ろを振り返った。


「リム」


 そこには銀色の髪を月明かりに反射させる親友がいた。少しやつれた様子は冷たい夜風に押し流されてしまいそうで儚げだ。


「リム、もう大丈夫なの。無理しないでね」


 リムはミューの隣に立ち、同じように手すりに身体を預ける。そうしたまま言葉を発する気配もなかったから。ミューも同じ体勢に戻ると何も言わずに空を見上げた。


 もう少ししたら自分は行かなければならない。リムや自分に関わる人達、関わらない人達も。自分のように悲しみを抱かないために、あいつを倒さなければ。


「色々悪かったな、俺のせいで」


 少しして、リムが口を開いた。


「スピカにも、あいつにも悪いことをした。俺があいつを召喚しなければ、あいつは死なずに済んだのに」


 最後に、召喚者であるリムとみんなを守ってくれた小さな天魔。力はなくても心はとても強かった。きっと誰よりもスピカは強い存在だったと思う。


「大丈夫だよ、リム。魔物は生まれ変わることができる。スピカもきっと生まれ変わるよ。もしかしたらまた君の元に現れてくれるかもしれないよ」


 そう言うとリムは申し訳なさそうに笑った。


「いや、あいつはもっといいやつのところに行くべきだ。あんな性格がいい魔物なんて滅多にいないだろ」


「でもスピカを召喚できるのは優しさに満ちた人だけだって言ってたよ」


「……俺が? 優しいわけないだろ」


 リムは否定したがミューは心の中で、それを否定した。


(そんなことない、優しいよ、リムは昔から。僕の心の支えだったよ)


 今回のリムが犯してしまった罪――犠牲にしてしまった天魔のことはトト先生だけに事情を伝えてあるが。穏便に、リムがやったとは知らせずに済ませてくれるらしく、リムに対してのおとがめは特にない。リムはこれからも普通に学校生活を送ることができる。


(そこはよかったんだ……僕としては、ね)


 そのことは口にすると、またリムが悲しむから口にはしない。でもリムが処罰されることがなくて本当によかったと思う。罪深いことをしてもリムは親友……これからも一緒にいたいから。


「リム、あまり遅くまでいると風邪引くよ。明日も授業あるんだからね」


「お前もだろ……けど、行くのか」


 恐る恐るな問いに、ミューはうなずく。


「うん、行ってくる。この力であいつを倒してくるよ……リム、僕はこんな身体になっちゃったけど、リムはずっと友達でいてくれる? 僕は人間であって魔物だけど。また一緒に遊んでくれる?」


 色々な不安を跳ね除けたくて、リムにあえてたずねてみた。リムが口にする答えなんてわかっている。でもそれを直接聞くことによって自分はすごく安心できる。だから聞きたかった。


「当たり前だろ、何言ってんだよ。人間とか魔物なんて関係ない、お前はお前だ。明日はちゃんと教室で待ってるからな。なるべく早く終わらして、ちゃんと睡眠取れよ。じゃないと明日の授業中に寝てトト先生に怒られるぞ……っていうか、トト先生のパートナーのあの馬ってホント性格悪いよなぁ、先生、なんであんなのパートナーにしたんだろな」


「それ怒られるよ、すっごく」


 いたって普通の友人としての会話に、自然と笑ってしまう。リムとそんな会話をしたのは数日ぶりだ。ここ数日は本当に色々なことがあったから。

 たった数日しか経っていないのに自分の世界はとても変わった……いや、でも変わらないのかもしれない。自分がちょっと変わっただけで歩いている世界は同じだ。

 大丈夫、大丈夫、これからもきっと生きていける。


(大丈夫、リム……ちゃんと帰ってくるから。授業もちゃんとやるから)


「ミュー、気をつけてな……また明日な」


 リムはそう言うと手すりから身体を離し、振り返らず、屋上から姿を消した。

 また辺りは静かになる。満月が自分を照らしている。屋上の床に映る、自分の影が見える。すぅっと息を吸った時、背中に大きな翼のような影が現れた。それは実際にも自分の背中に現れたのだ。


(……これ、授業中とか日常で普通にしまえるものなのかな、じゃないと歩くのも邪魔になるよね、寝るのも……)


 なんて、そんなことがちょっと気になった。

 けれど今は気にしていられない。

 翼が広がるように意識すると影の翼も広がった。自分の翼は天使のような白い羽根がびっしりと詰まった翼だった。ちょっとかっこいいかも、そんな優越感に浸ってからミューは声をかけた。


「行こう、ベリー、セラ。あいつのいるところに」


 ミューの言葉に呼応するようにベリーとセラが、スッとどこからともなく現れる。二人は「まかせとけ」と「わかりました」と、それぞれに返事をした。

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