第31話 血を分けた、あの時

「セ、セラ、待って! とりあえずっ、ちょっと待って!」


 セラが求めている“つながる”という行為のことを考えると恥ずかしくて涙が出そうになり、必死でセラを止めた。

 セラはそんな戸惑いを察したのか、クスッと意地の悪い笑いをもらす。


「そうでしたね、君はまだ子供でした。ちょっと性急過ぎましたかね……では一旦身の上話でもしましょうか。君に私のことを話すと前に言ったわけですし」


 セラは真上から見つめたまま、言葉を続ける。


(……身体は起こさないんだね……)


 この体勢のままということに、ヒヤヒヤしながらも耳を傾けることにした。


「以前、君に私は人間が嫌いだと言ったことがありますよね。私がなぜ人間が嫌いだか想像がつきますか?」


 見つめる先にある緑色の瞳が少し悲しそうに揺らいだ。誰かを嫌うということは――。


「……人間に嫌なことされたの?」


 セラは過去のことを思い出すように目を細めた。


「私の前のパートナーだった人間は人間に殺されました。いい人間でした。明るくて、おしゃべりだったのがちょっとうるさい時もありましたが、一緒にいて非常に心が安らいだ人間でした、けれど――」


 言葉を選ぶようにセラは口をつぐむ。近距離だからか、彼の表情からは珍しく、彼の気持ちが読み取りやすかった。悲しみと憎しみ……セラの抱く人間への気持ちだ。


「その人間は全然関係のない人間の思い込みによって敵視されました。何もやってないのに、いわれのない罪を着せられ、孤立して。耐え切れず、自分で命を落としてしまったのです。別れる間際、その人間が言った言葉は今でも鮮明に覚えています。彼は『ごめんね』と言ったんですよ』


 セラは苦々しく笑う。

 ごめんね……とても悲しさが漂う響きだ。


「何もやっていない人間でも『あいつは悪い人間だ』というレッテルを貼られただけで迫害され、命を落とす。人間はなんて醜いことを平気でするんだと思いました」


 セラに押し倒されたまま、ミューは話の切なさに胸が痛み、呼吸と共に吐く息が震えた。そんな悲しいことがあったんだ、セラは。


「パートナーが死に、私は情のある力を受けることはできなくなりました。すなわちパートナーを失った魔物は野魔になるより道はない……その後は自我を失い、人間を喰うか。他のものに喰われるか。私をそんな道に追い込んでしまうのを許してほしい、だからパートナーは謝ったんです。けれど私はどちらの道も選ぶつもりはありませんでした。私は自分で命を絶つつもりでしたが、その前に、とあるヤツに出くわしました」


「それが、オレだったんだなぁ」


 不意に聞こえた別の声。ミューは室内に視線を巡らせた。

 いつの間に入ってきたのか、ベリーが腕組みしてドアの前に立っていた。


「っていうか、セラっ! 変態っ! 何やってんだよ。昼間からサカってんじゃねーよ!」


「もう夕方ですが」


「そういう問題じゃねぇんだよ。ミューと最初につながるのはオレだ! そこはお前にゆずれねぇ、だからミューから降りろっ」


「おバカ地魔につながられたらミューが汚れてしまいます。最初のつながるのは私です」


 セラの注意がベリーに向いた隙を狙い、ミューはセラの下から抜け出した。

 離れた場所に逃げようかとも思ったが言い合いになる二人を放ってはおけず、二人の間に立って両手を広げ、言い合いを止めた。


「ちょっと待って、そんな話をしてるんじゃないでしょ。僕は今、二人のことが知りたいんだけど。それ以外のことは、しませんっ」


 二人は数秒間、黙ったあとで「そうだな」と「そうですね」と言って、すんなりと納得してくれた。なんだか手がかかる二人だ、すごい存在のはずなのに……ちょっと笑える。


「なんだっけ。あーそうそう、そいつがパートナーを失って、ヤケになってた時にオレと出会ったんだよ。危なかったんだぜ、そいつ。ヤケんなって町を崩壊させんじゃないかと思ってさ」


「そんな嘘をつくのはやめてください。だから私は自害すると言ったじゃないですか」


 ベリーは冗談に笑みを浮かべていた。セラは肩をすくめながら続ける。


「そこの地魔はそんなことを言っていますが、 そっちだってパートナーを失って放浪してたんですよ。情けない間抜けヅラでね」


「間抜けだとっ。オレだって大事な昔のパートナーをタナトスに喰われて傷心モードでつらかったんだからなっ」


 そうだったのか。ベリーのパートナーはタナトスに喰われてしまったのか。ベリーがいいヤツだったと言っていた人間……そんなことがあったんだ。 

 ベリーはこちらの考えがわかったかのように、うなずいていた。


「まぁ、そいつの言う通りっていうことなんで、オレも野魔になりかけてたってわけ。でも、くやしいから、なんとかあいつを探し出してぶっ殺してやろうかと思った。そんな時にセラと出くわしてな、どうせ死ななきゃいけない身ならお互いにぶん殴って死のうぜって言って。で、その前にタナトスを探してたんだ」


 そこで二人は町中でタナトスを見つけた。両親が喰われ、自分が喰われかけているところに。


「お前が死にかけてたけど、オレらは協力してとりあえずタナトスをぶっ倒した。二人でかかったから、なんとかやれたんだ。そこにさ、お前の学校の担任が現れた。死にかけてるお前を、なんとか助けてくれないかって言われたんだ」


 トト先生……ミューは唇を引き締める。


「どうするかなーとは思ったんだぜ。だってオレらの血を分けても生き返る保証なかったから。ヘタしたらとんでもないバケモンが生まれる可能性もあったしな」


「けれど私達は君に血を分け与えました。その理由、私はただの興味でした。人間に血を与えたら、その人間はどうなるんだろうという私のただの好奇心です」


 その答えは探求心の高いセラらしいとは思った。

 そしてベリーは「オレは強いパートナーが欲しかったんだ」と、そう言って目を伏せた。


「人間ってさ、すぐに死んじまうんだもん……オレのパートナーもそうだったけど、ちょっと殴られただけで、身体が倒れただけですぐ死んじまう。そしてタナトスの餌食になる。この前もずっとその前もそうだった。そのたびにオレは自分で命を捨てて、また生まれ変わって、また失って、そんな生き方をずっと繰り返してきた。虚しかった、なんでオレはこんなに生きたり死んだりを繰り返さなきゃいけねぇんだろうって」


 今度はベリーの言葉に胸の痛みを覚えた。それは嘘じゃないんだろうと思った。

 だっていつも明るいベリーが泣きそうな顔をしていたから。大事な人を何度も失い、また巡り合ったのにまた失うのは、とてもつらいと思う。生きる時間が違う魔物だからこそのつらさなのだ。

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