第29話 生きて当然

 ペガサスの虹色の翼は相変わらず見事だった。


「なぁに、ウジウジしてやがんだよ」


 態度も相変わらずだ。


「そうなっちまったもんはしょうがねぇだろ。あきらめて受け入れろってんだ。それにお前はそうなってなかったら、とっくに死んでたんだぞ。そうやって悲しいもつらいも楽しいも感じることなく、とっくの昔に死んでんだ。その方がよかったって思うのかよ」


 ペガサスはあざ笑うようにヒヒンと鼻を鳴らした。突きつけられる事実……否定も肯定もできなくて、ミューはただコクンとうなずく。


「確かによ、こいつはお前のパートナーの魔物達に血を分けて生かしてくれって頼んだぞ。けどよ、魔物が自分の血をおいそれと関わったこともねぇガキンチョに、簡単に分け与えると思うか? 何の考えなしにやると思ってんのか、あぁ? なめんじゃねーぞ」


 ペガサスの悪態を「口が悪すぎです」と先生はたしなめてから「でもペガの言う通りでもありますね」と言った。


「前にミューくんに言いましたよね。あの二人にもそれぞれの目的がある、だから君に力を貸してくれるのです、と。それがただの利害関係に過ぎないのか。それとも何か他のものがあるのか。それは君が二人に聞いてみなさい。そして決めるといいです、君がどうしたいのか」


 もう一度、ミューはうなずく。 


「ミューくんが混血となってしまったのは誤魔化しようもない事実です。君はそのままで生きていくしかない。けれど私はあの時、死にかけていた君を見捨てることができませんでした。どうにかして小さい命を助けたかった。それゆえに下した決断です。それが君を苦しめているだけだとしたら申し訳ないことをしました……ごめんなさい」


 トト先生は頭を下げた。その姿を見たら先生が悪いわけじゃない、先生は自分を生かしたかっただけなのだとわかる。


「ミューくん、私の言葉なんて偽善だと思うかもしれませんが……どんな姿をしても君は君です。そしてどんな姿形であろうと人間であろうと魔物であろうと、この世界に平等に生きるべき命だと私は思います。たとえすぐに受け入れられなくても、 いつかは受け入れられる時が来る……きっときます、その時は」


 その言葉に胸が痛くなった。先生の言葉に励まされる自分がいる、けれど反対に「そんな簡単なことじゃないでしょ」と嘆く自分もいる。どっちの自分もいる矛盾。


 しかしそんな辛気臭い空気を嫌うペガサスは「あぁー」とめんどくさそうに低い声を出していた。


「要はお前がやりたいようにやりゃあいいんだよ。文句言うな、頭ぶっ潰すぞ。お前があの魔物達に文句があるなら言ってやりゃいいんだ、なんてことしやがったんだってな。それとは反対に感謝してんなら、ありがとうの一つでも言ってやれ。好きに生きろよ、どんな形であれ与えてもらったチャンスだろうがよ?」


 それは確かにそうだ。終わるかもしれなかった命に再び光を灯してもらったのだ。今はつらいと思っても楽しいこともあるはず――いや実際あった。自分はずっと友達もいて普通に過ごせて楽しい時間を送ってきたのだ。


 それに自分は助けてくれたあの二人に対して憎しみなんて毛頭ない。むしろ出会えたことで不安もあったけれど、緊張や嬉しさも与えてくれて楽しかった。


 あの二人に目的があったにせよ、自分を助けてくれたのは事実。

 そして自分は、あの二人が大切だ。この先、何があってもずっと一緒にいてくれたら嬉しい。


 しかし、そうするためにはそれを脅かす死神を払わなければ。今の自分ならそれができるかもしれない。普通じゃないから、だからこそできるかもしれない。


「ありがとうございます、トト先生にペガサス。すみませんでした、グダグダになっちゃって……僕はこのまま生きていてもいいんですよね」


 トト先生よりも先にペガサスが「あたりめーだろ」と言った。


「生きる意味なんて考えんじゃねーよ。生きてんのが当たり前なんだよ、みんな。文句言うヤツは魔界の門の向こうにあるドブに沈めてやんよ、くせーんだよ、あそこ」


 ペガサスはヒヒヒンと愉快そうに笑った。ということは、ペガサスは昔、そのドブにでも落ちたのだろうか。思わずつられて笑ってしまった。

 口は悪いけど根はイイヤツ。魔物も人間も見た目によるものなど、ないのだ。


「ありがとうございます。僕、戻ります」


 ミューが頭を下げ、踵を返そうとした時。

 トト先生は笑顔で一言だけ言って、ミューを見送った。


「気をつけて行ってらっしゃい……今から君はきっと大変なことを成し遂げてくるのでしょうね。でもちゃんと明日の授業にも出てくださいね。ミューくんは私の大切な生徒の一人ですからね」


 先生の“先”を約束する言葉。しっかりそれを受け止め、はい、と返事をした。


 ミューは急いで寮の部屋に戻った。早く二人と会話がしたかった。二人に全ての話を聞いてみたかった。

 そして自分の今の気持ちを伝えたかった。


「ただいま、ベリー、セラ!」


 部屋に入ると室内は静かだった。窓から見える空は少し日が傾いてきている。


「ベリー、セラ……いないの?」


 三人で使える広い室内の静寂に拍子抜けした。授業も終わったから二人もすでに部屋に戻っているかと思ったのに。


 そういえばセラは朝の時点ではまだ眠っていた。腹部の怪我がまだ完治していないだろうに、どこに行ってしまったのだろう。


 寝ていたベッドは、もぬけのから。きれいに白い布団は畳まれている。

 どうしたんだろう、そんな気持ちでベッドを見つめていた時、後ろに何かの気配を感じた。


 ハッと振り返ると、 勢いよく両肩が押され、身体が押し倒された。背中は柔らかいベッドで守られたので痛みはなくて済んだ。


 一体何が起きたのか思ったが。見れば自分を押し倒してきたのは苦悶の表情を浮かべたセラだった。

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