第25話 和解も束の間
なんだ。今のタナトスの言葉、何を言ってる……それを問いたい、問いたいけど、言葉が出ない。
タナトスはこちらの恐怖や知りたい欲求を察したのか、ニヤリと笑った。
「やっぱり覚えてないんだね、じゃあ教えてあげる。君の両親を喰った時……その後で君のことも喰ったんだよ。でも全部は喰えなかった。そこの天魔と地魔に邪魔されたからね。その後は大変だったよ、情けないことにボクはそこの天魔と地魔にやられ、魔界の門に送られてしまったんだ。けれど君を喰っておいたからボクは助かったんだ」
怖くて涙が出そうになる。けれど反対に怖すぎるせいか涙は出ない。全身が脱力して目の前のタナトスをただ見つめる。
「そいつらにボクは倒された。その時にこの世界に肉片が残っていたんだ、君を喰った後のボクの肉片、君とボクが混じった塊。それを媒介としてボクはバレないように少しずつ身体を再生したんだ。魂自体は魔界の門に送られてしまったから力を取り戻すことはできなかったけどね。いつか力を手にするまで、ボクは人間の世界で、この人間の姿で、ただ人間を観察しながら、いつか喰える、いつか喰えると思って耐えてきたんだよ」
それが青年が言っていた『力を封じられた』ということか。力を手にする前のタナトスは黒い衣服の青年として存在し、自分の前に現れたのだ。
「でもさぁ、君の身体を喰って、君の身体の一部を使ってるんだから、ボクと君って兄弟みたいなもんじゃない。そう思うとちょっと親近感わかない?」
これ以上、何も言わないで欲しい。何も聞きたくない。
「でもダメなんだよね。食べ物は残しちゃいけないって君だって教わったでしょ。ボクは君を喰い残してしまった、喰い残しはよくない。だからしっかり喰わなくっちゃね」
タナトスの笑顔に首筋がズキッと痛んだ。
そう、僕はあの時、タナトスに喰われたんだ。リムと逃げ出そうしたけれど、子供がこの死神から逃げ出せるわけなく、首から喰われたんだ。
なぜ今になって、そのことを思い出すのだろう。最近まで全く覚えていなかったのに。錆ついて開かなかった引き出しの錆が一気に剥がれて開くようになり、そこからドロドロと記憶があふれ出てくるようだ。
背後からリムの弱々しい声がした。
「ご、ごめんミュー、俺……俺、知らなかった。大魔法陣でそんなヤツを召喚しちゃうなんて知らなかった。お前の両親とお前を喰ったヤツを俺は召喚しちゃったんだな……ごめん、本当に」
リムは言葉を震わせている。彼は知らなかったのだ、仕方ない。それをタナトスに利用されてしまったんだ。
タナトスは震えるリムを、愉快なものを見るように目を細めた。
「ありがとうね、君。君のおかげでボクは復活できたんだから。小さい頃にはミューを置いて先に逃げた君だけど、今回は立派だったじゃない。うまく上級天魔をさらって大魔法陣を使いこなしてくれた。君の望み通り、ボクは君に力を貸そう。ミューのことも守るよ。ボクの身体の一部になれば一生守れるからね。もう魔物に喰われたらどうしよう、と怯えることもない」
タナトスは強力すぎる魔物だ。力があるからパートナーの力を必要としない、ということは、リムのことは。
「ミューを喰ったら次は君のことも喰ってあげる。そうすれば二人はいつも一緒だよ。それを望みたいんでしょ、好きな相手なんだから。願ったり叶ったりじゃない」
ハハッと笑いながらタナトスが近づく。その身体を捕らえようと長い爪の生えた腕が伸ばされる。
「ミュー! させるかっ!」
ベリーが動こうと身構えた。だがそれよりも早く動き出したのは近くにいたリムだった。
リムはミューを突き飛ばし、タナトスに向かって持っていたナイフを突きつけた。
「ミュー! 逃げろっ、魔物達と一緒に逃げろ!」
リムはタナトスに向かってナイフを振り上げる。しかし人間の力が魔物に敵うはずはない。タナトスは振り下ろされたナイフを人差し指で受け止めた。
そしてニッと笑ってナイフを鷲掴みにし、握力で粉砕した。
「全く忌々しいね。予定変更、君から喰ってやるよ!」
タナトスの手がリムを捕らえようと動いていた。リムは動けなかった。
しかし今度はリムの身体を突き飛ばした存在がいた。小さな身体、小さな羽ばたく蝶の羽。その存在はリムの代わりにタナトスの攻撃を受けた。小さな身体にタナトスの指が食い込む。
その光景は周囲にいた全員を驚かせた。特に驚いていたのはリムかもしれない。
「スピカ! なんでお前っ!」
リムの代わりに攻撃を受けたのは散々冷たくあしらってきた小さな天魔スピカ。
スピカは小さな羽を震わせ、懸命にタナトスの攻撃を受けながらも言葉を発した。
「セラフィムさま、ベリアスさま! お願いです。私のパートナーのリムも連れて行ってください、お願いします!」
それはスピカの最初で最後の願いだった。下級魔物である己が上級であるセラとベリーに願いなど言える立場ではない。スピカはそれがわかりつつも願ったのだ。己の命を犠牲にして。
「お願いします!」
その言葉にセラはミューを、ベリーはリムの身体を抱え、力を発する。四人の身体は、ふわりと現れた半透明な光の球体に包まれた。どこかに転送しようとしているのか。
だがリムは叫んだ。
「待ってくれ、スピカが、スピカがぁ!」
悲痛な叫び。それはリムが初めて見せたスピカに対する“情”だ。
それにスピカは笑みで応えた。
「ごめんなさい、リム。私の力がなかったから、あなたのお願いを聞いてあげられなかった。でもそんな私にも、あなたはちゃんと力をわけ与えてくれた。私はそれが嬉しかった。あなたが悩んでいたことはわかっている。でもこれでもう心配しないでいいの。あなたは悪くない、あなたはとても優しいだけ。どうかその優しさのままでずっといて」
リムたちの身体を包む光がまばゆく輝く。まぶしすぎてミューは目を閉じた。
近くではリムがスピカの名前を泣き叫ぶ声が、何度も何度も聞こえていた。
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