第32話 つながる……は、まだダメ

「オレはもう失いたくなかった、虚しいのはもうイヤだったんだ。だから死なないパートナーがほしいって、ずっと思ってた。でも人間を死なないようにするなんて無理な話だ、人間はいつか死ぬ。何かあればすぐ簡単に死ぬ……なら、そう簡単に死なない人間ならできねぇかなって。ずっと触れていても、深い情を持ったりしても、死なない人間を作り出せないかと思って……それがお前になったんだ」


 ベリーは自分を見て、さっきみたいに嬉しそうに笑う。けれどほんの少しだけ、申し訳なさそうな色も見られた。


「オレがお前の元に現れたのは……召喚されたのは偶然だ。ただもしかしたら、お前の身体に流れる血がオレらを呼び出せたのかもしれない。そしてオレがお前に血を分け与えたのは、オレの欲に満ちたそんな願いが理由だ。オレはお前を手に入れた……でもそんな身体にしてしまったのは、お前は望まないことだったかもしれない」


 ベリーは嬉しさと共に不安に満ちた赤い瞳を震わせる。


「……けれどオレはお前が魔物としての力が目覚めて嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。それなら触れることもそばにいることもできるから……ずっと触れたかった、抱きしめたかった。でも理由は、お前がその身体だから、だけじゃねぇんだ。お前の全部がオレは気に入ってるんだ」


「私もそうですよ」


 珍しくセラが同意の声を上げた。


「私が君に血を分け与えたのは君がどうなるかという興味から始まりました。けれど君と触れ合ううちに、君の疑う心を知らない素直な心に人間もやはり全部が悪ではないと思い直しました。そして君に、私は惹かれました。君から力をもらいたいというのもありますが、君だから触れたいのです。そして今は素直にミューのことを守りたいと思っています」


 二人の熱烈な想いを聞き、ミューは胸の前で手を置き、焦る気持ちを落ち着けようとする。


 こんな経験はないから、わからないけれど。これは二人が自分を大事に想っていると受け取っていいんだろうか。ただ力を分けてもらうのが目的なだけでなく……僕という今の存在がいいから。と考えてもいいのだろうか。


 でもそれを聞くのはちょっと恥ずかしい、自惚れと思われたら嫌だ。さっきからずっと心臓の動きが速くて胸が痛くて。それでも嬉しさに満たされ、ため息が出てしまう。


「ところでミュー、変なこと聞くけどよ」


 そんなモジモジしている自分の前にベリーが一歩、歩み寄ってきた。


「お前ってオレとセラ、どっちが好きとかあんの?」


 突然の答え難い質問に「へっ?」と声が上ずってしまった。

 ベリーは照れくさそうに長い爪で自らの頬をかき、言葉を続ける。


「いやさぁ……普通だったら召喚される魔物は一体だからいいんだけど、お前の場合はオレとセラがいるからさぁ。どっちも相手にすんのは大変じゃねぇかなーと、ちょっと思ったり、してな」


「それは私も思います。そこの地魔みたいな体力バカを相手にしたらミューの身が持ちませんからね。どちらかを破棄するという選択肢もないとは言えないと思いますが」


 破棄という言葉を聞き、ミューはハッとした。破棄したら、どちらかを魔界の門の向こうに送ってしまうということだ。つまり命を奪うということだ。

 それを考えた途端、ミューは思いっきり首を横に振っていた。


「それだけはイヤだ。僕、考えてない、そんなことはっ。どちらかがいなくなってしまうなんてイヤだよ、破棄なんて絶対しないよっ」


 力強く言い返すと。二人は呆気に取られたかのように口をポカンとした。

 そしてほんの少し経ってから。二人は同時に愉快そうに笑った。


「な、なんで笑うのっ、僕、変なこと言った?」


 ベリーならわかるがセラまで笑っている。そんなにおかしな対応だったか。

 けれど二人は笑った後で「オレはそんなお前が大好きだ」、「私もそんな君が大好きです」と言ってきたから、また顔が熱くなってしまった。


「そこのおバカと一緒に過ごすのは気に食わないですが君が望んだことなら仕方ないですね。我慢して目をつぶることにします」


「オレだってそうだっつーの、この変態。必要以上のことしたらぶっ飛ばすからな」


 二人は言い合いを始めてしまったが、どこか幸せで、楽しそうで。見ているこちらの胸の中があたたかくなってくる。


 自分は二人を選んだ。

 それを二人とも承諾してくれた。

 そんな自分が大好きだと言ってくれた。

 それだけで僕は生きている意味を感じた。

 いや、意味なんていいんだ。僕はここにいて。二人に必要とされている。普通の身体じゃなくても僕は生きているんだ。


 ……胸があたたかい。とても気持ちいい。自分の胸を手で触れ、確かめてみる。

 この身体には二人の血が混じっている、二人の血で自分は生かされている。

 僕はこの二人とずっと一緒にいることができるんだ。


「ミュー」


 不意に自分を呼ぶ二人の言葉が重なった。そしてさらに続いた言葉に、ミューは赤面した。

 ――オレと。

 ――私と。

 身体をつなげる覚悟があるのか、そう問われた。


「……はい?」


「はい、じゃなくてよ。だってお前に触れることができるようになったじゃん。そりゃあ好きなヤツだからさ、触れたくもなるし……」


「けれどこんな乱暴な地魔にまだ経験のないミューを穢させるわけにはいきません。ミュー、おバカは後回しにしなさい」


「んなことはないっ。お前みたいな変態に容赦なくされる方がたまったもんじゃねぇ」


 また言い合いになっている……それはつまり……そうですよね。そういう意味ですよね。いや、でもそんな急に言われても、僕は本当に全く未経験なわけで……。


 二人がズイッと自分に向かって迫ってくる。

 やばい、このままじゃ喰われる。そう思って後ずさりした時、ガラス窓を叩く音が聞こえた。ここは二階なのになぜ、そう思って全員で窓の方を見ると。

 そこには虹色の翼を羽ばたかせ、器用にその場に滞空しているペガサスがいた。


「おい、お前らーっ! 仲良しこよしなのは結構だけど、ここは学校だぞ! そしてミューは未成年だからなっ。不純な行為しやがったら退学にしてやんぞーっ、やーいっ」


 ペガサスはそれだけ言うと愉快そうにヒヒンと笑って、どこかへと飛んで行った。

 しばし呆然とした後、ミューは二人を見上げた。二人も開いた口が塞がらなくなっていた。


「それは困るよなぁ……」


「確かに……」


「だけど成人まで待つのかよ、マジかよ……」


「少なくとも卒業までですかね……」


「それって人間ルールだろ……?」


「ミューは半分人間ですからね……」


 二人はブツブツ言い合いながら肩を落としていた。

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