第30話 変わったゆえに

 セラの様子は明らかにおかしい。いつもの冷静さはなく、苦しいのか痛いのかわからないが眉を歪め、ベッドに自分を押しつけて真上から見下ろしている。


 何かセラを怒らせるようなことをしただろうか。もしかして裸で寝かされていたから、びっくりしたのかな、いやそれはベリーのせいだ、自分は何もしていない。


「セラ、ど、どうしたの。なんでこんなことに、なってるの、ねぇ――」


 セラは無表情だ。上半身は先程と同じように肌を出したままだが下半身はちゃんとスーツのズボンを履いていた。


 だがお腹の傷はどうなったのだろう。目の前にセラの顔があるから腹部を伺うことはできないし、セラはセラでさっきから言葉を発しない。消耗しすぎて言葉が出ないんだろうか。


(いや、ちょっと待て……魔物が自分を見失うという事態、考えられなく、ないじゃないか)


 魔物は召喚者が力を与えることによって自我を保つことができる。セラはここしばらく行方不明で、さらにケガを負っていた。それによって力はかなり消耗されたはずだ。

 ベリーは『自分たちは上級魔物だから力をもらわなくても一週間ぐらいは大丈夫』と言っていたが、ケガで力が消耗した状態ならわからない。

 じゃあ、今のセラの状態は……。


「セ、セラ! 僕だよ、ミューだよっ」


 とにかく落ち着かせようと声をかける。セラは息苦しいのか、口から荒い呼吸を繰り返している。

 やばいと思った。自我を失った魔物は人間を喰らう。もしこの状態が自我を失った状態なら、このままでは喰われる。なんとか自我を目覚めさせなくては。だが言葉なんか通用しそうにない。


(こ、これしかないっ)


 ミューは手を伸ばし、セラの両頬を強めに押さえると顔を近づけ、キスをした。自分からするのはまだ不慣れだが、何回かセラやベリーにされたから、なんとかできるはずだ。


 キスをした状態からセラの口の中に自らの舌を差し入れた。セラの口の中は、あったかくて、やわらかい。下手すると舌を噛まれるかもという不安もあるが、頭の中で彼の名前をつぶやき、無我夢中で慣れないキスをした。


 するとセラの両手が自分の肩をつかんできた。セラの唇にもこちらを離すまいとする力強さを感じる。


(戻った……⁉)


 ギリギリのところで自我が戻ったのだろうか。今度はセラから唇を押し当て、口内が舌で探られる。口の中を吸い尽くそうとしてくる。

 あまりの力強さにセラの頬を触る手の力が抜けた。持ち上げていた頭を支える首の力も抜けてしまい、ガクンとベッドに頭を預けた。


 それでもキスは止まらない。執拗に唇を求めてくる、これは力を吸われているのだろうか。それにしては舌の絡め具合が激しくて全身が震えた。身体のゾクゾクが止まらない。


 そろそろ止めようとセラの身体を押し返そうとしたが。両手が上半身の衣服がないセラの直肌に触れ、その身体の熱さを手の平に感じた。自分の全身の血流が急加速した。セラの肌はすごく熱く、少し汗ばんでいる。


(ダメだ、そんなの感じたら余計に頭が……あ、そういえば昨日刺された傷はどうしたんだろう、痛くないのかな)


 恐る恐る傷があるだろう箇所を触れてみたがそこには何もなかった。いつの間に治ったのか、さすが上級天魔だ。

 いや、それよりも。この状態をいつまで続ける気だ、このままでは頭がおかしくなりそうだ。


(もう、無理っ!)


 なんとか首を動かし、キスから解放されたミューは大きく息を吸った。室内には自分の荒い呼吸音だけがよく聞こえ、ちょっと恥ずかしくなった。


「セラ、セラ…… 元に、戻ったの?」


 まだ息がかかるほど近い距離にいる彼に静かに言葉をかける。


「元に戻らないで、君をこのまま抱けるなら、私は元に戻るのを望みたくはありませんが」


 セラの言葉に「へっ」と声を発し、意味を考えてしまう。

 抱く? 抱くって言った?

 抱くって何? そのままの意味?

 顔がカッと熱くなった。


「セラっ、なんてこと言ってんの……! で、でも正気に戻ったなら、もう大丈夫でしょっ」


「まだ失った分の力を取り戻せていません。何日、君に触れていなかったと思ってるんですか。できれば力を全補給したいのですが……君の力、分けていただけませんか、つながりで」


「つ、つながり?」


 それはつまり、 どうしたらいいのだろう。キスだけじゃ足りないってこと?


「君ともっとつながりたいです」


 目の前の怪しく光る緑色の瞳を見ながら、なんと言ったらいいかわからず。あわわ、と口を動かすしかできなかった。

 セラの望むことが、つながりというものが、自分の予想するものだとしたら、僕はこのまま彼に――いや問題が一つあるじゃないか。


「セラ、セラ! ちょっと待って。よくわかんないけどっ、僕達、深くつながると僕死んじゃうかもしんないんだよねっ。つながりすぎるとダメなんだよねっ⁉」


 セラは不思議そうにこちらを見つめて。今まで見たことのないくらいの笑みを浮かべ、ミューの頬を優しい手つきでなでた。


「それは君がただの人間だった場合です。今の君は力に満ちあふれている。触れても枯渇することがない力です。これならいくらでも触れ合うことができますよ……嬉しくないんですか」


 そうなんですか、いくらでも……え、いくらでも? セラやベリーにたくさん触れても大丈夫ってこと?

 それに対する耐性ができたということか、自分も半分は魔物だから。それは、それで……嬉しいけど、でも! そんなの経験したことないからっ。


(ど、どうすりゃいいの!)


 頭の中で絶叫するしかない。

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