第28話 普通じゃない自分
世の中では色々事件が起きていても学校はいつも通りだ。授業を受けなければ単位がもらえないし、単位なければ卒業できない。卒業できなければ就職という次のステップアップにも進めない。
普通に学校生活を楽しんで。卒業したら就職。仕事していっぱい稼いで好きなもの買って。そんなことを漠然と考えていたけれど、そんな簡単と思うことが今は難しいかなと思ってしまう。
教室に入るとクラス全員が自分を見て「えっ」という顔をした。目を見開き、驚き。自分の姿を上から下まで見ているのがわかる。
「ミュー、なんか……感じ変わった?」
「牙、生えてね? それってメイク?」
「気のせいかな、なんか始めた? 身体つきが変わった気がすんだけど」
同級生達の周りにいる魔物も不思議そうに自分を見ている。ただその中には哀れむような視線を感じるから魔物にはわかるのかもしれない。 体内に宿る力が魔物と同じだということを。
同級生達は苦笑いしながら自分の変化を受け入れようか、どうしたものかと戸惑っているようだ。今のところは当たらず触らずというべきか、いつもは会話する生徒も軽く挨拶すると、そそくさと自分の席に戻っていった。
みんな違和感があるらしい。それもそうか、自分でもある。ベリーみたいに角があるとかセラみたいに翼が生えているとか、そういう大きな変化はなくても。微妙な変化にみんな気づき、何が起きてるのかと困惑している。
一番困惑しているのは自分……というわけでもない。自分はこうなった理由をさっきベリーに教えてもらったから。
「おまたせしました、皆さん、授業を――」
教室に入ってきたトト先生が自分を見て、眼鏡の奥の瞳を大きくした。先生の目にも自分の変化は明らかなものらしい。
けれど先生はこうなることを予想していたと思う。トト先生は事情を知っているのだから。
「……失礼しました。ちょっとボーッとしてしまいました。次の授業は数学ですからね、準備をお願いします」
トト先生はそれ以上突っ込むことはなく、授業をいつも通りに進める。授業中も同級生がチラチラと自分を見るのがわかって居心地が悪かったが、気にしないように教科書をジッと見つめ、いつも通りを努めた。
「トト先生、お話があります」
やっとその話を切り出せたのは、もちろん授業を終えた放課後だ。ホームルームを終え、帰ろうとする生徒に混じり、廊下を歩くトト先生をミューは呼び止めた。
神妙な面持ちのトト先生に「別の場所へ」と連れられてきたのは校舎の外にある中庭。以前黒い衣服の青年に出会った木々に囲まれた静かな場所だ。
「ここなら何かあれば君のパートナー達も助けてくれるでしょうから……最も今のミューくんなら己の力で立ち向かえるでしょうけどね」
トト先生は一本の大きめな木を背後に、ミューと向き合った。その表情は穏やかにほほえんではいるが、どこか物憂げだ。
ミューは静かに呼吸し、今から言う言葉が真実であるかを突き止めるために、ゆっくりと口を開いた。
「……僕を混血にしたのはトト先生の指示だったんですよね」
トト先生の眉がピクッと動いた。
「先生は……僕がタナトスに襲われた時、その現場を見てしまった。タナトスに喰われ、死にそうになっている僕を見かね、タナトスを魔界の門に帰したベリーとセラに頼んで、二人の血を分けてもらい、それを僕の身体に流したんだ」
喰われかけていた自分の身体は。二人の上級魔物の血を受け、瞬く間に回復した。
だが己が喰われたこと、両親が目の前で喰われたことを思い出しては、かわいそうだ。明るく普通の日常を楽しめないかもしれない。
そう思ったトト先生は二人にもう一つの願いとして記憶を消させた。魔物に両親が喰われ、もうこの世にはいないという、その記憶だけを残して。
トト先生は何も言わずに目を閉じている。
「先生、僕はタナトスの復活を見てしまいました。けれどタナトスに僕は攻撃してダメージを与えることができました。混血になったから僕は普通じゃなくなったんです。これならタナトスをやっつけられるかも、そう考えられるなら嬉しいです。だってタナトスが復活しても、やっつければ大切な人を失って悲しい思いをする人を増やさずに済むから」
けれど、と。ミューは歯ぎしりをする。
「今さっきみんなの視線を感じました。普通じゃなくなった僕は普通じゃないから、もうみんなに受け入れてもらえない。きっと魔物からしても、そうです。だって魔物と人間の血が混じり合うのは禁忌だって言われてきたし、でも僕はそうなったから、もうどこにも行けない、何者にもなれない」
普通な自分はイヤだった。変えたいとは思ったけれど、こんなことじゃない。もっと普通に成長して、たくましくなりたかった。心身ともに自分を大きくしたかっただけなんだ。
『平凡な味だ、つまらん』
ふと脳裏に出てきたのは……かつてタナトスに喰われた時、彼が放った言葉。喰われている、死ぬかもしれないという極限の状況で放たれた言葉は自分では意識していなかったけれど、脳のどこかにずっと引っかかっていた。
それがきっかけだ、そんなのはイヤだ、と。自分はそれを引きずってきたのだ。
「僕は最初から普通ではなかったんです。だから、あの二人も召喚することができた。二人を使役できたのもそのおかげで――」
「本当にそれだけだと、思いますか?」
トト先生がそう言うと、どこからかフワリと飛んできて、先生の横に降り立ったのは先生のパートナー、ペガサスだった。
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